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37 モジュネール博士とスイラ栽培

「では、この場所にまずは、レンレン花を植えましょう。それからこちらには」


 モジュネール博士と一緒に、田んぼにする予定の土地を見て回る。

 レンレン花というのは、レンゲ草に似ている花で、それを植えておくと土壌が豊かになるらしい。


 他にも土壌改良のための方法を、いろいろと試している。

 区画を分けて、どこの土地が根づきが良くなるかをABテストするんだって。なるほどねぇ。


 初年度から大量に採ることを考えるよりも、その先のことを考えて進めていく方がいい。

 それに、最初に我が家が試しに作り、領民たちに受け入れてもらえたら、大量生産を始める予定だ。だからこそ、実験は早めにやっておかないとね。


 私とディアスの結婚式を、来年のお米が収穫できる時期に設定したのもその関係で、お祝いの席でお米を炊いて、まずは領民に味わってもらおうと思っている。

 他領でやっていないお米をうまく流通させて、安定した特産物に変えていけたら大成功だ。


「種を植えるのは、お屋敷のお庭で問題ないですね?」

「ええ。様子をこまめにみるためにも、お屋敷で行うのが好ましいです」


 モジュネール博士は今、我が家に食客として滞在していただいている。

 オドライさんからのあの代理経営の申し出により、我が家も少しだけ経済状況が上向いてきた。これで、博士を困らせない程度には、おもてなしができそうだ。

 知識を頂戴しているのだから、もっと謝礼などもお渡ししたいのだけれど、それは博士からお断りされた。

 その代わり、共同研究としてここで一緒に開発をするという、私にとってはありがたさしかない条件なのだから、感謝だわ。


「それにしても、アニタ様はどうしてスイラのことを、知ったのですか?」


 ぎくーっ!

 遂にきたわね、この質問。

 前世で知っていました、なんて言うわけにはいかない。

 でも、きちんと回答を用意してあるのだ。


「スイラ自体を知っていた、というわけではないのです。ただ、スイラのようなものがあることは、その──夢で見ました」


 前世も夢も、たいしてかわらないでしょ、ということで、この言い回しにした。

 これなら、あとあと変な不整合がでてきたりもしない。


「なるほど。となると、まさに予知夢。アニタ様は、聖女の資質がおありなのでは?」

「いえ! まさかそんな。たまたまですよ。それに夢で見たそれが、本当にあるかはわからなかったのですし。ただそれに着想を得て、そうしたものを我が領の特産物にできたらいいな、と思ったまでです」


 癒やしの魔法なんてもっていないし、予知夢じゃなくて前世の記憶だし、聖女たり得ることは一切ないのよね。

 まぁ、あのセイジョサマが聖女できるなら、世の中の多くの人が、『聖女』になりそうだけど。

 なんていってると、本当に力のある聖女様に失礼ね。

 多くの聖女は、本当にこの世界を守ってくれている、らしいし。


 目の前に広がる、一面の土地を見る。

 ここは、畑にするには使い勝手の悪い場所だった。

 土は粘土質で、水はけが悪い。

 地下水位が高いらしく、水がつねにじわじわと上がってきている。

 そんな、畑としても活用しきれなかったこの土地を、土壌改良して田んぼにする。


 遙か昔。貧乏OLだった頃に行ったことのある、秋田県で見た景色を思い出す。

 秋の収穫の、ほんの少し前のことだ。

 風が吹くと揺れる稲穂に、涙が出そうだった。

 日本人は遙か昔から、そうして稲を育ててきたんだなあなんて、まるでDNAに働きかけられたような気になったものだ。


 この土地で、我が子爵領で、そんな景色を見ることができるようになるのだ。

 それを思うだけで、なんだか胸が熱くなっていく。


「アニタ様」


 おっと、後ろからCV良い声、が聞こえてきた。

 振り向けば、ディアスが笑っている。


「まーた、様つけてる」

「まだ慣れなくて」


 はにかむように笑う婚約者、イズ、プライスレス。

 私ったら、どうして今までディアスのことを、恋愛対象に見ていなかったのかしらね。それが謎なくらい、めちゃくちゃ好みの顔と声なのだ。

 小さい頃から一緒に暮らしすぎてて、家族枠だったからなのかなぁ。


「領主様が、お呼びですよ」

「あら。何かな」

「ではアニタ様。今日の研究はここまでにいたしましょう。私も部屋で、調書をまとめようと思います」


 モジュネール博士、才女って感じで、ほんと素敵。

 配慮もできて美人で頭も良い……。

 ずっと我が領にいていただけたら良いのになぁ。


「アニタ様? 何ぼけっとしてるんですか。かわいいなぁもう」

「おっと、博士の美しさに見惚れてたわ。あとなんか、今私のこと、褒めた?」

「褒めましたよ。かわいいって」

「お二人とも、ノロケはご遠慮ください」

「まぁ! ノロケですって。ノロケ。まるで恋人みたい!」

「恋人のつもりなんですが」

「だから、そういうのは、二人きりでやってくださいって」


 モジュネール博士の叫びが、田んぼになる予定の場所に、こだましていった。

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