2 我が家は貧乏子爵家
私の名前はアニタ・モルニカ。モルニカ子爵家の長女だ。私の下には年の離れた妹が三人いる。
男児はいないので、私がどこかから婿を貰って家督を継ぐ必要があるのだけど……。
我が家は子爵家とは名ばかりの、貧乏一家。
そのため、なかなか婿に来たいと思ってくれる人がいない。
由緒は正しい、古い家系ではあるのだけど、領地が少ないので、お国に税を納めたら手残りが少ない。
その少ないお金を領民のために使うので、我が家が使える分なんて、たかがしれているのだ。
「くっ……! ここでも税金か……!」
我が家の現状を知ったときに、思わず口からでた言葉がそれだった。
齢六歳の娘が口にすることではないだろうが、それは許して欲しい。
何故なら私は、前世の記憶を有する、所謂『転生者』というヤツなのだから――。
前世の私は小さな会社で事務をする貧乏OLだった。年末調整を確認すると
「おい! 国はこんなに税金持ってってたのか!」
と、毎年文句を言う、ありきたりな人間。
名前は秋峰瑛子という、字面だけはお嬢様みたいなものだった。字面だけは。
楽しみはスマホでやるソーシャルゲームで、特に乙女ゲームが好きだった。
え? 恋人?
既婚者ばかりの小さな会社に勤めていて、出会いなんてあるわけない。
マッチングアプリは変なのに絡まれることが多くてやめたし、結婚相談所はお金がかかりすぎて、私の給料じゃ、とてもじゃないけど無理だった。
自分が死んだときのことは、覚えてる。
数年ぶりの大寒波で、夜中に氷点下まで下がった翌朝のことだ。
在宅ワークなんてどこ吹く風の弊社。
出勤のためにアパートのカンカン音がする凍った鉄の階段で、するりと足を滑らせて、哀れ一気に一階まで転落。
階段下のコンクリートに頭を打ったところまでで、記憶は消えている。
多分、というよりも、確実にあれが死因。
そして次に目が覚めたら、ファンタジーの世界だったというわけ。
どうしてファンタジーの世界とわかったかというと、両親の髪色がぶっ飛んでいたからなんだけどね。
目を開けて入ってきた大人の髪色が黄緑だったりピンクだったら、パンクな両親かファンタジーかのどっちかだ。パンクな両親じゃなくて良かったよ。自分がそのノリについていける自信がなかったからねぇ。
赤ん坊の頃から日本人としての記憶があったけど、慎重に赤ん坊のフリをし続けていた。この世界がどんな世界かわからなかったから、変なことに巻き込まれないための自衛策というやつだ。
母親に連れられて、だんだんと周りの貴族と交流を持つようになった四歳の頃に、ここが『平民聖女は恋をします!』略して『聖恋』だということに気が付いた。ちなみに死ぬ前夜にやっていた乙女ゲームだったりする。死ぬ直前にやってたから、この世界に転生しちゃったのだろうか。
でもアニタ・モルニカなんて名前に覚えはないし、私の顔は、そりゃ日本人だった頃の自分に比べたら美少女だけど、この世界基準で考えたらモブオブモブの顔。ヒロインでもなければ、相対する令嬢方でもない。
ということは、世界観は『聖恋』だけど、私の人生に『聖恋』が関わることは一切ないというわけ!
これには安堵したわ~。変に巻き込まれたら、せっかくの新しい人生が台無しだものね。それに、貴族のお嬢様に生まれ変わるなんて最高じゃない!
……と、思っていたのは六歳になるまで。
六歳の時に、うっかり見てしまった我が家の帳簿。いやぁ衝撃でしたわ。
確かにね。
前世の生活からしたら、大きなお家に住んでいるから気付かなかったけど、貴族というわりに使用人が少なかったり、豪奢なドレスなんてなかったりしてた。
食事も、貴族が食べるイメージに比べてこう……、少ない印象はあったけど、それは私が子どもだからかと思ってた。
親の食卓を見たら、私とほとんどかわらない品数だったよね。
貴族なので多少の対面を保たねばならない、と言うところも悩ましい。
これはもう、なにか一発逆転を狙いつつ、できる貧乏脱却努力をせねばならない。
幼心にそう決意したものだった。
あぁ……。
貧乏OL、転生しても貧乏でしたわ……。