Order13. Forgiveness
第二章ラストです。
<シカゴ市内・オハイオストリート>
時刻は既に朝の6時を回っており、グレイの愛車であるフォード マスタングBOSS429をガレージの中へ搬入させると彼はギアをパーキングの位置に入れてから鍵を引き抜く。助手席と後部座席にいたソフィアとエレナを降ろし、段々と姿を現していく朝日を鬱陶しそうに手で覆うと彼は二人を引き連れて雑居ビルの中の階段を上がった。2階にある自身の事務所兼自宅のドアノブの鍵穴にカギを差し込み、扉を開けると二人を先に中へ入らせる。
「ひ、ひどい有様だね……おじさん」
「面目ない……。エレナちゃんはそこのソファに座って寛いでいてくれ」
わかった、という声と共に穴だらけの柔らかい革製のソファに座るエレナを見送り、グレイは単身キッチンへと向かった。幸い昨日の襲撃によってキッチンや寝室は損傷がほとんど見られず、実生活を行う分には支障がない程度の銃創が数か所空いているだけ。彼は安堵の溜息をつくと白一色の冷蔵庫の扉を開け、冷凍保存してあったソーセージと洗面台の傍らに置いてあったバターロールを数個取り出す。
「ソフィア、エレナちゃんに何か飲み物持ってってやってくれ。俺の冷蔵庫から出していいからよ」
「はーい! 」
冷蔵庫の隣に置いてある電子レンジの中へ3本のソーセージを放り込み、解凍のボタンを押すと5分と表示された。先ほど一緒に取り出した紙パックの牛乳を口にしながら、グレイは香ばしい香りと氷の解ける音を感じ取るとレンジを開ける。IH式コンロの上に鉄製のフライパンを置きサラダ油を敷くと黒いつまみを回した。強火の項目でつまみの回転を止め、フライパンに火が通るのを待つ。
「グレイさん、何作ってるんですか? 」
「ホットドッグだよ、流石に朝から重い食い物は食わせられねぇからな。エレナちゃんの様子は? 」
「うーん……やっぱりショックが大きいみたいです……」
だよなぁ、とグレイは呟きを漏らしながらフライパンの上のソーセージ達をフライ返しでひっくり返し、焼き目を付けていく。程良く火が通った所でオーブントースターの中のバターロールを取り出し、皿の上に乗せるとナイフでパンの間を切り裂いた。その切れ目の中にソーセージを入れ込み、ケチャップとマスタードで味付けをするとグレイはオフィスのテーブルへそれを持っていく。
「腹減ったろ? ホットドッグしか作れなかったが、そこは勘弁してくれ」
「あ、ありがとう……」
オレンジジュースの入ったコップを握りながら座るエレナと向かう形で彼は座りこみ、パンとソーセージの端を齧る彼女を見つめた。するとエレナは真珠のような双眸から大きな涙の粒を流す。そんな彼女の様子にグレイは不安を覚え、彼女の顔を覗き込んだ。
「ま、不味かったか? ごめんな……おじさん、これしか作れなかったんだ」
「違うの……。お父さんの、作ってくれた味と似てるの……! 」
その言葉に彼は目を見開き、口角を吊り上げる。そして右手をエレナの後頭部へ回し、彼女を自身の胸の中へ引き寄せた。頭を優しく撫で、実の父のようにグレイは彼女に囁く。
「……君のお父さんの暖かさ程ではないけれど、泣くなら俺の胸で泣いてくれ」
自身の胸の中で涙を流すエレナの小さな背中をさすり、泣きわめく彼女を抱きしめた。肉親を失った悲しみと殺した相手に対する憎しみが、グレイの胸の内を締め付ける。両親がいない孤児ならまだしも、父親と共に過ごした13歳ほどの少女が父親の死を耐えれる筈がない。グレイはエレナが泣き止むまでずっと彼女を抱きしめ続け、ようやくエレナはグレイの腕の中から離れた。
「……ありがとう、おじさん。落ち着いたよ」
「そうか。だが……これからどうするつもりだ? 」
「こう聞いちゃまずいかもしれないけれど、どこか行く場所とかあるの? 」
グレイの隣に立っていたソフィアの言葉に、エレナは首を横に振る。引き取ってくれる親戚や身内がいないとなると、彼女一人がこの地で生活していくのは難しいだろう。座っていた状態から立ち上がり、グレイは穿いていたジーンズのポケットからスマートフォンを取り出すと電話帳の項目に触れる。
『はい、もしもし? グレイさんですか? 』
「よう、マスター。久しぶりだな」
穏やかな声音の男性がグレイを迎え、彼は不安げな表情を浮かべるエレナに視線を移した。彼女に会話を聞かれないように私室へと足を運び、部屋の扉を閉める。
「……単刀直入に言う。面倒を見てやってほしい子がいる」
『……と、言いますと? 』
「ケネス・ヘンリソンっていただろう。俺の腐れ縁のダチだ。そいつがある人物に殺されて、娘だけ残った。俺が預かりたいんだが、仕事上危険な目に遭うのが簡単に想像できる」
ふむ、とマスターからの相槌の声が聞こえた。
「だから一番俺から付かず離れずのあんたに、彼女の面倒を見てやってほしい。勿論その分の金は出す。養育費諸々、全てな」
熟考する彼の声が受話器越しに伝わり、グレイは思わず顔をしかめる。いきなり知人に子供の面倒を見ろ、というのも不躾な会話であるが彼にはその方法しか残されていなかった。そして数秒の時を経て、グレイの耳にマスターの声が届く。
『……一先ず、下の店に来て頂けますか? その子を連れてきてください。詳しくお話がしたい』
「分かった。今から連れていくよ」
電話を切り、グレイはスマートフォンをポケットに仕舞うと事務所のオフィスへと戻った。エレナの頭を撫で、安心させるように彼女に微笑みを向ける。
「今から君を引き取ってくれるかもしれないおじいさんに会いに行く。君も来てくれるかい? 」
「う、うん! 」
「私も行きます! グレイさんだけだと心配ですしね! 」
「生意気言ってんじゃねーよ、がきんちょ」
エレナの手を引き、グレイは出口の扉を開けて階段を降りて行った。
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<カフェ"Wild Seven"・事務所>
先ほどの電話に従い、グレイはエレナとソフィアを引き連れマスターの経営するバーの事務室を訪れていた。一寸の乱れも無く整頓された書類群の傍らに、マスター自身の灰色の机が大きな存在感を放つ。対するグレイは案内されるままに客人専用の黒い革製のソファへと腰を落ち着けており、コーヒーを啜るマスターへと視線を向けた。
「その子が貴方の言っていたお嬢さんですか? 」
「あぁ、ケネスの愛娘さ。エレナ・ヘンリソンって名前だ」
マスターの表情がグレイの隣に座るエレナに向けられた瞬間、にこやかな笑顔をマスターは浮かべている。コーヒーカップを自身の机に置き、切り揃えられた口髭を撫でながらエレナの前へとしゃがみ込んだ。
「初めまして、お嬢さん。私はギルベルト・ハンニバル。ここのバーを経営してる者です。以後、お見知りおきを」
「あっ、はい! よろしくお願いします! 」
互いに握手を交わした後、マスター……もといギルベルトの姿はグレイに近づいていく。ソフィアと話す彼女を一瞥し、グレイは彼と肩を組んだ。
「なぁ、ギル。俺の監視下じゃエレナに危険に及ぶ可能性がある……だからあんたに預かって欲しいんだ」
「……分かっています。ただ一つ条件がありますね、グレイさん。君が定期的に彼女に会いに来る事ですよ」
「俺が? どうしてさ」
穏やかながら刃のような鋭さを伴うギルベルトの視線が彼に突き刺さる。ギルベルトの口角が自然と吊り上がり、年相応の渋みを伴った不敵な笑みがグレイの視界を覆った。
「今彼女は御父上の面影を重ねています。それに……ここへ来る理由を更に作れるでしょう? 」
「あんた……悪い男だな」
「グレイさん程ではありませんよ」
二人だけの内緒話を終え、グレイは不安げな表情を浮かべながらソファに腰を落ち着けるエレナの元へ跪く。彼女の両手を握り、優し気な微笑みを向けた。
「……エレナ。俺は君をこのおじさんに預けようと思う。彼は俺と長い付き合いだし、信頼のおける人物だ。それに何かあったら、すぐに俺はエレナに会いに行ける。最後の判断は君に任せたい。どうかな、エレナ? 」
エレナの人生はエレナのもの。彼女がギルベルトを拒否するのならば、グレイはそれに従うつもりだった。若干10代前半の彼女に人生を左右する選択を強いるのは些か不本意ではあったが、俯く彼女の返答を彼は待つ。
「エレナちゃん……大丈夫? 」
隣にいたソフィアが優しく彼女の肩に手を乗せる。
「私……ここでお世話になります。でも……ここでお店のお手伝いもさせてください。いいですか、ギルベルトさん」
「勿論ですとも。ですが、就労許可書をきちんと受け取ってからですね。これからよろしくお願いします、エレナさん」
互いに握手を交わす二人を一瞥し、エレナの隣に座っていたソフィアを立ち上がらせるとグレイはギルベルトに別れを告げて事務室を出た。
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<シカゴ市内・墓地>
そうして、約3週間の月日が流れた。エレナの身柄をギルベルトに預け、グレイは単身シカゴ市内にあるローズヒル墓地へと足を運んでいる。赤と橙色の花弁を携えたジニアの花束を片手に、ある人物の墓参りへと訪れていた。時刻はおよそ午前11時。緑が生い茂る間をかき分けて差し込む日差しを一瞥し、十字架を模られた墓石の前へと座り込む。そこには"ケネス・ヘンリソン 享年2017年 7月14日"と刻み込まれており、墓前に明々しい花束を供えた。
「……よう、ケニー。来るのが遅れちまって、悪いな」
黒い薄手のジャケットの胸ポケットから金色のジッポライターとラッキーストライクの箱を取り出し、一本の巻き煙草を口に咥える。慣れた手つきで煙草の先に火を点け、グレイは煙を吸い込むと一気に息を吐いた。
「お前の葬式には行かなかったよ。……いや。行けなかった、っていうのが事実かな」
地面に置いていた紙袋からのブランデーのグラスとボトルを取りだし、封を切る。二つのグラスにブランデーの褐色の液体を注ぎ、満たされたグラスの一つを墓前に供えた。もう片方のグラスを手に取り、グレイはコップを傾け一気に飲み干す。
「……ふぅ。お前、いつも俺と飲み比べする時はこの酒だったよな。これキツくて飲みにくいんだ……俺が酒にあまり強くない事を知ってたから、わざとお前はこれ選んでたのか? 」
無論、返答はない。自嘲気味に口角を吊り上げて不敵な笑みを浮かべ、空いた自分のグラスにブランデーを再び注ぎ込んだ。高級ではない、安物の酒の強いアルコールの匂いに彼の脳裏にケネスとの思い出が浮かび上がる。
「最初にケニーと会ったのは俺が初仕事の時だったな。あの時は妙に緊張してた俺に、同業者だったお前がこっちの世界のイロハを叩き込んでくれた……。感謝してるよ、本当に。だからこそ、俺はお前に聞きたいことがあったんだ」
二杯目の酒を飲み干し、空いたグラスを墓前に置いた。
「……どうして俺を頼ってくれなかった? あんな連中……俺とお前なら数秒で全員殺せる。なのに、どうして……! 」
拳を地面に叩きつけ、握り締めた手の平から血が滲む。自然と彼の目から涙が溢れ、間接的にケネスの殺害に手を貸してしまった事に後悔を覚える。信頼出来る人間を失ってしまう過ちを、彼は何度経験してきただろう。
「……すまない、ケニー。お前がいなくなった今、エレナちゃんを守るのは俺の役目だ。お前は安心して眠っててくれ」
空になったグラスを紙袋に仕舞いこみ、再度煙草を取り出すと一本だけ口に咥える。白い筒の先にライターで火を点け、ニコチン混じりの紫煙を口から吐き出した。跪いた状態から立ち上がり、ケネスの墓前から立ち去ろうとした時。墓地の入り口側の道端から目を惹く紫色の髪を携え、赤縁のメガネを掛けた女性が黒いスーツに身を包んで彼の方に歩み寄って来る。グレイはその女性に見覚えがあった。
「やぁやぁ。アールグレイさん。お久しぶりでありますねぇ」
「ミカエラ……。お前、なんでここに」
ミカエラ・ウィルソン。グレイと旧知の仲である女性であり、裏社会に通ずる貿易会社"ヴィクターアームズ"の社長を務めるトップクラスのキャリアを持っている女であった。彼女は手にした革製のハンドバッグから一本の白ワインと一輪の紫色のヒヤシンスを供え、悲し気な笑みを浮かべる。
「ケネスさん……良い方でしたのに。残念であります……。彼は気さくな方でしたしねぇ……」
「……あぁ、そうだな。で? お前がここに来たのはそれだけじゃないように見えるが? 」
呆れたように肩を竦める彼女に、グレイは射殺すような視線を向けた。
「にゃははは。その口ぶり、お見通しのようですねぇ……グレイさん。いや、"グレイ・バレット"? 」
彼女がその言葉を発した瞬間に、彼の方が少しだけ動く。嘗て呼ばれた名前に、顔を歪ませた。
「……その名前はとうの昔に捨てた名だ。呼ばないでくれ、頼む」
「いいえ。グレイさん、私は貴方の過去を知る人間の一人として、そう呼ばせて頂くでありますよ。まあ私が来たのは……グレイさんの過去に関する事であります」
グレイは眉を顰め、ミカエラから一つの書類の入った封筒が渡される。俯かせた視線を少しだけ上げ、彼女の事を不審に思いつつもその封筒の封を切った。
「これは……」
「私が持てるだけの情報であります。貴方が過去に所属していた……特殊部隊ハウンドの情報を今日はお渡しします」
目を見開き、グレイは封筒から不敵な笑みを浮かべるミカエラに視線を移す。
「お前……これをどこで……」
「にゃはは、ミステリアスな女性は魅力的と言いますからなぁ。ま、詳しくは聞かないでほしいであります」
綺麗に折りたたまれた書類には鋭い光を放つ双眸とアッシュブロントの長髪が目を惹く男が映っている男と、その男の履歴書が印刷されている。その写真の男は、グレイにとって見覚えのある男であった。
「ジェラルド……? 」
「……どこにいるのかまでは、掴めなかったでありますよ。ただ彼の目撃情報はいくつも国内で挙がってるであります。それではまた。買いたい銃があったらまた連絡してくださいねぇ~」
それだけを告げ、ミカエラの姿はグレイから遠ざかっていく。彼女は護衛を待たせていたようで、見覚えのある長い銀髪の男を引き連れ墓地から去っていく。ミカエラを引き留めようとしたその瞬間、彼女の顔はグレイに向く。
「それと、一つ忠告を。レティシア・ルビアレスには、十分気を付けてください」
「何……? どういう事だ!? おい! ミカエラっ! 」
その時には彼女の姿はグレイの前から消えていた。垣間見えていた青い空を遮るように灰色の雲が覆い、水の雫が瞬く間に雲の下を支配する。
「……」
ジェラルド・キルヒマン。ハウンドの副官を務めていた男が、グレイの脳内に浮かび上がる。振り出してきた雨などいざ知らず、グレイはケネスの墓前で立ち尽くすことしか今は出来なかった。




