Order20. Time to Retaliation
<シカゴ市内・ソフィアの自宅>
グレイの事務所でルーベンと一度別れた後、ソフィアは息を切らしながら自分のアパートの部屋へと戻ってきた。時刻は既に昼の12時を過ぎており、ランチタイムを終えたビジネスマンたちが会社に戻る頃の時間となっている。彼女の手には大きな黒いギターケースが握られており、家に帰ってくるなりそのケースをベッドの上に置いた。ジッパーを降ろし、ケースの中に仕舞われていたSig Sauer社製の短機関銃 SIG MPXがその黒い銃身を露わにする。同梱されていたバナナ型弾倉と9㎜ルガー弾の入った白い長方形の箱を一瞥すると、ソフィアは身に纏っていた可愛らしいワンピースを脱ぎ捨て、箪笥の中から黒いスキニージーンズとブラウスを取り出した。
「んしょっ……っと」
次に彼女が取り出したのは黒の一色で纏め上げられた防弾チョッキである。警察の防弾標準レベルGA141-2010 3をクリアし、ケブラー製の厚い素材で造られたベストはより一層ソフィアの安心感を高めてくれた。更にブラックホーク社製のヒップホルスター・カーボンKSCを右腰のベルトに取り付け、9㎜弾の込められたH&K社製自動拳銃 P2000のマガジンを3個左腰にマウントする。その後チェストリグに装備するためのアディショナルポーチの封を切った。
「弾の込め方は……確か……」
先が丸い9㎜弾を黒いバナナ型マガジンの内部へと組み込み、30発を入れた所で金色の薬莢が彼女の前に姿を現した。グレイに教わったことが確実に身についている事を感じながら、その行動を数回繰り返し5個のMPX用の弾倉をソフィアは作り上げ、ポーチの中へと放り込む。チェストリグのメーカーであるCONDOR社から発売されているRECONをクローゼットの奥から引っ張り出し、先ほどマガジンを仕舞ったポーチを取り付けた。
「マシンガンに、拳銃、予備弾倉に応急手当キット……よしっ」
ギターケースに全ての装備を仕舞いこみ、ソフィアは深呼吸をしてからゆっくりと目を見開く。今回の救出作戦で、自分は死ぬかもしれない。人間の本能的な恐怖が彼女を襲うが、それよりも更に恐れている事がソフィアにはあった。売春婦として売られそうになっていた自分を助けてくれた恩人のグレイを目の前で死なせる事。命を救ってくれた張本人を見捨てて逃げ出すほど、彼女は恩知らずではない。
「怖いけど、死にたくないけど……。私はもう逃げない。それに一人じゃない……ルーベンさんの助っ人がいるし」
自分に言い聞かせるように呟き、ベッドの上に置かれたギターケースを右肩に背負う。短機関銃と装備の重みが彼女の身体にのしかかるが、ソフィアはその重圧に妙な心地良さを覚えていた。身体に掛かった重さが彼女自身を守ってくれる安心感となる。そしてソフィアの表情には不敵な笑みが漏れた。それはまるで、"死の芳香"を彷彿とさせるような。
「………ルーベンさんですか? ソフィアです」
『ええ、先ほど振りです。どうかしましたか? 』
アパートの玄関を経て廊下へと出ると、鍵穴にキーを差し込んで家の施錠を行う。受話器越しに聞こえる穏やかな声音に笑みを崩さず、ソフィアは要件を告げる為に口を開いた。
「今しがた準備が完了しました。すぐにでも貴方の助っ人と合流できますよ」
『それは心強い。既に私の方も彼を送った所です。では、指定した場所で彼と会ってください』
その言葉と共に電話は切れ、同時にソフィアのスマートフォンは一件のメッセージを受信する。メールアプリを開き、受け取ったメールを開くとそこにはとあるアドレスが記されていた。エングルウッドと表示されたその住所にソフィアは聞き覚えがあった。麻薬売買や暴力犯罪などシカゴ市内でも有数の犯罪多発地域であり、最初にシカゴへ訪れた際に注意喚起を受けたものだ、と彼女は過去の記憶を思い出す。
「えーと……ここからは……タクシー、かな? 」
受け渡された住所を地図アプリに入力し、スマホの画面に所要時間と周囲の光景が映し出された。どうやらグレイが運び込まれた場所はエングルウッドの中でも人通りが少ない場所らしく、大きなレンガ造りの廃墟が画面に表示されている。ソフィアはアパートの階段を降りた後にエントランスを経て大通りに出ると、タクシー会社に電話をかけた。自身の住所を告げ、車が来るのを待っていると数分後に黄色いセダンが彼女の前に現れる。後部座席のドアを開け、荷物を隣の席に置くと運転手がソフィアに振り向いた。
「お嬢ちゃん、おつかいかい? タクシー使うなんてませてるねぇ」
「いいえ、私はれっきとした成人です。それよりもエングルウッドのこの場所に行ってもらえますか? 」
髭の生えた白人の運転手に住所を表示したスマートフォンの画面と免許を見せ、ソフィアは彼と視線を交わす。只事でない事を悟ったのか、運転手は彼女に謝罪を告げながら車のアクセルペダルを踏んだ。
「で、でも君のような女性があんなところに何の用があるんだ? 見た所大荷物みたいだけど……」
「……一言で言うなら、パーティーの会場がそこにあるんです。お願いします」
グレイのような皮肉を吐く事になるとは自分も染まりきってしまったものだ、と自嘲気味にソフィアは笑みを浮かべる。その会話以降運転手は彼女に話しかけることはなく、タクシーはソフィアを戦場へと連れて行った。
(待っていてください、グレイさん。今度は私があなたを助ける番です)
そう心に誓いながら、彼女は移り行く窓の外の景色を見つめていた。
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<シカゴ市内・エングルウッド>
そうしてタクシーに搭乗する事約30分後。街に蔓延った重苦しい空気を掻き分けながら、黄色い車はソフィアを目的地に辿り着かせる。財布を取り出そうと右手をデニムのポケットから取り出そうとした瞬間、運転手の手がそれを遮った。
「代金は取らないよ。何があるのが俺にはさっぱりだが、生きて帰ってこれたらその時はお代をくれ」
「で、でも……」
「いいから! しがない運転手の優しさってやつだ。この紙に俺の名前と電話番号が書かれてる。何かあったら警察に連絡するが、もし無事に帰ってきたら連絡をくれ」
言われるがままソフィアは隣の座席に置いたギターケースを背負い、タクシーを降りる。丁寧に頭を下げ、車がその場を立ち去るまで見送ると目の前の建物に視線を傾けた。酷く寂れた雑居ビルで、佇むだけで不気味な雰囲気を醸し出している。人がいる気配はしないが、ルーベンの情報ではここにグレイが捕らわれているらしい。緊張と恐怖が入り混じった感情を抑えながら、ソフィアが建物へ乗り込もうとしたその時だった。
「待った。一人で行くのは危険だぜ、お嬢ちゃん」
背後から引き留められた瞬間にソフィアはガンベルトを巻いていた腰からP2000を引き抜いて銃口を向ける。その先には無精髭を生やした中年男性が眼前に映った。ソフィアの目の前にいた男性は驚いたように両手を上げ、情けない声を上げた。
「おいおいおい! 落ち着けよ! 俺は君の味方だぜ!? 」
「えっ? というと……もしかしてあなたは……? 」
ソフィアが銃口を降ろすと、目の前の男は安心したように溜息を吐く。彼女はP2000を腰のホルスターに仕舞い、男に向けて深々と頭を下げる。
「ごめんなさい! まさか貴方が助っ人の方だとは……」
「いいんだよ、間違いは誰にでもあるさ。俺はフランク・カーディフ。ルーベンから送られてきた所謂助っ人ってやつだ」
カウボーイハットを被っていた男は帽子を取り、彼女に右手を差し出した。ソフィアはその手を握り、背負っていたギターケースを地面に降ろした。男の方も背負っていた巨大なガンケースをその場に置く。
「は、はい! よろしくお願いします! それで、作戦はどうしましょうか……? 」
不安げな表情を浮かべながらソフィアはフランクの顔を覗き込む。無精髭に包まれた口元は笑みを浮かべており、瞬時に彼女はこの男がグレイと同じ性格をした男性である事を確信した。
「まあまあ、そう焦るなって。ソフィアちゃん……だったっけ? とりあえず一服させてくれよ」
「は、はあ……」
帽子を被り直し、フランクの口元にはいつの間にか先端に火の点いた巻き煙草が咥えられている。本当にこの人物と組んでも大丈夫なのか、という不安と疑問が入り混じった感情が沸き上がるがすぐにソフィアは頭を左右に振って払拭した。彼の腰に装備されたガンベルトのレッグホルスターに刺さっていたのはカスタマイズされたドイツの代表的な銃器メーカー・ワルサー社の自動拳銃P99であったからだ。銃弾を発射した時に反動を抑える大型コンペンセーター、握った時に手に馴染むようにグリップに施されたダイヤモンドテクスチャ……などと独自のカスタムを施している。飄々とした雰囲気を醸し出しているこの男に対して、ソフィアの脳はより一層警鐘を鳴らした。
「悪いな。もう吸い終わったよ。そんじゃ、簡単だが作戦会議といこう」
直ぐ近くの路肩に停めていた黒いセダンのボンネットの上に折りたたまれた地図が広げられ、ソフィアは言われるがままそのマップに視線を落とす。あの廃墟は想像以上に内部が開けているらしく、二人で捕らわれたグレイを探し出すのは困難である事を彼女は即座に理解した。
「ルーベンの情報によるとグレイの兄ちゃんはこの地下室とやらに閉じ込められているらしい。そこに最短で迎えるルートは正面口を右に回ったこの裏口だ」
「となると……フランクさん、陽動ってして頂けますか? 」
ソフィアの問いに目の前の中年の男は前歯を見せて笑う。
「同じこと考えてたぜ、ソフィアちゃん。ドンパチやるのは一番性に合ってるんだ、それにこいつを持ってきた意味も無くなっちまう」
地面に置いたガンケースがフランクの両手によって開かれ、数個の円柱型手榴弾MK3の姿が露わになった。アメリカで製造されているこの攻撃手榴弾は他のものよりも爆発範囲が少なく、室内戦に適したタイプである。
「手榴弾、ですか。確かに陽動には最適ですね」
「そういうこった。あとこの無線で連絡を取り合おう、グレイの兄ちゃんを救助した時とか危険は時はすぐに知らせてくれ。駆けつけるよ」
「あ、ありがとうございます! 」
差し出された黒いスマートインカムを右耳に装着し、連絡を取り合えるかどうかを確認した後にソフィアは肩に提げたギターケースのジッパーを降ろした。先ほど準備した銃火器の数々が姿を露わし、まず防弾チョッキに手を伸ばした。腕を通してベストを装着すると、両脇のマジックテープで固定する。その後チェストリグ・RECONを頭から被り、両腕を通してからプラスチックバックルを填めた。装備の重圧が彼女の筋肉質な体に乗りかかる。以前とは見違えるほどソフィアの表情は硬く、そして華奢であった頃の彼女はもういない。
「へぇ、手慣れてるねぇ。こういうのは慣れっこかい? 」
「まだ怖いですけど……状況がどうにも言ってられないですから」
「……ま、無理は禁物さ」
ロシアのカラシニコフ・コンサーン社が作り上げた新鋭機関銃AK-12のスリングに右肩を通すフランクを一瞥し、ソフィアはSIG MPXの銃身を掴んだ。フランクの握る銃には同じようにカスタムが幾つも施されている。EOTech社製の552ホロサイトが銃身に取り付けられており、その銃身も従来のものではなくピカティニーレールを採用している。厚みの増した銃身の下に伸びるのは黒いフォアグリップで、より一層の重厚感を感じさせた。
「そんじゃあな、ソフィアちゃん。お互い上手くやろうや」
「はい。フランクさんもお気をつけて」
全ての準備が整ったと同時にソフィアとフランクは廃墟へと歩みを進める。まるで戦場へ赴く二人の戦士がそこには映っている様だった。
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<エングルウッド・廃墟>
同刻。シン率いる中華系マフィア組織・正龍の部下たちによってこの廃墟に誘拐されたグレイは、薄暗く湿った空気が蔓延する地下室でパイプ椅子に括り付けられている。あれから約2時間後、とめどなく放たれる暴力の数々により彼の身体はひどい有様になっていた。着ていた服は脱がされていないものの、両頬には青紫色の痣が幾つも出来上がり、痛々しい無数の裂傷が少しだけ空いた胸元から見える。
「アールグレイ・ハウンド……いい加減吐いたらどうだ? 私も男を痛めつける趣味は無いし、快感も覚えない。むしろ不快だ。さっさと言え、誰に依頼をされた? 」
彼の前に立った正龍の幹部、シン・ロンレンの冷酷な視線がグレイを突き刺した。身体中に走る痛みを抑えようと彼は深呼吸をした後、顔を近づけてきたシンに対して不敵な笑みを浮かべる。
「生憎俺は答えるつもりなんてないよ。依頼主を簡単に吐くほど口は軽くない。それに俺はしがない便利屋さ、何も関係はない」
「そうか、なら――」
直後、鉄製のメリケンサックを装着した拳がグレイの頬を確実に捉えた。グレイの口の中で何かが外れる感覚を覚え、血生臭い鉄の味が口内に広がる。昨日飲んだ美味いワインとはえらく違うと内心自嘲気味に笑い、再び目の前のシンを見上げた。
「しぶとい男だ、貴様も」
呆れかえったように肩を竦める彼を一瞥し、グレイはただ一身にプラスチックバンドで拘束された両手に集中している。脚には拘束具が取り付けられておらず、シンが自身の心中を吐露している隙を狙って護身用に隠し持っていたフォールディングナイフを静かに取り出しバンドに刃を擦り付けた。服を脱がされなかったのと長袖の白いシャツを着ていたのが幸いして、こうして暗に逃走工作が図れることに対して胸の内が沸々と沸き上がるのを感じる。
「おい、聞いているのか? 」
「あぁ。見事な演説だったぜ。餞別だ、受け取れよ」
胸倉を掴まれて再び距離の近づいたグレイは口の中の抜けた歯と血の混じった唾液をシンの顔目がけて吐いた。端正できめ細かな白い肌が瞬時に赤く染まり、シンの額に青筋が浮かび上がる。不敵な笑みを彼に見せると呼応するかのようにシンの拳が飛んでくるが、グレイの左頬を捉えようとしたその時であった。地下室の天井から爆発音が聞こえ、溜まった埃がその場にいた全員の頭に降りかかる。
「……侵入者か。私と一緒に来い。ここには3人だけ置いておく。任せたぞ」
冷静を保つようにシンの殴撃は即座に止まり、数人のアジア系の部下に監視を任せて彼の姿は多くの部下と共に扉の向こう側へと消えていった。内心ほくそ笑んだグレイは残された3人の護衛に視線を傾ける。全員がIMI社製の短機関銃 UZIを手にしており、グレイの右隣にはその一人が立っていた。シンが地下室からいなくなり、数十秒が経過した後にプラスチックバンドを断ち切る。
「なあ、煙草持ってねぇか? どうせ死ぬんだ、最期の一服ぐらいさせてくれ」
すぐ傍にいた男は周囲の仲間に視線を傾け、渋々懐から巻き煙草をグレイに咥えさせライターの火を近づけた。その瞬間、グレイは右手に握っていたフォールディングナイフでライターを持った男の喉を掻き斬り、手にしていたUZIを奪い取ると彼から一番遠い護衛に向けて引き金を引く。無数の弾丸に貫かれ、鮮血を全身から噴き出しながら地面に伏していく男を一瞥した。
「なっ!? テメェっ!! 」
「遅ェよ鈍間ァッ!! 」
左手に握っていたナイフをすぐ隣にいた男の腕に突き刺し、UZIを地面に落とさせる。男の蹴りによって二人の間に距離が空くが、グレイは再び距離を詰めて鋭いローキックを男の右ひざ目掛けて放った。骨の折れる軽快な音が鳴り響き、息をつかせる間もなく男の顎に掌底を叩き込む。よろめいた拍子に握っていたナイフで動脈の通っている右腕の付け根を切り裂き、続けて両脚の健を裂いた。絶叫と共に男は地面に伏し、グレイは落ちていたUZIを手に倒れた彼の顔を望き込む。
「ひ、ひぃっ……! さ、3人があっという間に……! 」
悲鳴をあげる男へ向けて、ゆっくりと銃口を彼の額にくっ付けた。
「な、何者だ……お前……!! 」
「――言ったろう? "俺はしがない便利屋"だ」
引き金を2回だけ引き絞り、数秒間で幾つもの9㎜弾が射出されて男の顔は原型を留めなくなった。出来上がった死体を一瞥し、グレイは無表情のままUZIの予備弾倉と自動拳銃を掠め取る。むせ返るような血と硝煙の匂いが湿った空気を遮り、彼は錆びついたドアに手を掛けた。
「リベンジの時間だ、クソッタレ」




