34 子爵領への道
王都に行くときとはずいぶんと違う状況で、私は、いや、私たちは子爵領へと向かっている。
ごとごとと揺れる馬車の後部座席には、ソマイアとネルツァ様からいただいた、お祝いの品が山積みになっていた。
「まさか、あんなに二人に喜んでもらえるとは」
「そうですか? ソマイア様は、お嬢様のことをとても大切に思っておられたから、その喜びは当然でしょう」
行きよりも、私との物理的距離が近い状態で座るディアスに、思わず笑ってしまう。
「ねぇ。私のことは、アニタと呼んでくれないの?」
「……領主様と奥方様に、婚姻の許可を得るまでは」
「ふふ。まぁ良いわ。そういうところがディアスっぽいものね」
きゅ、と彼の手を握れば、少し困ったような嬉しいような顔で、私を見る。
「いや?」
「嫌なわけないでしょう。こっちは我慢してるんだから、もう少し、こう」
「でも、物理的距離を近くしているのは、ディアスの方だわ」
「それはそれ、ですよ。せっかくだから……」
男の人の理論わからないわ~。
でもまぁ、好きだと自覚した以上、私もイチャイチャとかしてみたいわけだし。
体を近づけてるだけで安心できるなんて、初めて知った。
***
ソマイアに、劇場でのことを報告したあの夜。
「本当?! やった! 素敵だわ。『幼い頃から見守っていた、お嬢様との恋物語』! これはもう、物語にして流布すべきよ!」
「いやあの……うちの領じゃ、誰もそんな素敵な感じに、私のことを見ていないから」
「でも、平民からの領主配となるわけじゃない! ちょっとドラマティックに仕立てる必要は、あるわよ」
「……それは、そう、なのかな?」
「任せて! 私そういうの、得意だから」
腕まくりをしながら、今後の計画を立てていくソマイアを、止めることはできなかった。
とはいえ彼女なら、悪いことにはしないだろうな、と任せることにしたけど。
ネルツァ様もニヤニヤしながら、ディアスのことを小突いたりしていたわね。
あの二人、いつの間に仲良くなったのかしら。
まぁ、今後もソマイア夫婦とのお付き合いは続くだろうし、ネルツァ様とディアスが仲良くなるのは良いことだ。
うんうん。
そうして、私たちの門出を祝うと言った二人は、ドレスやら食料やらワインやら、山のような贈り物をしてくれた。
今後ろに載っているのは、ほんの一部。
他はあとで別で送る、なんて言ってくれたのだから、ありがたいことだ。
盛大な結婚式は予算上できないだろうけど、小さなお祝いのパーティはすると思うので、二人には必ず、招待状を出そうと改めて思った。いや、送るつもりではあったんだけどね。
「青い鳥は、すぐ近くにいるものなのね」
なんてソマイアは言っていたけど、前世を考えても、まず青い鳥が存在していてくれたことが、ファンタジーよね。
たいていは、すぐ近くにだってそんな異性落ちてないもの。
それは選ぶ選ばないの問題じゃなくて、存在しているかいなかというレベルだわ。
「あなたはあなたの幸せを、きちんとつかみ取るのよ」
まるでお母さまに言われたことのように、ソマイアは私にそう告げた。
でも、そうね。
この先の人生で、私だけではなく、一緒に子爵領のことを考えてくれる人がいる。
たったそれだけのことが、とても嬉しい。
そしてそれが、信頼できて安心できるそんな、そんな人だから余計に。
***
「お嬢様?」
つないでいた手に、きゅ、と力を込める。
不思議そうにこちらを見るディアスの唇に、私の唇を重ねた。
「……! アニタ様!」
「キスをしても、やっぱり様はまだつくのね」
「当たり前です! というか、あなたはもう、どうしてこちらの我慢を」
「我慢しなくても良いんじゃない? ここでは二人きりよ」
ぎゅう、と彼に抱きつけば、彼の手が背中に回った。
「知りませんよ。俺かなり我慢しているので、どこまでおさえられるか」
「あら、それはおさえてもらわないと」
「……っ?! はぁっ?!」
「お父様とお母様に了承貰うまでは、でしょ?」
にんまりと笑って、彼を見上げる。
苦笑いを浮かべるディアスの顔が近づき、そのまま口づけをされた。
「……っ、んんっ?!」
ちょっと! ちょっと待っ……!
……!
……!!
……!!!
「っ、ふ……」
「アニタ様」
ようやく離れた唇を、思わず目で追ってしまう。
色気がダダ漏れしているディアスに、こちらの目のやり場がない。
「き……聞いてないわよ、こんなの……」
「だから言ったでしょう? どこまでおさえられるか、わからないって。このくらいで済んで、良かったですよ」
「こ、これ以上なの?」
「さぁ」
ディアスのその言葉に、私は呆然とするしかなかった。
オトコノヒトッテワカラナイ。




