一、
短編とまったく同一の内容です。
続きを読みに来た方は次話へどうぞ。
ことこと、ことこと
煮込んでいるポトフの蒸気が蓋を持ち上げて、軽い音が鳴る。
蒸気はふんわりと白い姿を宙に霧散させる。
野菜とコンソメの良い香りに、空腹を覚えながら考えを巡らせる。
お昼ご飯の主食は冷凍のハンバーグで良いだろう。
作り置き万歳。
お米かパンかは気分だな。今は、若干パンが優勢だ。
窓から差し込む光で、時間を悟る。
いつの間にか日もずいぶんと高く上って昼時だ。
ぱらり、ぱらりと雑誌を捲る。
暇をもて余して五回ほど読んでいる記事に眼を落とす。
『頼れる箒の作り方』
ふむ。
『実録!マンドラゴラ事故の原因徹底調査!』
はぁ。
『気になるお洒落。悪魔に負けない淫靡な魅力を纏うには。』
へぇ。
駄目だ。使われてる単語が非日常過ぎて何度読んでも目が滑る。
本を読むのを諦めて、寝返りを打つ。
ダイニングキッチンに置かれたやたらと柔らかいソファーは、私の全身をすっぽりと包み込んで立ち上がる気力も奪っていく。
ぼんやりと、天井のシミの数を数えながら最近のことを思い返した。
先日、失恋&退職に追い込まれた私は、久々に祖母の家に遊びに来た。というか、逃げ込んだ。
最初は愚痴を聞いてくれた祖母だが、一週間ほどで飽きたのか老人会の旅行に行ってくると、置き手紙を一枚残して出掛けていった。ついでに古い友人に会いに行くので帰りは1ヶ月後だそうだ。
完全に逃げられた。
スマホも失恋したときに発作的に川に捨てた為、友人とは連絡がつかない。家族に行き先は伝えてあるので死んだとは思われてないだろうけれど……。
今となっては私の愚痴を聞いてくれるのは、庭の池に住んでる鯉の花子ぐらいだ。
ぼんやりとすることが多いからか、一人の時間は物凄くゆったりと動いて。その癖薄っぺらくて振り返ってみるとあっという間な気がする。
休みの日に会社からの呼び出しがなかったり、アプリのログインボーナスに追われないだけでこんだけ暇になるとは…………。
最も、暇なのは一人の時だけだ。
祖母の知り合いは、この町に多く。
そしてその知り合い達は孫である私を構いたくて仕方ないらしい。
噂をすれば、なんとやら。
バタバタと慌ただしい足音が聞こえる。
縁側に眼を向けるとぴょこり、と飛び出したのは黒い猫の耳。
「おばちゃん、おばちゃん。花子が卵産んだー!」
「花子はオスだから卵生まないよー。」
「でも、産んだんだってー!」
そう、訴えるのは猫の子だ。
二本足で立つ、黒い毛並みのケットシーの子供。
全長は高くない。
猫背なこともあるだろうけど、ケットシーは大人でも私の腰辺りまでしか背丈がない。
子猫の彼じゃ、ぴんっと伸びた耳を入れたって精々膝を少し越えたあたりだ。
あぁ、それにしてもみゃーみゃ、みゃーみゃ煩いなぁ。
仕方なくソファーから体を引き剥がす。
吹き零れかけていた、ガスコンロの火を止める。さようなら、私の昼食。
縁側に向き直せば、構ってもらえると思ったのかケットシーの黒猫はキラキラとした目でこちらを見ている。
「で、花子がどうしたって?」
「……卵だねぇ。」
「卵でしょう?!」
ぷっかりと、池の中に大きな殻のある白い卵が浮いている。
見た目は、鳥の卵っぽいんだけど、大きさがなぁ。フライパンより大きい。
「どー見ても、魚の卵じゃないんだけど。」
「えー、でも龍の卵に似てるよ?いつまでたっても池に滝を増やさないから花子が産んだんじゃない?」
「マジか、サンゴロウ。」
「僕はサンゴロウじゃないやい!」
「ケットシーの名前覚えにくいんだよね…………。良いじゃんサンゴロウ。偉大なうみねこ島の船乗りだぞ。」
花子も池の卵が気になってるのか、さかんに口で突っついている。
……突っついてるんだよね?食べようとしてるんじゃないよね??花子さん???
「おばちゃんどうするの?魔女のおばあちゃん呼ぶ?」
「魔女のおばあちゃんは今頃、老人会で熱海です。電話も繋がりません。」
なんせ、電話帳はバックアップも取らずに川の底だ。
連絡を取ろうにも、電話番号が分からない。
「三つ足の烏のおじちゃん呼ぶ?速いよ?」
「これ以上、人外の知り合い増やしたくないかな。社会復帰が大変そうだから。」
「社会復帰?」
「都会じゃ少なくともぱっと見は、ケットシーも魔女も三百年単位で生きてる鯉も居ないの。」
じゃぁ、私の目の前に居るのはなんなんだと言う話なんだけれど。
まぁ、失恋のお陰か大抵のものには許容的なんだよね。
なーに、職場に二股の噂ばらまかれて主任に呼び出されたあの瞬間に比べれば大抵のことはマシってもんよ。
「ハハッ。」
「おばちゃん怖い。」
うん?何で耳がぺたんとなってるのかなー?
怖くないよ?ちゅーる食べる??
「……虫取網でも探してくるかな。花子が丸飲みする前に卵を回収しないと。」
「卵…………今日の晩御飯はオムライス?」
「食べないよ?お腹壊しそうだしね…………こういう良くわからないのは、とりあえず、全部神社に押し付ければいいのよ。」
「むっちゃんとこ遊びに行くの?!」
「卵回収してね。」
とりあえず、水生だったときの為にバケツにいれておけばいいかな?
「で、持ってきたわけか。」
「持ってきたよ。むっちゃん。」
「持ってきたよっ!」
「厄介事ばっかり持ち込むなお前らは!」
ちゃぽりっと動きに合わせてバケツの水が波をうつ。
その中でぽっかり浮かんでいるのは……やっぱり鳥っぽい何かの卵だ。
「良いじゃないか、神社なのか寺なのか教会なのかはっきりしない神域の跡取り息子さん。こういうときこそ神頼みなのは万国共通だろ。」
「何度も言わせるな!うちは、神社だ!」
「鐘があるのに?」
「十字架背負った母子像あるのにー?」
「うちは!神社だ!!」
浅葱色?うす緑の袴を履いて断言されるとそんな気もしてくる。
いい加減、腕も疲れてきたので足元にバケツを置いて腕を思いっきり伸ばす。
「……で、この卵はなんなんだ?」
「家の鯉が産んだ卵。」
「家って……朝霧さんの家の鯉ってあの化け物鯉か?」
「…………とりあえず、喋ってはいないよ?なんかこの間河童を苛めてたけど。」
「何でも食べれるんだよー!」
「いっそ、これも食わせちまえば良いじゃないか。」
なげやりに、むっちゃんが言う。
「流石に共食いさせるのはちょっと……。」
「共食いしない生き物なんて居ないぞ。人間も飢餓なら人間食べるしな。」
うーん。
それはそうかもしれないけれど。
「気分悪いじゃんなんか。」
「………………そんだけか?」
「そんだけ。」
お、おぅ。ただでさえ目付き悪いのにじっと見られると……睨まれてる?私むっちゃんに睨まれてるの??貴重な、人間仲間なのに??
「…………こいつは、厄介なもんじゃねぇよ。持って帰って、化け物鯉に食われないように家の隅にでも転がしとけ。その内、親が迎えにくるだろ。」
「うーん…………邪魔になりそう。うっかり割らないといいけど。」
「龍神の卵だぞ?そうそう割れないって。もし割れたら大惨事だけどな確かに。」
「いやでもほら、この辺とかちょっと中身透けそうなくらい薄くてさ…………」
そんな話をしながら、卵を突っついていたのが悪いのか。
障子の紙を破くときのような微かな衝撃と共に、ずぽっと人差し指が埋まる。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………うひゃぁっ!舐めた!なんか舐めた!!あ、甘噛みされてるんだけどぉぉぉお?!」
「お、落ち着け?!い、今適当な紙取ってくるからな!塞げば……塞げばセーフだ多分な!!」
「に、逃げた?!むっちゃんにげた?!!サンゴロウ!追え!追って捕まえて来て!死ねば、もろとも!!!」
「おばちゃん?!おばちゃん落ち着いて??!」
サンゴロウに連れてこられた、むっちゃんが両手に御札を抱えて帰ってきたその場には……。
体育座りで俯いている、妙齢の女性とその頭に陣取り「まーま。まーま。」と鳴く白蛇。
爆笑する彼に向かって白蛇が「ぱーぱ?」と呼ぶまで後5秒…………。
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