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灰色の弾丸-Earl Grey of All Trades-  作者: 旗戦士
Chapter2
9/29

Order9. Dearest

先ほど投稿していたこの話の始めを変更し、キッドたちの視点から違う場面に代えました。

読者の皆様にはご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。

<ヴィクターアームズ本社>


 新たな相棒であるフォードマスタング・BOSS429を購入した次の日の事。グレイはソフィアを黒い革製の助手席に乗せ、シカゴ川に面するシカゴハーバーへと車を走らせていた。クラッチを左足で踏みつつギアを上げ、BOSS429は加速して隣の車線にいた日本産のセダンを追い抜く。

「……何笑ってるんですか、グレイさん? なんか気持ち悪いです」

「お前意外と傷つくこと言うな……」

アクセルを踏み込むと、嘶きのような轟音を上げてエンジンが稼働するのを感じる。マフラーから排気ガスが吐き出されると同時に彼らを乗せるBOSS429は速度を上げていき、シカゴ川に面する道路を駆け抜けた。事務所を出てから数十分ほどで埠頭に到着したグレイは、港の駐車場にBOSS429を正面から停車させるとイグニッションスイッチから車のキーを引き抜く。

「本当に……その、銃を買ってくれるんですか……? 」

「おう。事前にミカエラには伝えてある。俺がお前に合うようなものを選んだからな」

「うぅ……なんだか緊張します……」

運転席のドアを開け、革製のシートからグレイは立ち上がると後部座席の扉を開けてシートの上に置かれた鞄を手にすると彼は車の鍵を閉めた。懐から煙草の箱を取り出し、一本取り出してから煙草を咥えて左手に握ったライターで火を点ける。煙を口から吐き出しつつグレイはミカエラの待つ武器取引会社ヴィクターアームズの本社がある倉庫まで向かった。埠頭に停泊している黒く巨大なタンカーを前にする倉庫の扉をグレイはノックもせずに開け、口に咥えた吸い殻をその場に捨てる。

「グレイさん!? 勝手に入っていいんですか!? 」

「俺の場合は顔パスだよ。なんせ大切なお客だからな」

倉庫の中で仕事をする作業員を一瞥しつつ、グレイとソフィアは錆びついた倉庫の中を歩いていく。ある者は木製のコンテナに詰められた自動小銃を運び、ある者は札束の入ったアタッシュケースをタンカーの積荷に詰めている。外部から隔離された異様な光景に困惑するソフィアの肩を叩き、グレイは階段を上がっていった。階段を上がった先の一室に入るなり、紫の長髪に赤縁眼鏡をかけた女性が彼らを迎える。

「ようミカエラ。待たせたな」

「おやおやグレイさん! 本日はお日柄もよく! その子が例の助手さんでありますか? 」

「は、はい! ソフィア・エヴァンスですっ! 」

互いに名前を交わすミカエラとソフィアを横目に、グレイは社長室に置かれた一つの木箱に視線を向けた。彼が木箱に近づき、中を覗き見るとその箱の中にはシグザウエル社製の短機関銃(サブマシンガン)SIG MPXとドイツ産の自動拳銃(オートマチック)H&K P2000が木屑に包まれている。

「むふふ……どうでありますか? なかなか質が良いでありましょう? 」

「あぁ、そうだな……。空弾倉はあるか? 」

「箱の中に同梱されてるであります」

ミカエラの言葉通りにグレイは箱に手を突っ込み、反ったバナナ型の弾倉を取り出した。次に彼はその弾倉を左手でマガジンキャッチに差し込むと手前にあったチャージングハンドルを引く。ストックの上部に取り付けられていたボタンを押し、自身の腕の長さに合うように銃床を調節するとグレイはアイアンサイトを覗き込んだ。

「……いい精度だ。弾倉の交換もスムーズに行える」

「そうでありましょう? なんたってソフィアちゃんの為に選んだ銃でありますからね! んもう、グレイさんったらツンデレなんだから~」

「余計な事言うな変人女。ほらソフィア、持ってみろよ」

グレイはあっけに取られていた彼女にMPXを手渡すとソフィアが驚いた様子を見せつつ、おそるおそるMPXのグリップを握る。直後ソフィアの表情が強張ったものに変わると、彼は彼女の頭に手を乗せた。

「これが……私の銃……」

「そうだ。こいつにお前は今後命を預ける事になる」

MPXを箱に戻し、グレイは再びミカエラと視線を合わせる。彼の顔を見るなりミカエラは悪戯な笑みを浮かべ、グレイとの距離を詰めた。

「……なかなか、イイ子でありますね? グレイさん」

「馬鹿言え。それよりも幾らになるんだ? 」

「輸送代込みでざっと3300ドルでありまーす! 」

予想以上に高い値段にグレイは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるも、懐から小切手を取り出してその上に3300ドルと書き込む。その後彼は筆記体で自身の名前を記入すると、ミカエラに紙切れを手渡した。

「毎度どうもであります、グレイさん。また要り様でしたら連絡してくださいねー♪ 」

「はいはい。ったく、高い値段で売りつけやがって」

木箱の蓋を閉め、グレイは箱を持ち上げるとミカエラに別れを告げて社長室から退出する。やけに重い木箱の感覚が彼の両腕を襲うも、何故かその重みにグレイは心地良ささえ覚えていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<便利屋事務所・オフィス>


  ミカエラとの取引を終え、グレイは帰り際に買ってきたハンバーガーを頬張る。既に昼下がりの午後となったシカゴの街には未だに炎のような暑さが照り付けていた。そんな思い思いの午後を過ごしていると、2つの足音と共にノックが来客を知らせる。強めに叩かれたノックを若干不快に感じつつ、グレイは玄関の扉を開けた。扉の前には凶悪な顔つきをした青年と妖艶な雰囲気を放つ赤髪の女が立っており、不審に思いつつも彼は二人を招き入れる。両方の灰色のシャツの袖を捲り上げ、褐色の両腕を露わにする青年はグレイから見ても暑苦しい風貌をしていた。しかし何よりも目を惹くのは血走った双眸である。

「……」

グレイは自然と男の隣に立っていた女に視線を傾けた。大きく胸元の空いた白いブラウスにダメージ加工の入ったスキニージーンズを纏う彼女の髪は艶やかな紅色をしており、より一層女の美貌を輝かせている。頬から右目に掛けてに入った傷跡でさえも彼女はもろともしないほど、美しさを放っている。背中に忍ばせていたワルサー TPHの感触を確かめ、グレイは二人をオフィスのソファに座らせた。ソフィアに紅茶を持って来させるように命じ、グレイは二人の前に座る。

「何もそんなに警戒しないでくれよ、アールグレイ・ハウンド。あたしはレティシア・ルビアレス。こっちは助手のキッド・エックルズだ」

「……危険そうな連中は一発で見りゃ分かるよ。まあいい、何の用だ? 」

「俺たちは依頼である人物を追ってる。ケネス・ヘンリソンって男でなァ、依頼主からお前が情報を握ってるって聞いてここに来た」

彼はキッドの言葉に眉を顰めた。修理屋、という肩書を持っている彼がなぜ追われなければいけないのか、そもそもなぜ自分が彼を知っていることを把握している第三者がいるのか。いくつかの疑問がグレイの脳内を占めるが、彼は話を続けさせた。

「簡単に言えば殺しだよ、依頼主がこいつの存在を厄介に思ってるんだとさァ」

「ケニーが? ……まあいい、とりあえず俺とあいつは交流がある。だが情報を明け渡すというのは話が別だ」

「だよねぇ……。最近いつ会ったかだけ教えてもらっても? 」

いとも簡単に引き下がる二人の様子にグレイは不信感を感じつつも事務所のエアコンを指さす。

「こいつが最近ぶっ壊れちまったんで、つい昨日直しに来て貰った。これだけだよ、あとは何かあるか? 」

「……おい、レティ」

「あぁ、分かってる」

グレイの前の二人はおもむろに立ち上がり、事務所のエアコンに手を伸ばす。彼は腰のワルサーTPHに手を伸ばしながら、二人の様子を見つめ続けた。凶行に走る様子を見せれば、直ぐ撃てるようにTPHのハンマーを静かに降ろす。そして唐突にエアコンの分解が始まり、グレイは腰のTPHを引き抜いた。同時にキッドの方からも黒塗りのコルトパイソン 6インチがグレイに向く。

「おォッと。妙な真似すんなよォ、便利屋。別に危害を加えようなんて気はさらさら無ェ」

「だったら今すぐその手を止めな。お前らは来て早々、見ず知らずの他人の家のエアコンを分解するように教育させられたのか? 」

「まあ落ち着きなよ……ほら、これが見えるかい? 」

レティシアの手に握られていたのは、黒い球体の機械。TPHの構えを解かずにグレイは二人に近づき、その小型機械に視線を落とす。ビデオカメラのようなレンズに、3色の配線が伸びていた。グレイの目から見ても明らかにエアコンに不必要なものだと彼は理解する。

「これは……」

「まあ見るからに盗聴器、もしくはカメラだね。これで分かっただろう? 」

「まさか……ケニーが? 俺とあいつは長い付き合いなんだが……」

グレイには今の光景が信じられなかった。ケニーを疑おうとする度、彼の脳裏にケニーとの思い出が浮かぶ。それこそ彼はグレイにとって、このシカゴの地で信用できる人間の一人と言っても過言ではない。頭を抱えつつ、グレイは溜息を吐いた。

「……心中察するよ。見るからに、ケネスとあんたは相当仲が良かったみたいだね」

「まぁな……。だが、これで分かった。お前らがケニーを追う理由もな」

彼はキッドに向けていたTPHを降ろし、謝罪も兼ねてキッドの肩を叩く。向けられていたコルトパイソンの銃口も下がり、緊張が走っていたオフィスに再び緩やかな空気が満ち溢れた。ちょうどその時、3つのティーカップが乗ったトレイをソフィアが運んでくる。

「いらっしゃいませ~。紅茶です、砂糖とミルクは要りますか? 」

「ありがと、お嬢ちゃん。しっかりしてて偉いねぇ」

「いやあの……子供じゃないですって」

弁明するいつも通りのソフィアを一瞥し、グレイはキッドを向かいのソファに再び座らせた。

「んじゃァ、話を戻すぜェ。俺たちはこのケネスって野郎を追ってる。居場所とか何でもいい、知ってる事を教えてくれ」

「あいつが修理屋って呼ばれているのは知ってるよな。実はケニー自身も殺し屋を営んでいて、あくまでも修理屋っていうのは表向きの仕事だ。何かとあの手の職業は人当たりが良くて標的に接触しやすいし、あいつが俺に何か仕掛けてくるのも今になってみたら肯ける」

「なるほどねェ……。油断してたら即お陀仏って訳かァ」

キッドの言葉にグレイは頷く。彼はスラックスのポケットからスマートフォンを取り出し、ケニーの電話番号を表示するとキッドに突き出した。

「これがあいつの電話番号だ。もしあんたらがケニーを殺るっていうなら……俺も協力する。ケリをつけなきゃならない」

「そりゃァなんとも良い話だな。レティ、こいつに金を――」

その時であった。窓の外に立っていたレティシアが険しい表情を浮かべ、こちらへ向かってきている。

「伏せろ!!! 」

彼女の大喝と共にグレイは隣にいたソフィアの体を無理やり地面に伏せさせ、覆いかぶさるように彼は地面に倒れた。直後、ガラスが割れる音と共に風切り音が幾つもオフィス内に反響する。木片やガラス片が室内に散乱し、グレイの体を掠めるも彼はソフィアから退こうとは決してしなかった。そしてグレイは瞬時に理解する、これはケニーによるもの、またはその手先の仕業である事を。

「……」

銃声が止み、グレイはおそるおそる体をソフィアから離すと身を屈めつつ自身の机からHK45とM686を取り出す。忘れずに財布と携帯電話、車のキーをポケットに入れ、キッドたちの方へ視線を傾けると彼らも既に身の安全を確保しており、同じように腰を落としていた。

「ソフィア! 無事か? 」

「は、はい……なんとか……」

「……もうごちゃごちゃ言ってる暇はねェ。完全にお前を殺しに来てる。これで分かっただろォ」

「あぁ……腸が煮えくり返る程な」

銃弾がやって来た方向へHK45の銃口を向け、グレイは引き金を3回引くとその場にいた3人へ事務所から出るよう合図する。反撃として再び鉛玉の嵐がオフィスを襲うが、グレイには当たらず壁に風穴を開けただけであった。3人が完全に出たことを確認すると、グレイも同じようにしてオフィスから飛び出す。銃声を聞いた下の通行人が慌てふためいているのを一瞥し、グレイは身なりを整えた。

「おい! このまま下に行けば4人とも撃たれて死んじまう! どうするんだい! 」

「そのままガレージに行くぞ。車もある」

それだけ告げてグレイは4人を率い、雑居ビルの裏口からガレージへと向かう。ケニーが紹介したディーラーから買った車に乗るには若干の不安と戸惑いがあったが、なりふり構わず彼は運転席に乗り込みエンジンを起動した。

「ヒュウ。随分とイカす車じゃねェかァ」

「感想は後で聞くぜ。それより飛ばすぞ、捕まってろ! 」

後部座席のソフィアとレティシアに頭を伏せさせ、グレイはクラッチを踏みつつギアを変え、アクセルをフルスロットルで通りを疾走する。リアウィンドウのガラスに銃創が出来上がるも、気にせずにグレイは飛ばし続ける。彼の駆るフォード・マスタング BOSS429はシカゴ市内の奥底へと消え、もう銃弾も彼らに迫る事はなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<シカゴ市内・ホテル>


  グレイの事務所がある雑居ビルの対角線上に位置するホテル。中世ヨーロッパを思わせる造りで、シカゴに観光へやって来た外国人も多く利用する有名なホテルの一室に作業服を着た男はサイレンサーの付いたSR-25の分解を始める。名銃工と名高いユージン・ストーナーが設計したその銃の感触を確かめながら、男――ケネス・ヘンリソンはSR-25の弾倉と銃身を作業カバンに仕舞い、ただの作業員を装った。ケネスは内心苛ついていた、なぜならあの男女二人が介入しなければ予定通りにアールグレイ・ハウンドを暗殺できたからである。しかし思わぬ誤算によってそれも憚られた。

「……ちっ、グレイめ。つくづく運の良い男だな」

ケネスにグレイの暗殺依頼が寄せられたのはつい最近の事である。一人娘であるエレナが人質に取られ、娘の為に暗殺稼業を引退したのにもかかわらず彼は再び呼び戻されてしまった。それも、10年来の友を殺せと。原因は彼にも不明だ。だが最愛の妻が遺した愛娘を人質に取られた彼に、選択の余地はない。作業服から半袖のシャツに着替え、ケネスは一般のビジネスマンを装いつつホテルの部屋を出る。

「もしもし」

『どうだね、首尾は? 』

「……すまない、奴らを取り逃がした。だが必ず期日までには殺す」

『あぁ、頼むよ。娘の声を聴くかい? 』

自然と携帯電話を握る力が強まった。当たり前だろう、という声を殺しケネスは娘の声を待つ。

『……お父さん? 』

「エレナ! 大丈夫かい? けがは? なにもされてないかい? 」

『うん! おじさん達、ちょっと怖いけど優しいよ! 』

元気そうな娘の声を聴き、やつれていた気力が癒される。だが迫る不安にケネスはどうにも安心し切れなかった。もし数日後に自分が依頼を達成できねば、娘は無残に殺される。そんな恐怖を彼女に負わせるわけにはいかない。

「……エレナ。よく聞いてくれ。お父さんは仕事が終わったら必ず迎えに行くよ。だから待っててね」

『うん。エレナいい子だから、ちゃんと待ってるよ! だから絶対来てね! 』

その言葉を最後に通話が切れ、ケネスは堪えきれず涙を流す。娘を危険に晒している自分が何よりも情けなく、そして娘に怖い思いをさせている事がケネスには許せなかった。自分を裏切り者と呼ぶ者もいるだろう。だが愛娘は自分の命にも代えて守らねばならない。

「……グレイ……。俺は……お前を殺す。俺は……守らなきゃいけない」

自分にそう言い聞かせるように、ケネスは再び歩き始めた。

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