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竜は静かに暮らしたい  作者: イエス・ノー
一章 王位継承の争い
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サディスト王子と私の上司

長くなりました。

数週間たち、ザグレブ商会が倒産しそうだという噂を聞いた。

エルドール商会のオーナーとかなり揉めたらしいが、解雇したし部下の独断だから知らん、という態度を一貫していたらしい。

これで決済の時には大赤字になるだろう。


可哀想なのは禁薬などのことを知らなかった従業員たちだが、どうしようもない。

何かをするのに犠牲はつきものだ。

レート商会とエルドール商会に彼らを雇ってもらうよう頼んでおいたから、それほど深刻な問題にはならないだろう。


これで全部終わったと思ったら、厄介な事態に巻き込まれた。


なんとサディスト王子が部下を使って私を探し出したのだ。


そんなわけで、私は王城の王子の部屋に入れられた。

部屋にはムチやロープ、三角木馬などの拷問器具が置かれていた。

どの拷問器具も赤黒く染まっている。

いったいどれほどの人を拷問し、殺めたのだろうか。

部屋にいる兵士たちも玩具をみるような不快な視線でこちらを見ており、ニヤニヤと笑っている。

私は手をロープで縛られ、高級そうなソファーに座ってこちらに怒りに満ちた目で睨んでいる王子の前に放り出された。


サディスト王子の名前はイルスタット・グルン・フィセルダードというらしく、ワイルド系のイケメンだ。


「てめぇが俺様の後ろ盾を潰した奴だな?」


怒りを隠そうともせず詰め寄ってくる。


「はて、なんのことでしょう」


「ふざけんな!てめぇが絵図を描いてレート商会とエルドール商会のケツを掻いたんだろうが!てめぇのせいでこっちは暴力団の借金が返済できなくて追い込みかけられてんだ!」


ずいぶんと口の悪い王子様だ。

ケツを掻く、というのは『背後から煽る』といった意味だ。

つまり私が計画しレート商会とエルドール商会を利用した、と言いたいわけだ。


「知りませんね。ただの平民である私がそんなことをできると思いますか?」


「弱みでも握って脅したんじゃないのか?」


正解だ。

でもまだしらばっくれる。


「私なら潰すのではなく乗っ取りますね。ですがおどしたりましていませんよ」


「ちっ、もういい!拷問して吐かせてやる!」


イルスタットが叫び、兵士たちがざわざわとする。

どうやら喜んでいるようだ。こいつらもサディストか。

しかし、


「てめぇらは出ていけ。俺様一人で十分だ」


とイルスタットが言うと、今度は困惑したようにざわざわと騒ぎ出す。

だがイルスタットの命令は絶対なようで、渋々と言った様子で全員出て行った。


一人で拷問すると言ったが、何をするつもりだ?


イルスタットは全員出て行ったのを確認すると、私の手のロープをほどき、


「すまなかった」


と謝ってきた。

なんだ?


「実は俺はサディストじゃねえ。ただの臆病者さ」


いきなり何を言い出すんだ?


「本音を言うと、あんたがザグレブ商会を潰してくれたのには感謝してるんだ。あの商会はずいぶんとあくどい商売をしてたからな」


「なにをおっしゃっているのですか?」


「そんなにかしこまるな。俺は対等な友達ってのがずっとほしかったんだ」


「・・・ではそうしよう。お前は何が言いたい?俺を懐柔するつもりか」


「違う。あんたに感謝したいんだ。あんたのおかげで、王にふさわしくない俺が王位継承の争いから逃げられるんだからな」


「さっぱりわからん」


「・・・俺は暴君って言われてるだろ?」


さっきから話題が飛びすぎて理解できない。

情緒不安定か?


「言われてるな」


「実はな、演技なんだ」


「演技で人を殺したのか?」


「殺したさ。・・・おいおい、そんな顔で睨むな。俺が殺したのは他国のスパイだけだ。で、なんで暴君の演技をしたかっていうと、王にふさわしくないのに王位継承権第二位の俺が、民の役に立てて王位継承の争いから逃げるためにはどうすればいいのかを考えて、たどり着いたのが暴君の演技だったんだ」


民の役に立ち、王位継承の争いから逃げるための演技として暴君を演じた。

そして自分の後ろ盾がなくなり追い詰められたのにありがとうと言う。


ふつうに考えたらお終いのはずなのに。

・・・・・・まさか。


「気づいたようだな」


「・・・ああ」


「いつの時代も、嫌われ役は必要だ。俺は元から王に何かなりたくなかったから、暴君を演じて民からの人望を消す。そして禁薬を扱う闇商会を後ろ盾にし、そいつを潰して俺も一緒に消える。そうすればこの国の闇商会が消えるし、民も暴君が消えたことで安堵する。こうすれば俺は王にならずに済み、民の役に立てるってわけだ」


・・・イルスタットは。

いや、この方は。


・・・私の憧れた上司そのままだ。

規模は違えど嫌われ役になり周りを支援する。


雑巾男。

その言葉を思い出す。


周りからは軽蔑の意味で呼んでいた。

でも私は違っていた。

雑巾男と呼ばれた上司はその言葉を違う意味として受け取っていた。


『彼らは汚い雑巾という意味で呼ぶけれど、私は違う意味でとらえている。雑巾は自分が汚れることで周りをきれいにするんだ。だから汚れれば汚れるほど雑巾は偉いんだよ。だから汚いと言われても、全く気にならないんだ』

と。


「でな、俺が失脚した後だが・・・どうした?」


「・・・ああ、すまない。お前が俺の憧れていた上司とそっくりだったからな」


できることならこの方に味方したかった。

でももうすべて手遅れだ。

もしリリアが来るより先にこの方が来ていたら、私は迷わず味方しただろう。


でも一度リリアに味方すると決めた以上、覆すわけにはいかない。


「へえ、そうか。その上司も嫌われ役だったのか?」


「ああ・・・いつも嫌われながらも陰で職員を支援する人だった。だがそれに気づかなかった大馬鹿者がいたずらをして、それがきっかけで死んだ。事故死とされたが、あれはどう考えても殺人だった」


足を引っかけて転ばせようとした大馬鹿者があろうことか階段付近でやり、上司は何段も転がり落ちて頭を打って死んだ。


嫌われていたとはいえ、上司と関係のあった人全員が葬式に参列した。

そのとき泣いたのは私だけだった。

周りの人間は悲しむどころか私を変なものでも見るような視線で見ていた。

それが、私には許せなかった。


今も彼らを許してはいない。


「・・・そうか。でも、その上司は役目を果たしたんだ」


「・・・そうかもな」


上司の死に顔はとても穏やかだった。


「・・・頼みがある」


「なんだ?」


「俺を、市街地で殺してくれ」


「なに?」


「俺もその上司のように役目を果たして死にたいんだ」


ああ、この人も。


私の上司と同じだった。

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