24 謁見 1
途中、馬車の中で寝てしまった……。
目が覚めたら、ディアスの肩口にもたれていたのよね。
……筋肉、めっちゃ良い感じだった。じゅる……。
いけない!
落ち着いて、私。
ここから先は王城なんだから、子爵令嬢らしさを維持しないと。
いやでも、本当にこう……。
ディアスってやっぱり冒険者であり、騎士なんだなって思ってしまった。あの体はなかなか──好みで困るわ。
ん?
なんで困るんだっけ。
「お嬢様、到着しました」
「あっ、わかったわ」
とりあえず王城に到着したし、またあとで考えよっと。
大きな白亜のお城は、ドイツにあるカボチャの馬車系おとぎ話の、某お城っぽい。あれたしか、結構新しいお城なのよね。
門を通過し、馬車寄せに到着すると、ディアスがエスコートして降ろしてくれた。
……大きな手だなぁ。
ゴツゴツしてて、剣を握る、冒険者の手。
かっこいいよね。
私たちの馬車のあとについてきていた護送車は、門のところで行き先を分かつ。
罪人の扱いなので、貴族が使う入り口とは異なるのは、当たり前か。
ランディオさん、酷い目に遭わないと良いのだけれど。
そこからはいくつものお部屋を通過し、客室の一つに招き入れられた。
今日の私は、お母様のドレスを直したものだ。
最先端ではないけれど、王城で失礼にはならないような、ドレスを着てはいる。ハズ。
扉の先には、我が親友ソマイアの婚約者、ネルツァ・エル・ロクツォーネ侯爵子息が待っていた。
二人をくっつけたのは私なので、彼ともそこそこに仲が良い。
「ご無沙汰です。お元気でしたか、アニタ嬢」
「おかげさまで、つつがなく。お久しぶりです、ネルツァ様」
礼儀作法の授業で、美しいと褒めていただいたカーテシーをする。ドレスが古びていても、礼がきれいなら文句を言われにくいと踏んで、頑張ったのよね。せっかく受けられる授業だしね。礼儀を身につけることはプライスレス! しかもその維持費は無料! これは頑張るしかないでしょ。
「ネルツァ様。こちらは私の護衛騎士、ディアスです」
「やぁ、ディアス殿。私はネルツァ・エル・ロクツォーネ。ロクツォーネ侯爵家の嫡男だ」
「お初にお目にかかります。モルニカ子爵領にて騎士職を賜っております、ディアスと申します」
やだ! ディアスの騎士の礼が格好良い!
思わず見とれてしまった。それをネルツァ様に見られ、くすりと笑われる。くそ~。これ絶対、ソマイアに話されるわ。
「では、ここからは私が、アニタ嬢をお預かりしよう。あなたはここの客室で、待っていてくれるかな。ああ、座ってもらって構わない。あとで茶を届けさせよう。──ファルツァ」
「これに」
「ディアス殿に、お茶を。ディアス殿、ファルツァからの茶は安心して飲んで貰って、構わない」
「──は」
えー。
王城の中でも、そんな警戒をしないといけないの? と、思うけども。深追いはしちゃ駄目ね。というよりも、しない方が絶対にいい。
「じゃあディアス。行ってくるわね」
「どうぞ、お気を付けて」
心配そうな顔のディアスを置いて、私たちは謁見の間へと向かう。
「緊張してる?」
「もちろん」
お城の廊下は、歩くとカツカツと音が響いた。
それがまた、なんだか緊張を高まらせてくるのだ。
「さて、この角の先が謁見の間だ」
「はい――。あの」
「うん?」
「この先の扉って、自分であけるパターンでしょうか。それとも」
真面目な顔で尋ねれば、ネルツァ様に笑われてしまった。
「入り口の前に、衛兵がいるから任せておけば大丈夫だよ」
それは、そう!
***
謁見の間の前室に入ると、陛下の側近である、ダウグス・チョールエ様がいらした。
嘘でしょ!? なんでそんな大物、と思ったけど、王命に関わる案件だ。
この後、私が陛下に謁見するとなれば、その前にお会いするのは、陛下の側近か。
おそらく、私がダウグス・チョールエ様にお話をして、その内容を彼が陛下にお伝えするのだろう。
ちなみに、ダウグス・チョールエ様は、伯爵家のご出身。
学生時代から陛下をお支えになったというから、ジャンジャックの側近どもとは、格が違う。いや、それが普通なのかもしれないけど。
「モルニカ子爵家当主名代、アニタ・モルニカにございます」
挨拶を促され、言葉を発する。
ちょっと声が震えたのはご愛敬だ。だってこんな大物と話すことなんてないんだもん。
「アニタ嬢、そう緊張せずとも大丈夫だ。さ、ネルツァ殿と共にそちらに座って」
思いのほか優しいお言葉に、ほっとする。
いけない、表情に出しちゃダメ!
「さて、早馬にて預かったこの書状。それと、先ほど裏口に到着した護送車を確認するに、聖女マーシュに相違はなかった」
「……はい。畏れながら、私も学園で彼女と同期でございまして」
「ああ、なるほど。顔を知っていたのだね」
「その通りにございます」
そして手にしていたバッグ──無論入口でチェックは受けた──から、二通の書状を取り出す。
「今回の件について、こちらを陛下に」
「ふむ」
受け取ったダウグス・チョールエ様は封緘を確認し、近くにいた従者にトレイを用意させた。
「あの、ご覧にはならないので?」
「子爵家の封緘だ。直接陛下に見ていただいて、問題なかろう」
その言葉に、逡巡する。
そうして、やはり伝えるべきか、と口を開いた。
「チョールエ様。そちらの一通は、私が委細を記載したもの。そしてもう一通は、今回聖女とともに護送されてきた、冒険者の友人が認めたものです。内容は私も確認しておりますが、その──そのことをご承知置きいただければと、存知ます」
ジャンジャックの手紙である、とは、この時点で明言する事はできなかった。チョールエ様の判断ではなく、陛下の判断で読む、読まないを、決めて欲しかったからだ。
その言葉に一つ頷くと、チョールエ様は、私たちを促した。
謁見の間の支度が、調った様だ。
「アニタ嬢、大丈夫か?」
「ネルツァ様。口から心臓が、飛び出しそう」
「はは、大丈夫さ。君は、何も悪いことをしていない。陛下もチョールエ様も、それはわかっておいでだから」
いやまぁそうなんだけど、そうじゃない。
国王陛下なんて、私のような下級貴族では、滅多にお会いすることができない方なのよ。
侯爵家のご子息のアナタとは、違うのだ……。
ま、理解して貰えなかったけどさ。
謁見の間は、これまで以上に、ふかふかの絨毯が敷かれていた。なんだこれ。足首埋まるんじゃないの。
玉座があり、その背後と左右には、美しいドレープの効いたカーテンが下がっている。学校の緞帳とは訳が違う。
壁と天井には、美しい意匠の彫り物がされている。天井から下がるシャンデリアは、実に繊細な細工だ。どこを見ても、美しいと言う言葉しか出てこない。
と同時に、ヘタに触れて壊したらヤバイ! という感情があふれ出てきてしまう。
一番危険なのは絨毯だ。絶対に絨毯を汚してはならない……!
「陛下の御入室です」
取り次ぎの者の声が、響く。
私たちは最敬礼をとる。
いよいよ、陛下にお目にかかる時がきた。




