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三、

「人を呪えば穴二つ、って言葉ぐらい知ってるよな。」

「あーー……。」


私は玄関で貧血を起こしてぶっ倒れたらしい。

やたらと暑くて、目を覚ましたら畳の部屋に大量の毛布と一緒に横になっていた。

せっせ、せっせと毛布を襖の奥から取り出しては私の上に積んでいくサンゴロウをぼんやりと二往復ぐらい眺めていたら、様子を見に来たむっちゃんに呆れられた。


「おばちゃん、おみず。」

「あんがと、サンゴロウ。」

多すぎる毛布は撤去されて、今は一枚下半身にかけられてるぐらいだ。

べたつく汗を服と髪が吸って不快だ。

リビングから回収されてきたやたらと柔らかいソファー代わりのクッションに背を預けて、むっちゃんのお説教を聞く。


「聞いたことはある……けど。」

「なれてない奴が他人を全力で殴ったら、手がめちゃくちゃ痛くなるんだ。それと一緒で、他人に悪意を向け慣れて無い奴が悪意を向けると反動でダメージを受ける。…………言霊までつかったら余計にな。」

「例えが分かりにくい。けど、何となくわかった。」

なんで殴り合いの話で例えたんだろう?

水を少しずつ舐めるように飲む。

喉のひりつきが段々ましになって行く。

呼吸がしやすく、なっていく。


「悪意に慣れるかってのは完全にそいつの体質だから、どうしようもないとしても……お前、朝霧さんの孫だろ。言霊のコントロール位しろよ。」

「言霊とか、知らないし。……いや、漫画の知識として意味は知ってるけど。」

あの陰陽師系のファンタジー主人公とかがプリティでキュアキュアな魔法少女がたまに使ってるやつ。


「あー、言霊って言うのはな……。」

「待って、これ以上私にオカルトというか非常識知識を植え付けないで。ようは、その言霊を使わなきゃ良いんでしょ?」

「いや、そうはいってもだなぁ。」

「あーあー、きこえなーい。」

毛布に顔を埋めて喚く。

聞きたくない、聞きたくない。

非日常は、お腹一杯だ。


「あー、わかった。でも、とりあえず二つだけ聞け。」

「わかった。」

渋々と顔をあげると、割りと近くにホッとした顔のむっちゃんが居た。

わざわざ座り直したのか、顔の高さが……大体一緒だ。

ツンツンとたっている髪の隙間から白が見える。蛇の子はむっちゃんの頭の上みたいだ。

立てた膝の上に顎を置いて、話を聞く。


「まず一つ、さっきの野郎は……ようは、たちの悪い詐欺師だ。ただ、水神の子の存在を知った以上自分の上に報告するだろ。これは、少し不味い。」

「……なんで?」

「こいつはめちゃくちゃ珍しいんだ。……ほら、財布に蛇の脱け殻を入れると、金運が上がるって言うだろ?あれのもっと酷くて……あー、効果の高い事もこいつが居れば出来る。」

「宝くじの1等賞が当たるとか?」

「……富と名声を呼び寄せるってことは……まぁ、それに近いこともできるだろうな。」

「それは、狙われるだろうねー。」

お金は大事だ。

納得していると、むっちゃんが少しだけ佇まいを正す。


「もう一つは多分お前が※※※※※だって、ことだ。」

…………なんて、言った?

むっちゃんの言葉の途中がいきなり砂嵐放送みたいな。ノイズになって聞き取れなくなった。

なんだ、これ。

唖然とする私に気が付かずにむっちゃんは話続ける。


「あのやり取りを見てた限り、悪意への抵抗が弱すぎる。それは※※※特徴で、※※※を切っ掛けに※※※が※※※※※。」

「むっちゃん、ごめん。後半何言ってるか分かんない。」

「…………※※※※。あー、これは聞こえるか?」

きっと、顔が青ざめてるんだろう。

無言で首を横に振る私の姿に、むっちゃんの視線が険しくなる。


「どこまで聞き取れたんだ?」

「悪意への抵抗が無いって…………私についての話だよね?」

むっちゃんの視線が少しだけ柔らかくなる。

減った圧力にホッと息をはく。


「ようは、打たれ弱くなってるから気を付けろって話だ。」

むっちゃんは立ち上がると、ずいっと一歩私に近づいた。

視界にうつる浅葱色の袴を見上げる前に、ぼふっと手を頭の上に乗っけられる。


「今日は帰って親父に相談してくる。明日また来るから、戸締まりしっかりしろよ。」

「雨戸閉めてって、あれ固い。」

「…………しかたねぇなぁ。ケットシー、お前ももう帰れ。水神の子はこっちで預かる。」

口ではそういう癖に、頭の上の手は動かない。

固い手は少しだけそうしていると、するりと離れていく。

離れてから、けっこう温かかったんだな。と、気が付いた。


ぼんやりとしているうちに、ガラガラと重い音が何度か鳴って二つの足音が消えていく。

外の明かりが入らなくなって薄暗くなった部屋でもぞりと毛布の中に潜り込む。

妙な胸騒ぎと不安を圧し殺すように、目蓋の裏酩酊するような虹の瞬きをじっと見つめる。

そうしていると、段々色んなことが少しだけ遠退いて息がしやすくなる。


ご飯食べなきゃなぁー、と思ってめんどくささに飲み込まれて。

お風呂に入らなきゃなぁー、と思ってそれも直ぐにめんどくささに飲み込まれて。

泣きたいなぁー、と思ってそれもめんどくささに飲み込んで。


ぼんやり、と。

ぼんやりと。


何もしたくない。

なんにも考えたくない。


ただただ、平穏に平温に。

それこそ小説のモブのように何もせずに存在だけをしていたい。

誰かにすりつぶされても利用されても良い。

何も思わず考えず、あぁ、そうなんだ。と、呟いて過ごしたい。


おばあちゃんの家に逃げ込んだのだって、田舎なら誰も知り合いもいないし何にもなくて暇だろうと思ったからだ。

実際、最初の一週間はずっと暇でじくじく疼く失恋の痛みのままずっと泣いて落ち込んでた。


なのに、おばあちゃんが出かけてから私の回りは常に慌ただしい。


止まってしまいたいのに。

留まって淀んで涙も苦しみも何もかも腐らせて原形も無くして終いたいのに。

周りに振り回されて、私は否応なく歩いて笑って怒って。


ふんわりとまだ感触の残っている頭の温かさに少しだけ感情が動いて。



『     。』


痛みが甦る。

裏切られた痛みが

嵌められた憎悪が


体を焼いて妬いて。

口から溢れそうなのが、悲鳴なのか泣き声なのかも分からない。

ただ、耐えるために。

息を吐いて吐いて吐いて。



思考が微睡み闇に溶ける。

誤字脱字等ございましたらお知らせいただければ幸いです。

評価を頂けると作者が歓び続きを書きます。

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