破滅確定、それで何人死ぬ?【1話】
「次は12人……」
男がカチカチと駒を並べる。
「……最適じゃないな」
そう呟くと、慣れた手つきで駒を並べ替えた。
そしてぶつぶつと呟きながら、駒を弾く、弾く、弾く――。
「6人……いや、違う。まだ減らせるはずだ……」
男がそうして駒をいじっていると、天幕の外から声がした。
「ノクシス様、軍議のお時間です」
「……そうか。全員呼べ」
「はっ!」
* * *
天幕の中には、重苦しい沈黙が落ちていた。
集められた将校・兵士たちは誰一人として口を開かない。
その中心で、ノクシスは地図を見下ろしていた。
「……こんな配置で勝てると思っているのか?」
誰かが唾を飲む音すら聞こえてきそうな静かな場。
誰も声を発しようとはしない。
「こんな布陣で勝てるのかと聞いているんだ!」
バン!と机を叩く強い音。
しかし机を囲む将校たちは誰一人として反論しようとしない――いや、できない。
なぜなら怒号を発した男は、ノクシス=ディアス=ヴァルメリアという公爵家の指揮官だからだ。
「……失せろ」
ノクシスが手を振る。
将校たちは一礼し、逃げるように天幕を出ていった。
静寂が落ちる。
残ったのは、地図と駒、そして一人の男だけ。
「……はぁ」
ノクシスは、深く息を吐いた。
先ほどまでの威圧的な空気が、嘘のように消える。
「最悪だな……」
ぽつりと呟く。
記憶が、ゆっくりと馴染んでいく。
帝国……。
貴族……。
反乱軍との戦争……。
(……間違いない、ここはウォーシミュレーションゲーム、エンパイア・レガシーだ)
ここは、自分がやり込んだゲームの世界。
そして自分は――
(ノクシス=ディアス=ヴァルメリア……か)
主人公達に敗北したノクシスは物語の途中であっけなく退場する。
しかし死因は戦死ではない。
『悪逆非道を尽くしたノクシスは死んだ。』
ナレーションによる死──。
この男は破滅が確定している軍人でもあった。
「よりにもよって、こいつかよ……」
苦笑が漏れる。
手を握りしめてから解放し、改めて自分の手を見てみる。
ノクシス。
エンパイア・レガシーのプレイヤーの間では一種のネタとして有名なキャラクターだった。
強いわけではない。
賢いわけでもない。
ただ、とにかく周囲に嫌われていた。
曰く、責任転嫁を繰り返す。
曰く、部下を使い潰す。
曰く、権力にしがみつく。
そのくせ、時折り的確な判断を下すため始末に負えない。
結果だけは出しているように見えるため、上層部には重宝されていた。
……もっとも、そんなノクシスの結末は最初から決まっている。
ノクシスは反乱軍──ゲームでは解放軍──に対し、柄にもない総力戦を挑み、敗北する運命にある。
命こそ奪われずに捕虜となるがその後は既知の通りだ。
主人公達のイベントに数度関わってくる帝国貴族の中ボスが、小物な行動を繰り返した挙句の"ナレ死"……。
「……詰んでるな」
椅子に深く腰掛ける。
権力はあるが、味方はいない。
部下からは嫌われ、上からは使い捨ての駒。
さらに未来は確定している――となれば。
普通なら、ここで考えるべきは一つだ。
どうやって破滅を回避するか。
「……いや」
ノクシスは、ゆっくりと首を振った。
「回避は、できる」
原作を知っている。
イベントも、分岐も、勝ち筋も全てわかる。
ならば逃げることは容易い。
だが──
「それで、何人死ぬ?」
この世界、エンパイア・レガシーは救いが少ない。
最終的に主人公は勝つが、その過程で多くが死ぬ。
「しなくていい描写が多いんだよな……」
ノクシスの死についてもそうだ。
イベントは成立する。
だが、その裏で無数の"無駄死に"が積み重なる。
「……やはりこの布陣は、最適じゃない」
低く、独りごちる。
誰に聞かせるわけでもなく、ただ、事実を確認するように。
ノクシスは先ほど叩きつけた地図を改めて広げると、ある地点に着目した。
「ノマディアの戦い、か……」
そこは、初めてノクシスが"敵軍の将"として扱われる戦い。
実際には現場指揮官任せで、形だけの配置なのだが。
要するに、プレイヤーへの顔見せだ。
序盤のマップということもあって、帝国兵は少数、レベルも低く、配置はバラバラ、各個撃破してくださいと言わんばかりの配置だ。
これを逆手にとれば、主人公達を撃破することも可能なはずだが……。
「いや、大きく変えすぎるのは……」
主人公達は曲がりなりにも世界を救う存在である。
彼らが帝国の実権を握ることで戦乱は終結し、世界は平和になる。
「エンディングにはそう記載されていたな」
では、現在はどうか。
「……破綻はしていないが、貴族による無法地帯だからな……」
考えるまでもない。
となれば、主人公達に進んで協力したいところだが、このノクシスという役目がそれを許さない。
ノクシスの家であるヴァルメリア家は、帝国にとっても重鎮である公爵を冠している。
公爵家の立場を失うのは、資金源や情報網というリソースを失うことと同義だ。現時点でそれは避けたい。
そのため、そう簡単に帝国への背信行為などとれるものではなさそうだ。
「だが……」
まだ八方塞がりというには早い。
ノクシスには原作知識というアドバンテージがある。
ともすればチートとも呼べるような圧倒的な知識が。
これを駆使すればノクシスの立場からでも結果を大きく変えることが可能に違いない。
「よし、もう一度考えてみるか」
ノクシスは再び駒を並べ始めた。
──ノマディアの戦いは砦のマップだ。
本来であれば守る側が圧倒的優位であるはずだが、ゲームの仕様的に主人公達の侵攻は容易に行われるようになっている。
「この戦いは負ける。だが全員を救うのは……無理か」
ならば予め砦から撤退させるか?
――否、戦略的拠点であるノマディアの砦を放棄しては、待っているのは帝国への背信罪だ。
帝国の上層部に睨みをつけられて今後の盤面で動きを縛られてしまうリスクは、とてもじゃないが割に合わない。
せめて戦ったという事実が必要なのだ。
「……例えば、ここの扉に鍵をかけてみたらどうだろうか」
ゲームでは開きっぱなしだった扉に着目する。
ここに鍵をかけておけば少なくとも扉の奥にいる人員の撤退時間は稼げる。
「そうだ、この配置にすれば……」
主人公達がゲームの移動力そのままに動けば、という前提つきではあるが、撤退指令が間に合うであろうギリギリの配置を思いつく。
ただし……。
「……これは諦めるしかない」
扉の外にいる人員。
これは必要な犠牲として置いておくしかない。
「誰か!」
「はい、お呼びでしょうか」
「いいところにいたな、カレシプ将軍」
帝国からの信が厚いカレシプ将軍。
齢は30後半、戦闘には向いていない軍師型の将軍だ。
前線指揮官たちの絢爛な甲冑とは対照的な、ひどく色褪せた軍衣が彼の不遇な立場を物語っている。
そんなカレシプ将軍がここで消える理由は"原作ノクシス"の悪意ある采配にある。
だが――。
そんなもったいないことできるか。
「ノマディアの守備に対し、この俺から直々に意見をくれてやる」
「意見、ですか……」
カレシプ将軍もノクシスの悪評は耳にしているのだろう。
表情や言葉の端々からノクシスへの嫌悪感が見てとれる。
とはいえ、このままではカレシプ将軍は死ぬ。
ノクシスはさも名案を思い付いたかのように、配置図を机に広げた。
「これは……いくらなんでも」
「なんだ、カレシプ将軍。俺の作戦に異議があると?」
「お言葉ながら、この布陣では仮に砦が襲われた場合、対応致しかねてしまいます」
実に正論である。
何せ逃げる為の布陣であり、戦う為の配置ではない。
しかしここは強引に押す。
「カレシプ将軍、貴殿には十歳になる娘がいるそうだなぁ」
「……それが、何か」
「いやいや、せめて大事になされることだ」
にやりと口角を上げると、カレシプ将軍が顔を歪ませる。
「配置は必ず守らせろ。万が一砦が攻められることがあれば、俺も力を貸してやろう」
「……は」
翌日、あらかじめ放っておいた斥候の情報通り、主人公達が砦に攻め込んできた。
ノクシスは原作の流れ通り、戦闘中のカレシプ将軍に話しかける。
「どうだカレシプ将軍、状況を教えろ」
「はっ、ノクシス様の下知通りの配置にしております。
……門番はやられてしまったようですが、扉を閉めている為、賊はまだ内部には侵入しておりません」
その報告にノクシスはにやりと口角をあげ、思わぬ一言を放つ。
「いいぞ、全軍撤退しろ」
「……は?」
「撤退だと言ったんだ。本砦は放棄。カレシプ将軍にはまだまだ働いてもらわねばな。クックック……」
「……敵前逃亡に当たるのでは」
「そんな事は考えなくていい。大事なことは俺の命令に従ったこと、そうだろう?」
明らかに困惑した顔を見せるカレシプ。
それもそうだ、あの責任転嫁で有名なノクシスが、自分の責任において撤退判断を下すなどと言うはずもない。……原作ノクシスならば。
だが、カレシプは敵前逃亡を自分の責任として押し付けられるのだ、と思い至る。
カレシプの顔から、すっと血の気が引いていく。
「! ……そういう……。妻子の命は、保証していただけるのですか」
「貴様が気にする事ではない。即時撤退だ」
「くっ……っ」
有無を言わせぬノクシス。
カレシプが直情型であればここで激昂でもしていたのだろうが、あいにく彼は頭の切れるタイプである。
ここで喚いても事態が何も好転しないことを悟っていた。
この判断が後にどう扱われるか、カレシプはまだ知らない。
* * *
その日の夜。
無事に撤退を終え、ノクシスはカレシプら8名が生き残ったことに手ごたえを感じていた。
「しっかりと最適化できたな……。4人の犠牲は出たが……」
4人――。
それは必要な犠牲だった。
だが。
「くっ……」
必要な犠牲――。
ノクシスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
本来なら一人の犠牲も出さずにパーフェクトクリアを目指すのが、エンパイア・レガシーのプロユーザーたる矜持である。
しかし、ノクシスは倒す側ではなく倒される側。
帝国として多大な犠牲を払いつつ、主人公達を間接的に強化し、この国の覇権を握らせなければならない。
とその時、コンコンという軽いノックの音が部屋に響いた。
「なんだ」
「ノクシス様、戦況報告書が届きました」
「よこせ」
その一言で入室した文官が、怯えながら報告書を渡して退室していく。
「……フッ」
改めて見ても、悪辣非道の噂はとどまるところを知らないようだ。
「さて。……?」
ノマディアの戦いの戦況報告書に目を通したノクシスは、衝動に任せて机を叩いた。
「なんだと……」
──死者12名。
門番の槍兵2名、斥候2名、帝国兵8名──。
おかしい。
最適化したはずの戦場で、想定外の死者が出ている。
ノクシスの予定では、外にいた兵士と門番の計4人を除き、カレシプ将軍を含む8人を撤退させたはずである。
にもかかわらず、死者は原作と変わらず12名。
報告書に書かれた違和感。
それは──。
「なんだこれは……」
指揮官不明の増援。
誰が送ったか、どこの所属かも不明な謎の新兵8人が増援に現れ、そして主人公達に撃破されている。
「ありえない……発生条件がない、はずだ……」
そもそも、本来序盤であるノマディアの戦いで増援など存在しないはずだった。
ゲームの仕様のすべてを網羅しているはずのノクシス。
そんな彼の脳内に思い当たるフシはない。
「俺が知らない仕様があったのか……? それとも、誰かの介入……?」
――いや、どちらもないはずだ。
生存させたはずの"8"の枠を埋めるように、勝手に死者が補充された。
記憶と現実の整合性が、どこかで噛み合っていない。
予測と結果の差分が、説明不能な形で残っていた。
――まさか。
「シナリオが……変わった……?」
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――次回、改変開始。




