21 嵐をおこして
私の言葉に、ランディオさんは驚いた顔をしている。
そりゃそうよね。
愛した女は、知らない男に後ろ手にされているし、行きつけの店の女将は、子爵令嬢だったりしてるんだもの。
「え、えぇと。聞きたいことは、たくさんあるけど──いや、ありますが」
「言葉遣いはそのままで、大丈夫。私が身分のことを、言ってなかっただけだから」
「いや、そういう訳には……」
「それで文句は言わないから、安心して。第一、これじゃ話もしづらいし」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
ランディオさんは、少しだけほっとした顔を見せる。
「アニタさんは、領主様のご令嬢だったんだね」
「言わないでいて、ごめんなさい」
「こんなふうに、店をやっているんだ。言ったら危険が伴うかもしれない。黙ってるのはおかしくないさ」
そう言うと、ランディオさんはジャンジャックの方へ、顔を向けた。
「――それで」
ジャンジャックも、覚悟を決めた表情を浮かべる。
「その。聞き間違いじゃなかったら、ジャン……君は」
ジャンジャック・フィオ・オルレオと、彼は名乗った。
第三王子は王太子と違って、そんなに国民に顔を知られているわけではない。
特にこのジャンジャックは、学生時代そこの聖女に首ったけで、禄に公務すらしていなかったからね。
王都から遠い、ランディオさん始めこの領の人たちが、その顔を知らないのは、無理もない。
ただ、名前を聞いてしまったら、話は変わる。
オルレオ、とは我が国の名前だからだ。
その国名を名乗ることができる人間なんて、王族しかいない。
まぁ、ジャンジャックは今はもう、王族ではないんだけどね。
「黙っていて申し訳ない。俺は──元、第三王子だ」
「元?」
「そこの女性……聖女マーシュを愛してしまい、彼女との婚姻を望んだんだ。それで、王族を追われた」
ひゅ、と息をのむ音がする。
ランディオさんだ。
肝心の聖女は、どんな表情をしているのかと思って見れば……。
ちょっと! 何、ディアスに色目使ってるのよ!
「聖女さん? あなたが愛しているのはこっちの二人の男性のどちらかでしょう? うちのディアスに媚を売らないでいただける?」
「え~? マーシュわからないわぁ」
「お嬢様。この女、さっさと護送車に乗せておきたいんですが」
「ちょっとだけ我慢して。あと聖女さまのことは、縛り上げて良いわよ」
後ろ手で押さえつけているディアスは、心底嫌だという表情で、聖女を自分の体からできるだけ遠ざけようとしていた。
縛ってしまえば、その辺に転がしておける。
そう告げると、あっという間に縛り上げてしまった。
よほど嫌だったのね。申し訳なかったわ。
「やだっ! やめて! 助けてよぉディオぉ、ジャックぅ」
――こっちは、語るに落ちたわね。
「ランディオさん。この聖女には、王命が出ているの。前にあなたが話していた、カールレイ公爵令嬢を陥れた聖女が、彼女よ」
私の言葉に、ランディオさんは表情をかたくする。
「マーシュ……。君は聖女で……。国王騎士団と共にいた教会から、逃げてきたということなのか?」
「違うわ! そんな女の言うことを、信じないで! 私を信じて」
縛り付けられたまま、聖女はびたびたと体を跳ねさせて、得意技のウルウル瞳でランディオさんを見つめる。
その瞳にやられたのか。
「アニタさん。すまない。俺は、あなたを信じて良いのかわからない」
……これは結構クるわね。
少なくとも、ポッと出の聖女よりは、信頼して貰えると思ってたんだけど。
やっぱり、常連といえど客は客。信頼をいただけていたと思っていたのは、独りよがりだったのかなぁ。
「ランディオ、と言ったか。貴殿がお嬢様を信じるかどうかは、本来関係ないんだ」
「ディアス?」
「お嬢様、口を挟んでしまい申し訳ありません。でも、彼の今の言いように、黙ってはいられなくて」
ディアスが私のことを心配してくれていることがわかる。
「ありがとう。あなたの気持ちが嬉しいわ」
私の言葉に、ディアスはこくりと頷く。そうして、再びランディオさんに向き、口を開いた。
「この女は、王命に逆らい我が領に逃げ込んできた。そして、お嬢様は──モルニカ子爵令嬢は、それを知った。だから捕らえ、すぐに王城に送り返す必要がある。それだけの事だ。貴殿に説明をしているのは、お嬢様の優しさと心得て欲しい。本来、貴殿の理解など不要なのだから」
「……おう、めい」
普通に生活をしていれば、『王命』などという言葉とは、縁がない。
ランディオさんは、改めて言われたその単語の重さに、顔を青くしていく。
「ランディオ。俺は王命で平民となった。家名を名乗ることは、今許されていない。先ほど彼女に言ったのも、名乗りではなく、知っているかと確認するためだったからだ。それでも、相当の勇気が必要だった。それが、王命という重さだ」
ゆっくりと、ランディオさんは聖女を見る。
縄で縛られて不満そうにしている彼女は、ここまでのやりとりに、ついに媚を売ることも諦めたようだ。
そこにはもう、彼が森で見た、守ってあげたくなるような愛らしい女の姿はない。
「あーあ。せっかく逃げられると思ったのに。こんなところで、学園の人間二人に会っちゃうなんてねぇ」
「え。私の事も認識してたの?」
「さっき思い出したわ。学園の下級貴族の男に声かけてたでしょ、あなた。面白いから横からかっさらってやろうと思って、割って入ったのよ。私が声をかけたらすぐに、あなたなんて見向きもされなくなって、面白かったわぁ」
は?
あぁ?!
お前、あれをわざとやっていただけでなく、明らかに私をターゲットにしていたって言ったか?
「ひぎぃっ」
文句の一つも言おうと思った瞬間。
聖女の情けないような、痛みにあげた声が響く。
ディアスが床に転がされている聖女を、足で蹴ったのだ。
「貴様、お嬢様に対してなにを言った? 何をしたという。我らが主家の姫に対する無礼、この場で首を斬られても文句を言えないと、理解してのことだろうな?」
私まで震えそうになる殺気を、聖女に対して吐き出すディアスに、クリアノも何も言わない。いや、静かに見えるあの瞳に、同じように殺気が宿っている。
え、やだ、私ったら愛されてる。
なんて言えたら良いんだけどねぇ。これはディアスやクリアノの、我がモルニカ子爵家への忠誠心。ありがたいことだ。
「ディアス、ありがとう。でもここで斬ったら、問題が大きくなるわ」
「しかし……」
「ディアス殿。落ち着いてくれ。ここで貴殿がこの娘を斬ったら、王命を無視したことになってしまう」
「……チッ。お嬢様に不利益になることはできない。命拾いしたな、女」
ディアス、冒険者モードが出てきてない?
普段そんな言葉遣いを、私にしたことないから、ちょっとビックリ。
――というか、ギャップ萌えしそうだわ。アブナイ。
「ランディオさん。申し訳ないけれど、彼女は王都に護送します。陛下の差配次第となりますが、少なくとも、今後自由になることはないでしょう。どうしますか?」
「どう……とは」
「ここで挨拶をして別れるか、教会で神職となるか、一緒に……護送されるか、です」
最後の単語に、彼は目を見開く。
「彼女が再び教会で聖女を続けるかは、わかりませんが、神職になれば少ない可能性ではありますが、再会の可能性はあります。護送は……本来、あなたも一緒に王城に行く必要はあるんです。知らなかったとは言え、逃亡を幇助してしまったので。ただ、そうなるとあなたの身を保証はできません。だから……」
ここで別れ、彼女の事を知らないままという設定でいてほしいと思っている。
聖女の証言で、ランディオさんのことを、こちらに問われるかもしれない。けれど、シラを切り通すことは、可能だ。
少なくとも、ランディオさんは彼女の事情を知らずに親切心で助け、恋に堕ちたのだから。
「アニタさん、ありがとう……。俺は」
私の目を見て、ランディオさんはゆっくりと、下した決断を口にした。




