Order22. Cause and Effect
<廃墟・出口付近>
1㎝大の銃創が額に出来上がったシンの死体を一瞥し、引き金を引いた後に地面へ座り込んだソフィアの肩に触れる。震えた身体を落ち着かせるようにグレイは彼女の背中を摩り、地面に落ちた自動拳銃H&K P2000のグリップを握った。シンが死ぬ前に投げかけられた問いがグレイの脳内に反芻し、腹部から血を流し過ぎたせいか視界が安定しない。そんな満身創痍の二人の前に現れたのは、カラシニコフ・コンサーン社製の自動小銃AK-12を手にしてカウボーイハットを頭に被っていた中年の男性。警戒心を露わにするようにグレイはP2000の銃口を目の前に現れた男に向けた。
「おいおいおい! どうして俺ぁ二回も味方から銃口突き付けられなきゃならねぇんだぁ!? 」
「……胡散臭い見た目してるからだろ、お前は誰だ? 」
身体中に走る痛みに耐えながら、P2000の銃口をグレイは降ろす。目の前に立つ男も安堵のため息を吐きながら二人に歩み寄り、重傷を負ってふらつく彼の身体を支えた。
「ルーベンから送られてきた助っ人、フランク・カーディフだ。よろしくな……なんて言ってる暇はなさそうだねぇ」
「分かってるなら早く連れ出してくれよ、ここの匂いでむせ返りそうなんだ。それとソフィアも……」
「わ、私は……大丈夫、です……。あ、ごめんなさい……やっぱり手貸してください……」
彼の腕の中で青ざめた表情を見せるソフィアへ視線を落とし、彼女が歩けるように肩を貸す。全員の姿が満身創痍なのを目の当たりにしたグレイは妙な既視感を覚え、鼻で小さく笑った。彼の脳裏に過去の記憶が思い浮かび、かつて陸軍の戦友たちと共にこうして互いに肩を貸しながら戦地から戻ったのを思い出す。
「身体中から血を流しまくったってのに随分いい笑顔しやがるな、グレイの兄ちゃんよ? 」
「そっちの趣味は無ェぞ。ただ単に昔を思い出しただけさ」
「昔、ねぇ。まあ分からなくもないよ」
フランクに肩を借りながら3人は廃墟の出口へと向かい始める。足取りこそ重いが、ようやく得られた安堵感にグレイの身体は猛烈な倦怠感を覚えていた。それでもなお彼は必死に歩き続け、ようやく廃墟の外へと辿り着く。先ほどシンに刺されたプッシュダガーの傷が想像以上に効いているのか、彼の呼吸は荒いものとなっていた。
「あーもうしっかりしろって。ほれ、傷見せろ。今応急処置してやるよ」
「なら……もっと、早くやれって……の……アホ……」
「へいへい。嬢ちゃんは大丈夫かい? 」
「すいません……私もお願いします……」
出口の壁に凭れ掛かるようにグレイの身体は置かれ、同じようにしてソフィアが隣に並ぶ。フランクの手にはどこからともなく取り出した止血剤とガーゼが握られており、血で赤く滲んだシャツを捲り上げられた。赤黒い液体が2㎝大の傷口から溢れ。風に触れるたびにグレイの全身に痛みが走る。傷に付いた血液を拭き取られる度に熱した鉄を押し付けられるような激痛を感じるが、奥歯を噛み締めて必死に耐え忍んだ。
「うっし! これで終わり、っと! 」
「痛ってぇーっ!? おいオヤジテメェ! もっと優しくしやがれっての! 」
「そんだけ騒げるなら元気な証拠だよ。ほーらソフィアちゃん、腕出してねー。痛くない? 大丈夫? 」
怪我人であるにも関わらず止血剤を叩きつけるように傷口に貼り付けたフランクをグレイは涙目になりながら睨み返す。雑な性格をした人材を送ってきたルーベンに対しても怒りの感情が芽生え、痛みが引いていくのを待った。ソフィアの方の処置も終わったようで、彼女の白く細い左腕には包帯が巻かれている。フランクから差し出された手を握りながらグレイは立ち上がり、廃墟の路肩に停めてあったイギリスの自動車メーカー・ジャガーXJの黒い後部座席のドアまで歩み寄った。
「随分と良い車乗ってるな……XJのR-Sportタイプか? 」
「ご名答。ささ、乗った乗った。おっさんが運転して病院まで連れて行ってやるから」
「あ、ありがとうございます……フランクさん……」
「俺の知り合いに医者がいる。そいつの方が何かと都合が良いだろう」
後部座席にソフィアと隣り合う形で座ったグレイは、アンジュの診療所の住所をフランクに告げる。イグニッションスイッチにカギを差し込みながらカーナビを器用に操作するフランクに内心驚きを覚えつつも、革製の柔らかいシートに凭れ掛かった。
「……えっと……その。フランク、ソフィア、ありがとうな。二人が来なかったら今頃俺は苦しみながら死んでる所だったよ」
「気にすんなって、兄ちゃんよ。俺はただ依頼されただけだ、礼は嬢ちゃんに言いな。もしソフィアちゃんがあんたの誘拐に気が付かなかったら本当に死んでたぜ」
隣に座る彼女へと視線を落とす。応急処置のおかげである程度は楽になったのか、ソフィアの顔色が赤みを帯び始めていた。同時に彼女の視線は隠すためにグレイとは反対の方向を向いており、落ち着きがない。そんな彼女の右肩にグレイは手を置き、いつも通りの不敵な笑みではなくはにかんだ笑顔を見せた。
「お前のお陰だ、ソフィア。あそこでお前がシンへ引き金を引いていなかったら……俺は殺されてたよ」
「べ、別に私は……あそこで雇われてる身ですし……それに、グレイさんがいなくなったらまた仕事無くなっちゃうし……と、というか! 私、グレイさんがこんなになるまで一発も銃を撃ってないですよ……? 全部フランクさんに任せっきりで……私……私……」
「……無理すんな。お前はトラウマを克服してまで俺を助けに来てくれた。それだけで十分さ、ソフィア」
「そうそう。おっさんも君みたいな可愛い女の子が目の前で苦しんでる姿は見たくなかったし、万々歳だよ」
そっぽを向いて肩を震わせるソフィアの頭を優しく撫で、グレイは自分の方へ抱き寄せる。
「よくやった、ソフィア。もう、安心していい」
ただ一言だけ告げ、グレイは抱き寄せた彼女の背中を慰めるかのように摩り始めた。声を押し殺して涙を流す彼女へは視線を動かさず、ただ窓の外に映っていた沈みかけの夕日へ目を配っていた。
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<シカゴ市内・高層ビル>
同刻。オレンジ色の光が次第に沈み始め、シカゴの市街を寂し気な光で照らしていく様子を一人の男がじっと見つめている。市街の真ん中に建設されたビルの最上階で男は
肩にまで掛かった薄緑色の長髪を揺らす。灰色のスーツに身を包んだ彼は沈みかけた夕日を一瞥すると、最上階の部屋に備え付けられたコーヒーメーカーの元へと足を運んだ。純白のティーカップを置き、黒い液体を淹れるボタンを押すと間もなくコーヒーが注がれていく。特有の香ばしい匂いが部屋中に充満し、出来上がったコーヒーを口にしようとカップをメーカーの排出口から取り外した。
「……ふむ」
隣に置いてあった銀色のピッチャーからミルクを注ぎ、白と黒の液体が混ざり合っていく様子を見つめる。間もなくして容器の中の液体は黒からベージュの色へと変貌し、満足げに男は口に含んだ。滑らかな口触りながらも渋みを伴ったコーヒーを一口だけ飲むと彼はソーサーの上に置く。その時であった。こげ茶色の木製のドアがノックされ、デスクチェアに腰かけていた男は視線の先を入り口に向ける。
「どなたかね? 」
「ルーベンです、状況の報告を聞き入れてもらいたく、ここへ」
「入り給え」
応答の声と同時に扉は開かれ、その向こう側から綺麗に切り揃えられた金髪を携え、黒いメタルフレームのメガネを掛けた男性、ルーベン・カラビエニがこの部屋に入ってきた。彼の手には黒いファイルと数枚の紙が束になった書類を持っている。紺色のスーツは彼の整ったルックスをより一層引き立たせ、男――ジェラルド・キルヒマンは机の上に手を置きながらルーベンと視線を交わした。
「して、奴を送った件はどうなった? 」
「無事グレイ・バレット……失礼、アールグレイ・ハウンドを救出に成功しました。今現在はアールグレイの知り合いであるアンジュ・ヴェルメールという闇医者の元へ向かっているとの事です」
そうか、と一言だけ告げてジェラルドはカップの中のコーヒーを啜る。
「ですが社長。今後はどうするおつもりですか? しばらくの間、アールグレイは行動を起こせないはずですが……」
「フランクに見舞いに行かせろ、定期的にな。あの手の男は警戒心を解くのには最適な人材だ」
社長、と呼ばれた彼はカップを片手にルーベンが持っていた書類に手を伸ばした。中の紙にはアールグレイ・ハウンドの所在地、身体情報などのプロフィールが載っており、経歴に"アメリカ陸軍特殊部隊・ハウンド"と書かれた欄にジェラルドは顔を顰める。この社長室にいる彼こそが、特殊部隊ハウンドの二人目の生き残りであった。ジェラルドがどういった経緯でこの役職に就けたのかは不明だが、今の彼の立場は民間軍事人材派遣会社"Weaponist"の代表取締役というものになっている。
「分かりました。一つ、質問があるのですが……宜しいですか? 」
「なんだね? 」
「どうして、アールグレイ・ハウンドの救助を最優先事項にしたのですか? 」
机の真正面に立つルーベンから質問を投げかけられた瞬間、ジェラルドの動きが止まった。鼻で笑いながら手にしていた書類の束とコーヒーを置くと、彼はデスクチェアから立ち上がり窓の外へ視線を移す。
「……我々の思想は、等しい武力を戦地へ送る事によって平衡した戦況を保つ。戦争や紛争が続くことによって企業は潤い、やがてそれは国をも守る力になる。所謂"武力による平和的解決"というやつだ。言葉は矛盾しているがな」
「……え、えぇ。そのはずです」
「彼らには生きていて貰わなければ困るのだよ。この思想を活かす、最大の人材としてね」
「貴方はアールグレイとの因縁があったはずでは……? 」
ルーベンの問いにジェラルドは振り向き、口角を吊り上げて見せた。普通の人間ならばそれを単なる笑顔の一つとして受け取るかもしれないが、目の前に立っているルーベンにとって彼の笑みはひどく不気味に見える。
「そうだな、いずれは終わらさなければいけない縁だ。だが、まだ私が彼の前に姿を現す時ではない。それに……私の姪の事もある」
「姪……ですか? 」
彼は頷くと先ほど渡された黒いファイルの中から一枚の履歴書を取り出し、ルーベンの前に差し出した。その紙には23歳という年齢ながらも幼さを残す可憐な表情を残しており、猫のような双眸と少女のような栗毛のショートヘアがより一層幼さを醸し出している。
「あぁ。"ソフィア・エヴァンス"……苗字は違うが彼女と私は遠い親戚でね。一時期、共に暮らしていたのさ。ルーベン。グレイにだけではなくこのソフィアにも注意したまえ。話は以上だ」
「は、はっ。了解いたしました」
再び彼に背を向け、外の景色をジェラルドは仰ぎ始める。ルーベンが部屋から出ていくのを一瞥し、彼は机の上に置いてあった電話に手を掛け、とある番号を押すと受話器を耳に当てた。数秒後、女性の声が聞こえると同時にジェラルドは口を開く。
「……シカゴ市内にいるギャンググループ、マフィア、そして"ヴィクターアームズ"の戦闘員たちを殺す為にあの二人を送ってほしい。一週間後だ、金は弾む」
Chapter3はこの話で終了とさせて頂きます。
次回からchapter4の話となり、視点がグレイから変わります。




