33 今がチャンス!
「あ、そういうものでは、一切ないです」
慌てて顔を取り繕ってからきっぱりと言い切ると、左右から笑い声がする。
チョールエ様と、ネルツァ様だ。
「陛下。アニタ嬢は、私と同じく、学園で彼と一緒でした」
「そうですよ、陛下。同じ学園で過ごしていて、あの状況をご覧になっているまっとうな貴族令嬢に、彼との恋愛感情が、生まれましょうか?」
うおおお。
私へのフォローだけどジャンジャックにしてみれば、めちゃくちゃ二次被害のような状況。
ま、事実だから仕方ないか。
「そうか。そうだよなぁ。僕もアレはないなって思ったもんねぇ」
「畏れながら陛下。確かに私は、彼に対して一片の恋愛感情も、持ってございません」
「息子に対してそこまで言い切られると、辛いね。まぁでも、あれはやりすぎたからな」
「ですが……」
私はお母さまの言葉を思い出す。
言われたときは私も半信半疑だった。けれど、今なら胸を張って言うことができる。
「陛下、人は変わることができるのです。そして、ジャンジャックさんは、確実に変わってきています。もちろん、良い方に」
信頼は一朝一夕で取り戻すことはできない。
こと婚姻に関しては、私は前世の庶民とは違う。貧乏ではあるけれど、領民の命を預かる子爵家の跡取りだ。信用、信頼を心からできる相手じゃないと、婚姻は結べない。
でも。
私一人との人間関係に於いては、違う。
友人としてならば。彼をこれから信頼していくことは、きっとできるようになる。
今回の件で、それを強く感じた。
「アニタ嬢……」
陛下は、じっと私を見る。
そして嬉しそうに、笑った。
「僕は彼の教育を間違った。然るべきときに、もっと線を引かせるべきだったのだ。王族のあるべき姿を、自ら指導すべきだったんだと思う。彼がしてしまったことは、王族として許されないことだったからね」
ネルツァ様も私も、小さく頷く。
「彼が辿り着いたのがモルニカ子爵領で良かった。あなた方の領地の治め方は、よく知っている。領民を想う領主一家と出会ったことは、ジャンジャックにとっては幸運としか言いようがない。そこで知り合った人たちと、きちんと人間関係を構築し、人としてまっとうに生きてくれれば……僕はそれでもう、十分なんだ」
謁見の間では絶対に聞くことのできない、そして話すことのできない言葉。
陛下は今、きっと初めて吐露したのだろう。
あの親馬鹿としか思えない、ジャンジャックに渡した書状からも、陛下が親として彼を想っていることが良くわかったけれど、本当に大切な子どもなんだ。
──だったら、早いうちに教育し直しておけよ、とは思うけどね。
陛下が全てを教育することは、もちろんできないだろう。けれど、教育係は選別することはできるよね。
いや、それも他の者の仕事なのかな。
お金持ち、良くわからない。
「あなたは、モルニカ子爵領を受け継ぐという、責務をお持ちだ。そうなれば、ジャンジャックを婿にとることは、もちろんできないだろう。だが、これは僕からの──そう。僕個人からのお願いであって、王命ではないんだが」
やばい。
陛下から個人的に婿にしろって言われたら、断れない。王命じゃないって言われても断れないよ?
「これからもジャンジャックを、友人として見守っていてくれないだろうか」
陛下が私の両手を、そっと手に乗せた。
え? え? え? 今何が起きてるの?
冷静に! 私、落ち着いて!
今日何度目かわからない猫を、必死に引っ張り出して自分にかぶせ、息を吐く。
「はい、陛下。彼が人と人の繋がりの意味を、日々の積み重ねの意味を、生活の喜びを知っていくさまを、僭越ながら見守らせていただきます」
「ありがとう」
陛下の指先が、私の手を包んだ。
わっ、あたたかい。陛下の手ってあったかいんだ。
こんなこと、まさか知ることになるとは、思わなかったけど……。
「そろそろお茶を、替えてもらいましょうかね」
チョールエ様のその言葉に、部屋の空気が軽くなる。
ふぁー、よかった。
「アニタ嬢も、だいぶ慣れてきたみたいだしな」
ネルツァ様が、からかうように笑う。
笑い事ではないのだが?
「え、いえ、その。それよりネルツァ様は、陛下と良くお会いに?」
「まぁねぇ。ジャンジャックの学内の様子を、報告したりしてたから」
あ、そうだった。
この方のお家は諜報とかまぁ、そういうののご担当でした。
陛下とその家の嫡男が、良くお会いしていてもおかしくはない。
「そういえば、ソマイア嬢とアニタ嬢は、仲良しだとか?」
「ええ、チョールエ様。母親同士がもともと仲が良くて、その縁で幼きときより」
「なるほど。ということは、ゆくゆくはロクツォーネ侯爵夫人となる、ソマイア嬢と一緒に、社交にも来てもらえるのかな」
陛下が言葉を継ぐ。
これはあれか。社交に来て、ジャンジャックの話を聞かせろってことよね。
「畏れながら陛下。我が家はお恥ずかしくも、非常にその……貧しくて、社交界に出ることはなかなか」
「あれ、そうだっけ。領地は問題なく、運営されていると」
陛下のその返しに、私のセンサーがピコリと働く。
これは!
今がチャンスなのでは?
「陛下。ここでの言葉は、無礼となれども不問としていただける、との先のお言葉は、まことでしょうか」
「……うん? うん。いいよ、何でも言って」
今、ニヤって笑ったわね。
陛下、さすが王様やってるだけあって、やっぱり怖い人だわ。
「我が領地は、あまり広くありません。対しまして、例えばカールレイ公爵領は、いかがでしょう。我が領の、何倍もの広さを誇っておられます」
「うん、そうだねぇ」
「そこで現在の、国税でございます。現在の国税は、領地の広さに関わらず、一律にございます。無論、不作のときなどは考慮いただけますが、広さに対する考慮がございません」
「確かに」
チョールエ様は、手元にメモを用意している。
あとで不敬だなんだと言われたらどうしようと思いつつ、我が領地のためには、ここが踏ん張り時だ。
「ここで私は、累進課税制度をご検討いただきたく、提案いたします」
「へえ、累進課税制度。どんな制度なの?」
陛下は、私の言葉に怒ることなく、先を促してくれる。
「簡単に申し上げますと、その領地の収穫量に応じた、または領地の広さに応じた税率です。一律の金額ではなく、各領の負担感を、同程度にするのです」
ネルツァ様が、身を乗り出して耳を傾ける。
「収穫量や広さに対して、一律に比重をかけるということ? 例えば今、百ソロンド納めよと言っているものを、領地に対して十五パーセント納めよ、のように」
よし! 陛下が乗ってきた!
「それも良いのですが、それだと結局総量の大小に対しての負担感が、変わってしまいます。そこで、広さ、または総量を段階別に分けて、担税を等しくするのです」
もちろん、累進課税制度だけでは、公平性を担保することはできない。
ただ、個人の収入に対する累進課税制度と違い、領地であれば、もともと分け与えられている領土に基づくところがあるので、ある程度は理解がされると思う。
「アニタ嬢。それはなかなかに、興味深い。あとで資料を作って、ダウグスに提出して欲しい」
「ありがたき幸せ……! 耳を傾けていただき、本当にありがとうございます」
「僕はもう少し、こういう話を聞ける場を、設けた方が良いのかもしれないね」
陛下が柔らかく笑う。
それはまるで、畑の収穫を終えた、農民の笑みと同じようだった。
「──さ、そろそろ戻らないと。アニタ嬢、良かったらたまに、手紙を出してくれないかな。君からの手紙は、僕に届くようにしておくから。ね、ダウグス」
「まったく、親馬鹿なんですから」
親馬鹿は、周知だったんだ。
「そんなことは……ちょっとしかないよ」
「自覚がおありなら、結構」
笑いながら、陛下とチョールエ様は、部屋をあとにされた。
「……つ、疲れた……」
「はは。お疲れ様。でも、途中から絶好調だったじゃないか」
「いやぁ。税制については、今を逃してはならない、って思っちゃって」
おっと、口調がいつものようになってしまった。
「あれ。王城だから、堅苦しい言葉遣いにしてたんじゃないの?」
「謁見が終わったから、もう良いのよ」
そう。
私とネルツァ様は実は、普段はこのくらい砕けた会話をしている。ソマイアと三人でお茶なんかをしていたら、そりゃこうなるよねぇ。
でも、うっかり陛下の前で砕けた状態にならないように、今日は最初から、堅苦しい話し方をしていたのだ。
「君の護衛くんがお待ちだよ。私のこと、めちゃくちゃ睨んでたよ、彼」
「なんで?」
「さぁ、なんでだろうねぇ」
手を差し出されたので、のせる。
エスコートをしてもらい、ディアスの待つ部屋に向かう。
なんだか、足が軽い。
これは税制のことを伝えられたからか、やるべき事を終えたからか。
税制について話ができた、って、早くディアスに報告しなきゃ。
馬車の中では、話すことがたくさんある。
あぁ、なんだかワクワクしてきた。
ディアス、私のこと、褒めてくれるかな?




