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婚活中の貧乏子爵家令嬢ですが、小料理屋を開業したら幼馴染みが溺愛してきます  作者: 穴澤 空@ドアマットヒロイン1巻発売中!


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1 幼馴染みの出迎え

 ガタガタと大きな音を立てて、乗合馬車が森の中を走る。


「あぁ、もうすぐ着くわぁ」


 私は手の中にある『アニタ・モルニカ』と書かれた、オルレオ王国立魔法学園の卒業証書をそっと指でなぞった。

 王都から乗合馬車で四時間ほど走らせた場所にある、我がモルニカ子爵領。

 辺境とまではいかないけれど、それなりに王都までは距離がある。

 領の境にあるグルレンの森を越えると、懐かしい景色が見えた。


「遠くに見える緑の山々、いくつも流れる川に小さな木造の家々。王都のような派手さはないけど、だからこそ落ち着く……っ!」


 乗合馬車といいながらも、モルニカ領まで乗ってきたのは私一人。

 他の乗客は、グルレンの森の手前で、皆降りた。

 馬車の窓を開けて、身を乗り出す。


 アッシュカラーといえば聞こえはいいが、くすみがかった灰色の私の髪の毛が、風になびく。

 故郷の空気が心地良い。


「あっ!」


 馬車の先に人影が見える。


「すみません! 御者のおじさん! ここで降ろしてくださぁい!」


 大きな声で御者席に声をかけると、馬の蹄の音が徐々に緩やかになる。


「お嬢ちゃん、こんな何もないところで降りて平気かい?」

「はい! 迎えがきたので」


 私の言葉に安心したのか、御者は私の荷物を降ろすのを手伝ってくれたあとに、領都の中心部へ向かっていった。そこから王都へ向けての乗客を拾うためだろう。


「お嬢!」

「ディアス、来てくれたのね!」


 先ほど見えた人影は彼、ディアスだ。

 我がモルニカ子爵家の護衛。


「当然ですよ。本当は王都までお迎えに行きたかったんですけどね。流石にそれは許されなかったので」

「そりゃそうよ。王都まで迎えに来るだなんて、どれだけお金がかかると思っているの」

「お嬢がきちんと、俺が言ったとおりの乗合馬車で帰ってきてくれて、良かったです」

「ディアス指定の御者さん、人気で予約を取るのが大変だったのよ」


 私の荷物三つを軽々と片手で持つと、ディアスは私を守るように歩く。

 彼の一重で若草色の瞳が、柔らかく細められる。短い黒髪が、風に小さく揺らいでいた。


「俺が冒険者のときに貯めた金を、使っても良かったんですけどね」

「あら、三ヶ月間の冒険者で、どれだけ貯まるのかしら」

「こう見えて、腕はいいんですよ」

「知ってるわ」


 学園に入学してからは一度も帰省していなかったので、こうしてディアスと会って話すのは久しぶりだ。

 ディアスは私の子守として、小さい頃に彼の父親でもある執事兼庭師のクリアノに連れられてやってきた。年は四歳ほど上で、それからずっと一緒に育った。


 私が十五になった頃、突然冒険者になるといって出ていったのに、たった三ヶ月で冒険者を辞めて戻ってきたのよね。


「そういえば、なんで冒険者をすぐ辞めたの? 合わなかった?」


 彼の腕の強さは、領内でも知れ渡っている。領主から与えられる領地騎士団の騎士爵も得ているくらいだ。


「それはその――ちょっと忘れようと思ったことがあったけど、結局無駄だと思い知ったというか」

「ふぅん? こんなこと言ったら、ディアスに怒られるかもしれないけど、私は戻ってきてくれて嬉しかったけどね」

「お嬢は、俺がいなくなって寂しかったんですか?」

「そりゃそうよ。ずっと一緒にいた家族がいなくなると、寂しいじゃない」

「家族……そうですよね。それはそうだ」


 ディアスが少しだけ眉を寄せて笑う。何か困ったことでもあったのだろうか。


「それはそうと、私決めたことがあるのよ!」

「決めたこと?」


 歩いているうちに、子爵家の門に到着した。

 大きくはないが、きちんとクリアノによって手入れされた庭を通り、玄関の扉を開ける。


「アニタ、ただ今戻りました!」


 私の声に、お母さまと年の離れた三つ子の妹たちが駆け寄ってきた。

 お母さまの顔を見た瞬間。

 私は勢いで口を開いた。


「お母さま! 私、お店を始めようと思うの!」

「まぁ。婚活じゃなくて?!」


 帰宅第一声がそれの私に、にこにこしながら、ジャブを打ってくるお母さま。ハイハーイ、わかってましたよ。


 そう。

 私はこのモルニカ子爵家の跡取り娘だ。

 そして、王都の学園で婚活をして、婿を連れ帰ってくる予定だったのだ。

 あの――聖女マーシュの邪魔さえ、なければ。


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