二、
ここから、追記です。
「……親父の野郎、思いっきり殴りやがって。」
縁側に正座をしながら、弥上 麦律通称むっちゃんが呟く。
私はそれをホースで庭の水やりをしながら、聞いていた。
敷地内で騒いでいたのが悪いとはいえ、中々良い音を立てて拳骨頭に落ちてたしねぇ。
半ば目を回していた、むっちゃんを引きずって家に帰ってきたは良いものの。
女性の家に上がるわけはいかないとか、なんとか言って縁側から中には入ろうとしないし……。
仕方ないので、話し合いは縁側で行われることになった。
頭の上からは、きゅっ♪きゅっ♪と機嫌の良さそうな声がする。
なんかホースの水も何時もよりもキラキラしているような……。
なんだろう、日の当たりかたかな?
「サンゴロー、氷枕できたー?」
「ふみゃぁぁぁ……。」
台所の方で、上手くいってなさそうな返事が帰ってくる。
うーん?後、水入れるだけのはずなんだけど……。
あの声じゃ駄目そうだ、仕方ない。
ホースの水を止めて、庭の水やりを中断する。
頭の上から不満そうに動き回る気配がするのを意図的に無視をして、縁側でサンダルを脱ぎ捨てる。
「むっちゃん、話の前にとりあえず頭冷やしなよ。たんこぶ引っ込まないよ?」
「……冷やしたら話を聞くか?」
「聞く、聞く。」
適当に返事をしながら、台所で作業をしている(はずの)サンゴロウの元へと行く。
「ふみゃぁ……。」
「おーおー、派手にやったねぇ。」
シンクの中にぶちまけられた氷とビニール袋の残骸を見て眼を丸くする。
うん、なんかの拍子に爪出したなこの子。
怒られると思ってるのか、耳はぺたんとして、尻尾も力無く垂れ下がっている。
「もっかいやってみる?」
「ふみゃぁ?!」
予想外な言葉だったのか、サンゴロウの耳とヒゲがピンっと伸びる。
うん、失敗が癖になっても可哀想だし。これくらいのことなら、出来るまでやれば問題ないでしょう。
幸い、ビニール袋はやたらとある。
新しい一枚を取り出して、サンゴロウへ差し出す。
氷のストックは……まぁ、使ってないからまだ余裕もあるでしょ。
「やる……やる!」
「よしよし、じゃぁ今度は二人でやろうか。」
「きゅぅっ!」
「……はいはい、三人ね。」
ビニール袋を広げて冷蔵庫へと駆け出すサンゴロウ。
そういえば、この子。あの肉球でどうやってモノ持ってるんだろ……。
「むっちゃーん、できたーー!」
「はい、これタオル。」
「……なんか、氷袋光ってないか。」
「…………気のせいじゃない?」
視線が。
全力でそらしている横顔に視線が刺さる。
仕方なく、おずおずと話し出す。
「……頭からうっかり落っこちた蛇の子がビニール袋に入っちゃったんだよね。
そしたら、こう、きらきらーって……。」
変温動物なのに冷水に入っても元気に動き回ってるのを見て、そういえば蛇じゃなかったなって、思いましたまる。
むっちゃんに大きなため息をつかれながら、縁側に腰を掛ける。
うん、日差しがぽかぽかして温かい。
昼寝したいなー、でもこっちも日が沈むととたんに寒くなるしなぁ。
「あ、これお茶。」
「……ペットボトルかよ。」
「ハーブティーとか、高尚なものしかないんだもん。この家。」
「そりゃあ、朝霧さんの家だしな。」
おばあちゃん魔女のハーブティー。なんかの、商品名みたい。
冷蔵庫から取り出したばっかりの緑茶をごくごくと飲んでいると頭の上の居心地が悪くなったのか、蛇の子が移動をはじめた。
耳を避けて首を一回り。
肩から右腕をするりするりと進んでいく。
右手に持っていたペットボトルに絡み付き、視線がぱちりと、合う。
「まーまー。」
「…………はいはい。」
表情はない。
何処までも蛇の子の表情は無に近いのにその声は甘い。
あーーー、無条件の信頼が重い。胃が痛い。可愛い。
「……大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫。自分も汚い大人になっちゃったんだなーって痛感してただけだから。それよりも、早くサンゴローにお礼言ってあげて、じゃないとずっとそこにいるわよその子。」
「は?…………おぉっ?!」
至近距離で褒めて褒めてと待機しているサンゴロウに気がついたのか、むっちゃんが驚いた声を出す。
あの子、死角で待機するなって言ってるのに直らないのよねぇ。
蛇の子を、ペットボトルごと縁側へ置く。
その鱗は白い。
きめ細かくどちらかと言うとヤモリやトカゲのように滑らかだ。
固さはあんまりない。生れたてだからなのか、不安になるくらい柔らかい。
「…………蛇のご飯ってなんだっけ。カエル?タマゴ?ネズミ?」
「いやいや、水神の子になに食わせようとしてんだ。ケットシーだって、別に猫缶食べてる訳じゃないだろ。海塩と薄めた神酒じゃないか?」
「え、でもサンゴロウちゅーる好きだよね。」
「マジかよ。」
むっちゃんがサンゴロウの喉を撫でながら、唖然とした声で言う。
ちゅーるはケットシーも獣に変えます。
こつこつ、とペットボトルの口から中に入ろうと試みている蛇の子を見る。
溢しそうで怖いので蓋をしたらしょんぼりされた。
水分が好きなのか、狭いところが気になったのか……。
慰めるように撫でてやると少しだけ嬉しそうにみえる。
「この子、迎え何時来るだろう。」
「さーなー……訳ありなのは間違いない。朝霧さんの家を頼ったのに、肝心の卵を池に置いてくなんてよっぽど慌ててたんだろ。」
「花子が産んだ可能性は?」
「ないなぁ。鯉は龍をうむなんて無い。……ない、よな?」
そこは言い切ってくれよ、専門家。
え、家の鯉は規格外?何があっても不思議じゃない?
…………丸呑みされたら困るから、まだ蛇の子を花子に見せて無いんだよね。
何時見せよう。
「まぁ、卵が割れたのは親にも伝わってるはずだ。後は、妙な連中に見つからないように注意するくらいか。……見つかっても、朝霧さんの家に引きこもってれば問題は無いだろうが。」
「やっぱり珍しいの、この子?」
「まーなぁ。水神ってのは中々番になりにくいんだ。水神の子なんて爺でも見たことあるか怪しいぞ。」
その貴重な水神の子はがじがじとペットボトルの蓋を目の敵にしてるけど。
……実感はあんまりわかない。
ご飯はまぁ、どうにかなりそうだ。
最悪、本人が食べたがるものを試してみれば良いだろうし……。
今も猫が一匹住み着いてるんだ。
今更、蛇が一匹増えても対したことは、ないか。
どうにか、蓋を開けようとしている蛇の子をぼんやりと眺めていると、ちりりんっとベルが鳴る。この音は、玄関か。
「…………迎えかな?」
「早くないか?」
おいで、と蛇の子を呼べばするすると差し出した腕を上ってくる。
少しだけ考えてセーターの中に隠れるように言って、立ち上がる。
はぁ、誰だろう。
しまったなぁ。
困った顔で話続ける男を見る。
ピッチリとアイロンのかけられたシャツを着たスーツ姿の男の表情はわからない。
黒子がつけるような顔の覆いを着けて、その正面には梵字が描かれてる。
怪しい。怪しい男は私をおばあちゃんと勘違いしているのかさっきから詐欺紛いのブレスレットに名前を貸してくれと五月蝿い。
商業マンらしく、やけに声がはっきり通っていてなんだか聞いてると頭が痛くてイライラしてくる。
ぼんやりと男の持つブレスレットを見ていたのが悪いのか、男の話し方が盛り上がる。
「えぇ、えぇ。勿論、お名前と資金をお借りする訳ですから効能の程も気になるでしょう。見てください、このブレスレット。どれも上質なパワーストーンを使用しラピスラズリと水晶の中でも透明度の高いクリスタルクォーツを使用した一品です。これを更に縁結びで有名な××神社で浄化を行いさらに運命力を高めました。」
運命力ってなんだろう。美味しいのかな。
この話も既に三回目だ。さっきから、どうにか話を切り上げようとしているんだけど何だかんだで話続けるんだよね……。
「ラピスラズリの効能はご存じの通り邪気払いですがこの△△産の石は中でも運命力に優れ、運命の試練を正しく乗り越える力を与えてくれます。つまり、恋の悩みや出世の悩み。幸福を邪魔するあるいは惑わすものを邪気と認識し払うことができるんです。パワーストーンというと、インチキ商売も多いですが、これは本物。本物なんですよ。これが大勢の人の手に渡れば、それだけ幸福になれる人が増えるんです。偉大なる魔女の貴女のお力を借りることができればそれがもっと大勢にもっと確実に幸福を届けられるんですっ!運勢を幸福を買える世界。なんて素晴らしいことでしょう。」
長い、長すぎる。
というか、幸福ってなんだろう。
彼氏と付き合うのが幸福?
出世するのが幸福?
ははっ。
それを持ってなければ、奪われたら、悩んでいたら不幸だなんてどうして他人に言われなきゃいけないんだろう?
「……とにかく、そういったことに協力する気はありませんので。」
なにかドロリとしたものが溢れそうで慌てて思考をそらす。
駄目だ。人の前で取り乱せば、また。
「貴女に人の幸福を邪魔する権利はあるんですか?これは運命!これは宿命!!これは義務なんですよ!!!」
『俺は彼女を愛してる。彼女だけを愛してる。君はその邪魔をするだろう?』
「義務は果たさなければ!貴女がこの話を断れば何千人も何万人もの救われるはずだった人間が泣いて暮らすことになるんですよ?!」
『自分の幸福を選んで何が悪いんですか?周りが祝福してくれるなら……きっと、元々要らない人だったんですよ。センパイは。』
違う。
大丈夫。
痛い。
痛くない。
息が
詰まって。
「まーま?」
幼い声が響く。
ぴたり、と男の言葉が止まる。
するり、と首を慰めるようにひんやりとした感触が撫でる。
「まーま、まーま、まーま。」
蛇の子はそれしか言葉を知らないように何度も何度も呼び掛けて、何度も何度も首に触れる。
セーターから出てきたのか、とか。
隠さないと、とか。
そういった思いが浮かび上がってはカラカラと空回りする。
布越しでも、男の視線が蛇の子に突き刺さるのが分かる。
驚き、感嘆、それに欲望。
あぁ…………あぁ。
「失せろ。」
ドロリとしたものが広がる。
心臓の芯が熱を持つ。
言葉が熱を吸う。
男がたじろぐのを感じる。
「そ、れ、は。流石、ご聡明な魔女様、素晴らしいペットをお持ちで。どうでしょう、その蛇を使ってパワーストーンを浄化するための水を売り出しませんか?いえ、いえ、魔女様のお手を煩わせるようなことはいたしません。その蛇を私に渡していただければそれだけで…………。」
「失せろ。」
言葉を重ねる。
意味を列ねる。
響音を束ねる。
「しか、し……っ!」
「失せろ。」
束ねて研いで、突き刺す。
人に他人に。
研いで磨いた言葉を突きつける。
ぽたり、と汗が落ちる。
「…………っ、後悔、しますよ!」
男が去ると、同時に背後の玄関からガタバタと音がする。
それを遠くに聞きながら、熱さが急速に失われ寒さに変わる。
まずい、と呟く前に足の力が抜けて。
視界が黒に染まる。
誤字脱字等ございましたらお知らせいただければ幸いです。
評価を頂けると作者が歓び続きを書きます。




