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11 ご機嫌な店内

「アニタ嬢! 遅くなってしまったが、ようやく君に会いに来れたよ」


 扉を開ける音と同時に、聞こえてくる声。


「ジャンジャックさん?!」

「そう、君のジャンジャックだ」

「私のものにした覚えはないですし、そもそも他のお客様にご迷惑なので、声を小さくしてください」


 私の言葉に、シュンとした顔をすると、すぐにカウンターに座る。


「金を貯めてきた。これで、ここで食事をしても良いだろう?」

「ええ、もちろんです。お客様なら、歓迎ですよ」

「俺は決めたんだ。毎日ここに通い、アニタ嬢を口説くと」

「おい、アニタちゃんは、お前のものじゃねえぞ」

「ああ。アニタさんは、君のものではない」


 あああ、ジャンジャックの言葉に否定をしてくれるのはありがたいけど、いや本当にありがたいんだけど、一触即発の雰囲気は出さないで欲しい。

 このあと、お客さんが入って来づらくなるから……。


「二人ともありがと。とにかく、ジャンジャックさん、飲み物どうしますか?」

「えぇと……。彼が飲んでいるやつと同じのを」

「ゴルゴ酒と言う。君は飲んだことがないか?」

「あぁ。実は酒は、ワインしか飲んだことがなくて」

「ほほう。だったら是非これを飲めるようにしておくといい。ここの領地の定番の酒だ」

「なるほど! アニタ嬢、よろしく頼む」


 木のコップにたっぷりとゴルゴ酒を淹れ、彼に渡す。三人はそれぞれの酒を持って乾杯をした。この調子では、料理も良くわからないだろうし、と思い、お任せメニューをオドライさんと同じように出していくことにする。


「これは美味しい酒だ! んんっ?! この食べ物はなんだろうか。とても香り高い」

「仰々しい言い方ね。燻製ポテトサラダよ。ポテトを燻製してから、マッシュしているの」

「なんと。とても美味しい。こんな料理を作れるとは、アニタ嬢は素晴らしいお嬢さんだな」


 料理を褒められるのは正直、とても嬉しい。

 前世の貧乏ライフのおかげで、仕入れ値の高くない食材を、そこそこ美味しく料理できている自信はあるのだ。


「お前、軽いなぁ。名前なんて言うんだ?」

「俺はジャンジャック。ジャンって呼んでくれ。ランディオ殿には、先日世話になった」

「おいおい、殿はやめてくれよ。ランディオで構わねぇ」

「俺はオドライ。アニタちゃんに、しつこく絡むんじゃねぇぞ」

「しつこく? わかった。しつこくしたことは、俺の人生で一度もないが、気を付けるとしよう」


 嘘でしょ!?

 この人のしつこいって、どれだけハードルが高いのよ。


 二人もそう思ったのか、苦笑いをしている。

 ただ、男同士で気があったのか、楽しそうに話をしてくれているので良かった。ジャンジャックも、これからは平民として生きていくのだから、新しい仲間を作っていけると良いと思う。


 三人が盛り上がっているあいだに、私は他のお客様の注文をとりにテーブル席へ行ったり、後片付けをしたりと、バタバタしながら過ごしていく。


 週末になると家族で来てくれるレンディ家族や、たまに女子会! と言ってやってくるマミリアさん、ルーレンさん、カルアリエさんたち。

 小さなお店なので、数組が入ると一杯になってしまうけど、それでもお客さんが来てくれているのが本当に幸せ。


「そう言えば、アニタ聞いた? 今度聖女が、グルレンの森に来るらしいよ」

「聖女?」


 聖女はこの国には何人もいる。

 数百人に一人という割合とはいえ、この国の国民の数を考えれば、そこまで珍しいわけではない。なので、私の知っている聖女である筈はないのだ。

 大体、あの聖女は今、王国教会預かりなわけだし。


「なんでも、平民だったけど、学園にまで通いたがった、勤勉な聖女なんだってさ。王国教会から来るとか」


 元、平民。学園。王国教会。


 私、そのキーワードに当てはまる聖女、一人だけ知っているわ。

 思わず、ジャンジャックの方をちらりと見る。彼はこちらの話が聞こえていないようで、三人でお酒を飲みながら、大盛りあがりだ。良かった。


「ねえルーレンさん。その情報、どこで聞いたの?」

「私のイイ人が、隣のグルレン領に住んでるって言ったっけ」

「えっ、そうなんだ。知らなかった。というより、恋人いたんだ……」


 うらやましい。

 正直めっちゃうらやましい。

 私も早く結婚相手見つけたい。


「そうなのよ~。つい最近出会ってね!」

「どこで出会ったの?!」

「王都に行くときの乗合馬車で、隣だったのよ。何時間も乗ってるじゃない? それで話をしてたら、意気投合してさぁ」

「ハイハイ、ルーレンの話はその位で!」

「ンもう。マミリアは私の話、全然聞いてくれない」

「ノロケなんて、誰が聞きたいもんですか」

「もう! カルアリエまで」

「えぇと、それでルーレンさんの恋人さんが、グルレン領に住んでいて、そこから?」


 私が聞いたせいで、脱線してしまったのよね。申し訳ないわ。


「そうそう。グルレン領では、かなり話題になってるみたい。グルレンの森辺りに出てた馬車追いの一味が、魔獣に食われたらしくて」

「ふぅん。馬車追いの奴らなんて、それで十分だわ。報いでしょ」

「カルアリエの言う通りではあるけど、でもその魔獣が人の味を覚えて、人里に出てきたら困るでしょ。それで王都から、魔獣退治の騎士団が来るらしいの」

「それに聖女も、同行してくるのね」

「その通りよアニタ。聖女って、どんな美人なのかしらねぇ」

「聖女だからって、美人とは限らないわよ」

「なによマミリア。見たことあるの?」

「ないけどね。でも、癒やしの力の使い手が、顔も良いとか性格も良いなんて、そんなの聖女みたいじゃない」

「だから聖女でしょ」

「……あ」


 漫才みたいなやり取りに、思わず笑ってしまう。

 ちなみに、私の知っている聖女は、美人というよりかわいい系だけど、人の男をとる性格の悪い女でしたよ。


 馬車追い、とはジャンジャックがあった野盗のことで、馬車ごと追い剥ぎをするからそう呼ばれている。

 って言うより、まさにジャンジャックを襲った奴らの、一味なんじゃないかな。王都からうちの領地に来るときの森なんて、グルレンの森しかないし。


「ねえルーレンさん。その聖女がどんな方だったか、恋人さんから聞いたら、教えてくれないかしら。興味あるわ」

「オッケー。任せておいて」


 指先を丸めてOKのポーズをとってくれる。

 こういうところ、日本と同じなんだ。さすが乙女ゲームの世界。……忘れてたけど。


「ねぇねぇ、ところでアニタはあの三人の中で、誰がタイプなの?」

「は? マミリアさん、何を」

「あ、それ私も聞きたかった。ルーレンは誰だと思う? 私はねぇ、オドライさんだと思うんだけど」

「甘いわね。ランディオさんでしょう。二人は仲が良いじゃない」

「マミリアこそ甘いわ。絶対、あのチャラ男でしょ」

「ない! それだけはないわよ、ルーレンさん」


 ランディオさんもオドライさんも、申し訳ないけど、こちらが選ばせていただけるような相手じゃない。二人とも良い人がいるタイプだもん。

 だけど、ジャンジャック。あれだけはないわ。

 まぁ、ここに来るためにお金を貯められたのは、評価しても良いけど。

 ただ、彼に対する私の信用ポイントは、マイナス五百くらいあるのだ。何と言っても、堂々と不貞をした男なのだから。


「えぇ~。アニタみたいなタイプには、あのくらいチャラい男の方があってるとおもうけどなぁ」

「私は真面目な人の方が、好きですよ。あとは一緒に仕事をして、背中を預けられるくらい、信用できる人が良いな」


 何せ、子爵家に婿養子に入って貰わないといけない。

 領地の仕事のメインは私がやるとしても、それなりに一緒に領を見て、共同経営できる人じゃないと、領民を幸せにしてあげられないものね。


「ま! アニタが幸せになれそうな人を、きちんと選べると良いと願ってるわよ、私たちは」


 カルアリエさんの言葉に、二人も頷いてくれる。

 ふと、お母様の言葉を思い出す。


 ――アニタのことを、大切にしてくれる人よ。これは絶対だからね。


 ついつい領民の事ばかり考えてしまうけれど、ちゃんと私の事も大切にしないと。


「皆、ありがとう」


 テーブルにある空いたグラスを纏めながら、お礼を言う。三人は、ご機嫌の笑顔で「あと、ゴルゴ酒三つね」そう笑った。

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