18 元第三王子
オドライの話を受けて、俺は頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。
「アニタ嬢が……子爵令嬢? いやそれより……」
最初は彼女が子爵令嬢だったことに、衝撃を受けた。
確かに、限りなく平民のような顔をしておきながらも、どことなく居住まいはしっかりとしていた。
俺と同じ学園にいたのだろうか。正直覚えていない。
だが、それ以上に俺の頭の中をかき乱しているのは、オドライが言った言葉だ。
──俺たち領民の命を全て預かるということ。
俺は元王子だ。
第三とは言え、生まれてからずっと王子として、王家に籍を置いてきた。
王子教育だって受けてきた。
正直堅苦しいことだって多かったし、我慢をいっぱいしてきたと思っていた。
でも、この子爵領に来る時に死に目にあって、彼女に出会い、そして生きていくことの大変さを知った。
「俺は、成長したと思ってたんだよなぁ」
生きることの大変さと、楽しさを知った。
自分で稼ぐことの、喜びを知った。
「王族の、贅沢か」
オドライに言われて、反論なんてできなかった。
俺が元王族だからということではなく、本当に贅沢をしていた人間だから。
今ならわかる。自分がどれだけ恵まれて生きてきたのか。
婚約者だったルルレリアが、どうしてあんなに俺に対して「きちんと学べ」「義務を果たせ」と言い続けていたのか。
ルルレリアは理解していたんだ。
「それは、アニタ嬢も、か」
奨学金で、学園に通っていたという。
領民のために金を使い、自分は努力をして学園に通う。そんなこと、俺にできていたのか、と考えると、とてもじゃないけど、思いつきすらしていなかった。
玉璽のつかれた、書類はある。
アニタ嬢と婚姻を結ぶことは、理論上はできる。
でも、もしそうなったとして俺は、この領地のためになる存在に、なれるのだろうか。
子爵配となったからには、根回しなどもしないといけないだろう。
アニタ嬢はきっと、俺が元第三王子だったということも、わかっている。
そうなったときに俺は、子爵領のお荷物にしかならないのではないか。
「領主は、命を預かる」
自分の手を見る。
本当であれば、ルルレリアとともに伯爵領を治め、伯爵領の領民の命を預かる筈だった手だ。
「俺は、人の命を預かれるほどの人間だろうか」
全てのことから、逃げてきたんだ。
聖女であるマーシュが、俺に「大変なことを無理して続けることはない」とささやいてくれた。
俺のことを、わかってくれているのかと思った。
平民という立場なのに、俺を同じ人間として見てくれていると思った。
そうじゃないんだ。
ルルレリアやアニタ嬢のように、成すべきことを理解していないと、いけなかった。
「大変なことでも続けるための方法」を、考えるべきだった。
俺の行動の元で変わってしまう何かを、知っておかねばならなかったんだ。
アニタ嬢は、そしてモルニカ子爵家は、領民を第一に考えているという。
いつもの彼女の笑顔を、思い浮かべる。
「アニタ嬢……素晴らしい女性だな」
彼女の本当の価値をわかった途端に、諦めないといけないのかもしれないと思うなんて。
いや、それでも彼女のそばに立ちたい。
あの学園での俺のことを知っていたとしたら、そもそも俺の印象なんてマイナススタートだろう。信頼だって、してもらえないだろう。
それでも、彼女に選んでもらえるような存在になれれば、もしかしたら。
子爵領のお荷物にならないために、どうしたら良いのか。
彼女が俺を選んでくれるようになるには、どうしたら良いのか。
考えるしか、ないのかもしれない。




