30 男子会
いやまて。
なにがどうして、こうなった????
お嬢様のご親友の婚約者である、ネルツァ・エル・ロクツォーネ侯爵子息。
そのお屋敷に、何故か俺も滞在をすることになった。
ここまではまぁ良い。良くないが良い。
お嬢様がそちらの屋敷に留まる以上、俺も近くにいないといけないからな。
護衛として。
護衛としてだ。あくまでも。
だが、何故俺は今、王都の気軽な居酒屋で、その子息とサシで飲んでいるんだろうか。
侯爵子息だぞ。
超がつくほどの、上級貴族じゃないか。
「ディアス殿」
「いや、あのディアスで良いです。平民なんで」
「なるほど。では私のことはネルツァと」
いや?
言えるわけないよね?!
そんな俺の気持ちに気付いたのか、ロクツォーネ侯爵子息は笑う。
「せっかく飲んでいるのに、長い名前では、話が進まないだろう。呼び捨てが気まずければ、ネルりんでもかまわ」
「ネルツァ! わかった。わかりました。この場ではそうしましょう。さすがに外では、殿を付けさせていただきます」
なんだよ、ネルりんって。
「うん。それで構わないよ」
どうも、初対面での印象と大分違うんだよな、この人。
「ここは、私が情報を収集するときに、よく使う店なんだ」
「情報収集……」
「あ、アニタ嬢から聞いてないか? 私の家のこと」
「それ、俺が知っていいことですかね……?」
「うーん。まぁ、いいんじゃないかな」
え、軽いな。
そんなノリで、聞いちゃっていいことなんだろうか。
彼は少しだけ俺の方に近付くと、耳元で囁いた。
「国王陛下の、諜報を担当する家門なんだ」
……それ、言っちゃ駄目なヤツだろ。
俺が固まったところで、ロクツォーネ侯爵子息――ネルツァ様は、くつくつと笑った。
「あなたが、アニタ嬢に信頼されているから、話したんだ」
これは、俺が死ぬまで黙っていないといけないやつだな。
もちろん、さすがにこれを吹聴するつもりもないけど。
「あ、追加で、ギューワ獣の串焼きを二本と、ケッコー鳥の卵焼きを頼む」
ネルツァ様が俺の苦笑いを横目に、オーダーをする。
この人ほんと、マイペースだ。
「ワインビア二つと、メエメエ肉の煮込み、お待たせしましたっ!」
店員が俺たちの前に、酒と最初に頼んだ料理を置いていく。
お嬢さまの作った料理、また食べたいな……。
「さて、飲もうじゃないか」
ネルツァ様と、グラスを重ね乾杯をする。
あ、ここのワインビア、ちゃんと酒の味がするな。
たまに、水で薄めたような店もあるから、美味しい酒が飲めると、ちょっと嬉しい。
「それで、ディアスとアニタ嬢は、どこまで進んでいるんだ?」
「……どこまでも、進んでいませんよ」
なるほど。
薄々気付いていたけど、今日のこの会は、そういう会なのか。
「お嬢様は俺のこと、使用人の息子で、幼なじみくらいにしか思ってないかと」
「そうか? 王城での様子を見るに、彼女もあなたのことを、憎からず思っていそうだが」
傍目に見ると、そう見えるのだろうか。
だとしたら、まんざらでもないのか?
「んー、まぁ、少し前よりはちょっとは……。たぶん俺が男であることくらいは、気付いていると思うんですが」
「そこからなのか?」
あ、彼の目が驚きで開いた。
仕方がないだろう。あくまでも、平民と貴族の間柄だったんだ。
俺にもチャンスがあるとわかったのだって、つい最近のことだ。
「お嬢様は学園で婚約者を探す予定でしたし、そもそも貴族を子爵配として、婚約者とする予定だったので」
「それもそうか。でもディアスは、騎士ではあるだろう?」
「あくまで平民の位で、騎士爵を賜っているんです。この国の騎士爵は、五爵外だということはご存じでしょう」
公侯伯子男爵の五爵が、この国では貴族爵とされる。
それ以外の騎士については、各爵家で発行できる、職爵だ。
いわゆる職業に紐付いた爵位。貴族ではない。
つまり、公職である証というものだ。
「たしかに、貴族と平民との婚姻は、一般的には難しいからな。それは仕方がないか。でも」
「そう。お嬢様が突然、平民でも構わないと、言い出した」
「あれには、私もびっくりした。けど、子爵ご夫妻も了承の上なのだろう?」
「驚いたことに、諸手を挙げて賛成したとか」
無能な貴族の次男三男を捕まえるよりは、有能な平民の方が子爵領のためになる、とはお嬢様の言葉を聞いた旦領主様の言。
それに関しては、俺のお嬢様への感情は別としても、同意をしてしまう。
特にあの、元第三王子のやらかしを聞いていた身としては。
「そこで絶好のチャンスがやってきたというのに、あなたは何をしているんだ」
「……急に距離を詰めることをして、お嬢様が怯えるのが怖いんですよ」
臆病者と言われても、構わない。
それでも、お嬢様との関係が壊れてしまうのは、嫌なのだ。
「気持ちはわかるけどな。私もソマイアとは最初、そうだった」
「え? あなたも?」
「アニタ嬢が、そこを助けてくれたんだ。二人の間に立って、とても些細なことの積み重ねで、背中を押してくれた」
「お嬢様が……」
大切な人のためになら、粉骨砕身するお嬢様だ。
それだけ、ソマイア嬢のことが大切だったのだろう。
さすが俺のお嬢様。
「だから私も、アニタ嬢の力になりたいと思ってるんだよ」
「ほう」
「そして私の見立てでは、彼女はディアス。あなたに恋心を持っている」
「……信じたい気持ちは千二百パーセント」
「ははは。だったら信じてくれ。そして今度は、私が二人の仲立ち人となるように、させてくれ」
一体、何をしてくれようと言うんだ。
そんなことを思えば、それを察したのか彼は笑う。
「なに。二人で過ごす時間を、せっかくなので作ろうと思ってな。明日の夜、芝居のチケットをとってある。四人で行こう。昼間はアニタ嬢は、資料をまとめると言っていたからな」
芝居のチケット?!
いや、俺芝居なんて見たことないけど?
むしろ興味はない。
ないが、芝居への興味はどうでもいい。
そうか。お嬢様とデートができるのか。
それは……悪くないな。
「安心してくれ。チケット代は請求しない」
他人の金でデートは情けないが、芝居のチケットを俺が用意できるわけもない。
ここはありがたく、のっておくことにした。
「ありがとうございます。恩に着ます」
「二人がうまくいってくれれば、それで良いさ」
笑い、五杯目の酒を、二人でお代わりした。




