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天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~  作者: あじふらい
3章 魔術と星見と図書館と

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3-5 護衛探し(後)

食事処に入ると、さっきの男の人とシスイたちはもう席についていた。

シスイとライルさんは、男の人の向かい側で少しだけ複雑そうな顔をしている。

机の上には既に肉料理のお皿が置かれていて、男の人の手元にはお酒の入った杯まであった。

私たちが近くのテーブルに着く間にも、男の人は焼いたお肉を一切れ摘まんで口に放り込んでいた。


「ん。悪くないな。マスター。これもう一皿と、酒も追加」


「はいよ。ちょっと待っててくれ」


カウンターの奥から、クラウスさんが大きな声を返す。

この食事処はクラウスさんが一人で切り盛りしているから、料理を作るのも、お酒を出すのも、手が空いた時にお皿を運ぶのも全部クラウスさんだ。

ちょうど他のお客さんが少ない時間だったからか、クラウスさんは手際よく追加のお酒を用意していた。


「遠慮ねぇな……」


「勝ったのは俺だしな。勝者の特権ってやつだ」


「何も言い返せねぇ……」


ライルさんが顔をしかめる。

シスイは何も言わないけど、少しだけ視線を逸らしていた。

多分、思うところはあるんだと思う。

男の人はそんな二人の反応なんて気にしていない様子で、お酒を飲んでいる。

それから店の中をぐるりと見回して、少しだけ不満そうに鼻を鳴らした。


「飯と酒は悪くねぇけど、女っ気がねぇ店だな」


「悪かったね。おっさん一人で」


クラウスさんが酒を置きながら、雑に返す。

男の人は肩をすくめた。


「いや、味は悪くねぇんだよ。味はな。ただ、酒場ってのはもうちょい華が欲しいもんだろ」


男の人はそう言いながら、運ばれてきた酒を受け取って一口飲んだ。

本当に美味しそうに飲む人だ。

さっきまで剣を持ってシスイとライルさんをあしらっていた人と同一人物とは思えないくらい。


「……私たちも何か頼みますか?」


「飲み物だけでいい」


「はい。クラウスさん、私は果実水でお願いします」


「私は水」


「はいよ」


クラウスさんが厨房の方へ戻っていく。

セシルさんは席に座ってからも、男の人の様子をじっと見ていた。

ただ眺めているだけのようにも見えるけど、多分違う。

さっき言っていた通り、本当に人格を見ているんだろう。

男の人は料理を食べ、お酒を飲みながら、シスイとライルさんの方に視線を向けた。


「お前らも食えよ。同席してるやつらが食わないのに一人で食ってるのも変だろ」


そう言われたライルさんは微妙そうな顔をしながらも、料理を取り分けて食べ始めた。

シスイも少し遅れて、静かに食事に手をつける。

そんな中で、ライルさんが男の人を見た。


「なぁ、さっきのってどうやってんだ?」


「何が?」


「あの避け方だよ。俺とシスイで挟んだのに、何でもないみたいに抜けただろ」


「あー……気合い?」


「……絶対違うだろ」


男の人は適当すぎる答えを返して、またお酒を飲む。

ライルさんが半眼になっていた。

シスイも珍しく少しだけ眉を寄せている。


「では、剣筋を逸らしたあれは?」


「勘」


「……本当に勘だけであれを?」


「半分くらいは」


「残り半分はなんなんだよ」


「経験」


「結局まともに教える気ねぇじゃねぇか」


「教える約束はしてねぇしな」


男の人は悪びれもせずにそう言い切った。

確かに、シスイとライルさんがお願いしたのは模擬戦であって、教えてもらうことではない。

でも、ここまであっさり流されると、見ているこっちまで少し肩透かしを食らった気分になる。


「強さの秘訣とか、そういうのはないんですか」


シスイが静かに聞く。

真剣な声だった。

男の人は少しだけ考えるように杯を揺らしてから、お肉を口に運んだ。


「……死なねぇこと。それだけだ」


「……死なないこと?」


「生きてりゃ経験は積める。死んだら終わりだ。秘訣なんざ聞いて強くなるなら誰も苦労しねぇよ」


今度は少しだけまともな答えだった。

だけど、男の人はそれを言った直後にまたお酒を飲んで、すぐに軽い調子に戻っている。


「あと飯食って酒飲んで寝ることだな」


「急に説得力が消えたな……」


「大事だぞ。腹減ってたら剣なんか振れねぇし、酒が不味かったら人生やってられねぇ」


「酒は関係ねぇだろ」


「あるんだよ」


ライルさんが呆れたように突っ込んで、男の人が堂々と言い返す。

シスイは真面目に聞くべきかどうか迷っているような顔をしていた。

私はそのやり取りを眺めながら、少し呆然としてしまう。

今まで会った人の中に、こういう人はいなかった気がする。

ライルさんも快活な人だけど、この人とは違う。

シスイは真面目だし、シルヴィアさんは丁寧で優しい。

セシルさんはぶっきらぼうだけど、根は真面目で優しい。

クロードさんもクラウスさんも、それぞれ落ち着いた大人という感じがする。

でも、この男の人はなんというか……適当なのに、妙に芯があるようなないような、不思議な人だった。


「それにしても、ほんと女っ気ねぇな。この村、見回した感じ悪くねぇんだが、酒場に華がねぇのは惜しい」


「またそれかよ」


「大事だろ。酒と飯と女。旅の楽しみなんざそれくらいだ」


「そんなことはないだろ……」


ライルさんが呆れた声を出す。

男の人は全く気にしていない。

お酒を追加で飲みながら、心底どうでもよさそうに笑っている。


『なんというか、すごい人ですね』


『うん……すごいね……』


『警戒は必要なさそうですけど、ミコトの周囲にいなかったタイプですねぇ』


『本当にそうかも……って、警戒する必要ないの?』


トコヨの言葉に内心で頷いていたら、急に警戒する必要ないとか言われたことに驚いてしまった。


『まぁこの後セシルが試すでしょうし、見てれば分かりますよ』


『そ、そう?』


私が男の人に圧倒されながらトコヨと話している間に、セシルさんは静かに飲み物の入った杯を置いた。

それから男の人の方を見て、唐突に口を開く。


「この村でもトップクラスに顔が整ってるのがそこにいるけど」


そう言って、セシルさんは私を指さした。


「……へ?」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。

シスイの動きがぴたりと止まった。

ライルさんも固まっている。

男の人だけが、杯を持ったままこちらを見た。


「セ、セシルさん!?」


「静かにしてて」


「そう言われても、急に何を!?」


「確認」


「何のですか!?」


セシルさんは私の抗議を無視して、男の人を見た。


「女好きなんでしょ。どうなの」


「どうって言われてもな」


男の人は私を一瞥した。

本当に、一度見ただけだった。

値踏みするような感じはない。

じろじろ眺め回されることもない。

それどころか、反応はかなり淡白だった。


「数年後は楽しみかもしれねぇけど、今はなぁ。ガキに手を出すような趣味はねぇよ」


「が……」


ガキ。

ものすごく端的に言われた。

驚きと恥ずかしさと、少しだけよく分からない衝撃が一気に来て、言葉に詰まってしまう。


「ミコト様はガキではありません」


シスイが静かに言う。

声は落ち着いていたけど、目が全然笑っていなかった。

男の人は肩をすくめる。


「俺から見りゃ十分ガキだよ。安心しろ。手ぇ出す気はねぇ」


「……そうですか」


シスイはまだ何か言いたげだったけど、それ以上は口にしなかった。

ライルさんは少し気まずそうに頭を掻いている。

私は、何を言えばいいのか分からず固まるしかなかった。


『ミコト、ガキ扱いされてますね』


『聞こえてるよ……』


『危ない目で見られるよりはよっぽどいいと思いますよ?』


『それはそうだけど……そうなんだけど……』


ガキ……子供扱いかぁ……。

まだ15だからそう言われるのは理解はできるけど、微妙に納得したくない気持ちもある。

そんな複雑な気分でいる私をよそに、セシルさんは小さく頷いていた。


「……嘘じゃないっぽいね。私にも口説いてこないし」


セシルさんは淡々と言った。

それを聞いて、私は思わずセシルさんの顔を見る。

確かに、セシルさんは整った顔立ちをしている。

本人が自分でそれを理解しているのも、言われてみれば不思議ではない。

まぁ、セシルさんの場合口説かれてもすごい雑にあしらいそうな気はするけど……

ただ、あまりにも平然と言うから少し驚いてしまった。

男の人はセシルさんを見て、少しだけ口の端を上げた。


「あんたも美人だとは思うぜ」


「そ」


「ま、それでも俺からしたらガキでしかねぇな。数年後に期待って程度だ」


「ふぅん」


セシルさんは短く返す。

その目はまだ男の人を観察していたけど、少しだけ警戒が緩んだようにも見えた。


「境目はあるわけね」


「お眼鏡に適ったか?」


男の人が杯を机に置いた。

そこでようやく、お酒と料理に向いていた意識がこちらに戻ってきたようだった。

セシルさんは真っ直ぐ男の人を見ている。


「あんた、雇いたいんだけど」


その場の空気が少しだけ変わった。

ライルさんも、シスイも、私も、自然と男の人の反応を見る。

男の人はセシルさんを見ていた。

さっきまでの軽い目ではなく、少しだけ見定めるような視線に見える。


「へぇ?」


その一言だけで、さっきまでの軽い雰囲気が薄れた。

剣を構えていた時の気配が、ほんの少し戻ってきた気がした。


「私はセシル・フォートリエ。あんた、傭兵でしょ?」


「ああ。俺はルドガー。魔物退治から隊商護衛まで、金さえもらえれば何でも請け負ってる」


「護衛を頼みたい。学術都市ヴァイスタールまで往復。滞在期間含めて1か月程度」


「学術都市ねぇ」


男の人はセシルさんを見て、それから私を見た。

今までの軽い態度とは違って、仕事の話として考えているのが分かった。


「詳しく聞くのは明日でいいか? 今は酒飲んでるからな」


「当然だね」


「なら、この集落の宿に泊まってるからまた明日出直してくれ」


「そ。じゃあまた明日」


セシルさんは、そういうと席を立ってしまった。

私は……どうしよう……あ、でもシスイを誘ってもいいかな。

いいよね、多分。


「あの、シスイ。少しいいですか?」


「……? はい。なんでしょうか」


「私もセシルさんと一緒にヴァイスタール? っていうところに行くんですけど、シスイも護衛としてきませんか?」


セシルさんも候補の一人って言ってたし、怒らないと思う。

シスイは頼りになるし、来てくれたら嬉しいなと思っての提案、だったんだけど……

シスイの表情が分かりやすく暗くなっていた。


「……? も、もしかして、何か予定がありました?」


「予定、というか……なんというか…………ライル! 俺は今からクロードさんに断りを入れて——」


「待て待て、落ち着けシスイ」


勢いよく立ち上がったシスイをライルさんが押しとどめている。

……やっぱり何か予定があったのかこれ。


「ミコト、遠征の期間ってセシルと同じ1か月くらいだよな?」


「はい」


「いつ出るんだ?」


「護衛の人と調整したり馬車の手配をしたりするから、1週間後くらいにはなるだろうってセシルさんに言われました」


苦笑しながら確認してくるライルさんと何かを耐えるように無表情になっているシスイの対比が凄いことになっている。

ルドガーさんがシスイを見ながら変わらずお酒を飲んでるのもあって猶更際立つ。


「ほら、これは無理だろシスイ。クロードさんからの依頼の説明は受けたし、お前もやらなきゃいけない理由は納得できたんだろ?」


「だがっ……!!」


「ルドガーさんが護衛候補ってんならミコトに身の危険はないはずだろ?」


ライルさんがシスイを説得している。

話を聞いている感じだと、2人でクロードさんから何かしらの依頼を受けている?


「依頼? って、なんですか?」


「あぁ、クロードさんから俺ら2人が魔物討伐依頼受けたんだよ。ほら、リオレ大森林、焼けちまっただろ? そこを住処にしてた魔物が街道とかに出てきて他の地域に散っちまったんだよ。こっち方面にも結構な数が来てる。その間引きを依頼されてるんだ」


「あ、あー、なるほど」


「数が数だから、長期依頼扱いでな。ある程度の遠出もしながらの依頼になるから、1週間なんかじゃ終わらねぇんだよ。むしろ、シスイにいなくなられると俺が困る。頼むから耐えてくれシスイ」


これは……普通に先約がある上に断れないやつじゃないか。


「ごめんなさい。無理を言っちゃいました。気にしないで大丈夫なので、シスイは魔物討伐頑張ってください! 私、シスイとライルさんのために聖水用意しますね!」


「っ……申し訳、ありませんっ……!」


凄い顔を歪めながら頭を下げてきた。

それを見てルドガーさんはからからと笑っている。

少しして頭を上げたシスイは、ルドガーさんの方を勢いよく向いて頭を下げた。


「——ルドガーさん、ミコト様のこと、よろしくお願いします!!」


「まだ依頼受けるとは決めてねぇんだが?」


ルドガーさんはシスイを見据えながら静かにそう言った。

その次にこっちを見てくる。


「嬢ちゃんは神官なのか?」


「えっと、微妙に違うんですけど、似たようなものです。神社という、オリツキ様だけを奉じるちょっと毛色が違う教会のような場所で、巫女としてオリツキ様にお仕えしています」


「……よく分かんねぇが、神官様みたいなもんなのは間違いねぇってことか。で? この子とお前さんはどういう関係なんだよ」


……あれ、これもしかしてシスイがお酒の肴にされてる?


「それは……」


「えぇと……もともと2人は辺境の同郷出身で、巫女の筆頭が集落の指導者も担っていたらしいんだよ。ミコトは次期筆頭兼次期指導者だった子で、シスイはその集落の自警団長の息子で自警団の次期団長みたいな立場だったっていうと想像できるか……?」


シスイが言葉に詰まったところで、ライルさんが手早く補足していた。

うん、だいぶ言葉を選んでいる印象はあったけど、内容自体はあってる。

私もその認識だ。

ルドガーさんはあーなんて声を漏らしながら私とシスイを交互に見ている。

少しして頭をガシガシと掻いた彼は、溜息を吐いてから口を開いた。


「はぁ……依頼受けることになったら気にかけといてやるよ。それくらいしか言えん」


「……十分です。ありがとうございます」


えぇと……私が蚊帳の外に置かれてるのに私の話が勝手に進んでいる……?

助かるのは間違いないんだけど、ちょっと寂しい。


それはそれとして、ルドガーさん、シスイをからかっているのかと思ったけどそうでもないかもしれない。

呆れたような表情自体は浮かべてたけど、凄く真剣だった。

頼りになりそうな人、かな。多分。


「ルドガーさん、もっと遠慮なく飲んでください。奢らせていただきますので」


「もともとお前らの奢りだろ。まぁ飲むんだが。マスター! もう一杯くれ!」


ルドガーさんの言葉を受けてすぐにクラウスさんが新しいお酒を持ってきていた。

飲食を再開してるし、私はこの辺で失礼しておいた方がいいかもしれない。

そう思って、残っていた果実水を全部飲んで、3人に声をかけてから席を立った。

とりあえず、シスイとライルさん用にある程度の数の聖水を用意しておかないと!

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