1 婚約破棄なんてするバカ本当にいるんだ
「ルルレリア・リオ・カールレイ! 俺は貴殿との婚約をここに破棄する。そしてこの聖女マーシュを新しい婚約者とする」
オルレオ王国立魔法学園の卒業式。
午前中の式典は親も出席していたが、その後のこのパーティは学生だけが出席する。
卒業生はもちろんのこと、在校生も出席が可能だ。
ちなみに私、アニタ・モルニカは毎年参加していた。
無料でパーティ料理を食べられるのだから、チャンスを逃すわけにはいかない。
おいしいお食事を、余すところなく食べつつ、テーブルにたっぷり残っているものをチェックしていた私は、我が国の第三王子の声に驚いて振り向く。
「まぁ、ジャンジャック殿下。何を仰っているので?」
名前を呼ばれて現れたのは、透き通る様な白い肌、プラチナブロンドを一つに纏めた、華奢なのに艶めかしい色香を醸し出す麗しの令嬢だ。
対する王子の隣には、ふんわりボブの髪型に、お約束のようなピンクブロンドの背の低い女子。
その彼女を守るように、王子の側近ども――失礼。側近の少年たちが立っている。
「何を、だと? ルルレリアがこのマーシュのことをいじめていたのは知っているんだぞ。たとえ出自が平民であったとしても、聖女だ! 聖女をいじめるなど」
「お言葉ですが」
ながながと喋る第三王子の声をぶった切り、コロコロと鈴が転がる様な声でルルレリア様は反論する。
「わたくし、そちらの方とは初めてお会いしますわ。殿下の良いお方なのですか?」
「ハンっ! よく言う! 俺の寵愛がマーシュに移ったと知って、彼女を」
「お言葉ですが」
出たーっ! 今再びの「お言葉ですが」だ!
私は手にしている魔鳥チッキンチッキンの唐揚げを口に押し込み、食い入る様に見てしまう。
美味しいものを食べながら、エンタメを楽しめるこの展開。ちょっと胸アツだわ。
「わたくし、殿下のことはイチミリも興味がございませんの。王家に無理矢理押しつけられた無能王子など、婚約をなかったことにできるのであれば、大歓迎ですわ」
おお、言い切った! さすが公爵家のご令嬢だ。
いやぁ、第三とはいえ王子にこんなこと、なかなか言えないよねぇ。
「なっ、なにを! でもマーシュは怖がって」
「ルルレリアさまぁ、私は謝ってくださったらそれでぇ、良いんですよぉ」
「優しいなぁマーシュは。僕が守ってあげるからね」
「たとえ王子の寵愛があったとしても、俺がお守りする」
「マーシュはボクが側にいてあげるよぉ」
「おい! お前らちょっと黙れ!」
わーお、恋の大混戦じゃない。
に、しても。
この世界に転生してからこっち、あの平民聖女が学園内をしっちゃかめっちゃかにし出した時には、びっくりしたけど……。まさか本当に婚約破棄するってところまで、乙女ゲームの展開になるとはね。
「コホン。陛下と我が父との契約ではございますが、これほど大勢の皆様方の前での婚約破棄を叫ばれましたもの。我が公爵家の力を以て、遂行いたしましょう。それでは手続きを行いますので、失礼いたします」
一気にそう言い切ると、思わず拍手をしたくなるような、美しいカーテシーを披露したルルレリア様(舌噛みそうだわ)は、同席していた弟君にエスコートされ退室していった。
残されたボンクラ……もとい浮気男……違った、第三王子は、腕に抱いている聖女のマーシュとイチャイチャし始める。
さらにその周りで側近ども――もう『ども』でいいでしょ――も、彼女の髪を撫でたり、頬をツンツンしたりしていた。
そういうのは余所でやれ。
ルルレリア様退場後は、入れ替わるように近衛騎士団が入ってきた。
どうやら、教師の誰かが呼びに行ったらしい。
そりゃそうよね。卒業式も終えた今、彼らはもう大人の扱いだ。
いくら第三王子と高位貴族の側近とはいえ、やらかしたら外部機関に連絡して終了でしょ。
せいぜい何が起きたか、教え込まれてくればいいと思う。
まぁ私は二度と関わることもないから、この先どうなるかとか、知る術もないけど。
知りたくもないし。
「アニタ」
「ソマイア! 今の見た?」
「勿論よ。あんなことするバカって本当にいるんだねぇ」
もちろんヒソヒソと話してはいるが、目線はあのバカどものあたりだ。
「巷で流行ってる、少女小説になぞらえてるのか知らないけれどねぇ。第三王子って……あ、いけない。アニタ、アレがこっちくるわ」
ソマイアは私の袖をつん、と引っ張り道をあけるよう促した。
向かい側にいた生徒もそっと道をあける。
側近どもと第三王子、そして聖女を先導しているのは、先ほど入ってきた、近衛騎士団の方々だ。
何故か近衛騎士団の後ろを歩きながらも、彼らはドヤ顔をしている。
もしや、「出迎えご苦労」とか思ってるんじゃないでしょうね。
――思ってそうだから怖いわ。
「はぁ~、近衛騎士団って格好良いねぇ。あんな茶番のあとにでも、見ることができてありがたや……」
思わず両手を合わせて拝んでしまう。
第三王子は、小柄な聖女を腕にぶら下げるようにして――あれ、本当にぶらさがってない? 体力だけはあるんだな、第三王子――この会場を出て行った。
あとに残された私たちは、もちろん今の婚約破棄茶番で、大盛り上がり。
今日が最後という学友たちと、ようやく許されたお酒を飲みながら、在学時代の彼女の奔放な行動について話している。
どうやら皆、食事よりもお酒を楽しみたいらしい。
料理がたくさん残っていた。もったいない!
「あっ、残ってるご飯、器にいれないと!」
「アニタったら、またそんな」
「うちは貧乏だからねっ。それに」
第三王子が去って行った方を見る。
「あの聖女が、学園内のめぼしい男子生徒にのきなみツバつけたから、私の婚活がまったく進まなかったのよっ!」