蜜色の記録、毒色の真実
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この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています
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朝の柔らかな光がヴァイスブルク公爵邸の客室に差し込んでいた。しかしその穏やかな陽光とは裏腹に、部屋の主の瞳は氷のように冷たく輝いている。
リーゼロッテ・フォン・シュヴァルツェンは、執務机の上に広げられた羊皮紙の束を見下ろしていた。五年分の記録。五年分の愚行。五年分の——証拠。
魔道具から転写された文字の羅列は、かつての婚約者エドワルド・ローゼンクランツの所業を克明に物語っていた。王家の金庫から消えた資金の流れ。深夜の密会で交わされた甘い囁き。そして——
「お嬢様、朝食をお持ちいたしました」
ノックの音と共に、侍女エルザ・ミュラーが銀の盆を手に入室する。栗色の髪をきっちりと結い上げた彼女は、主人の前に茶器を並べながら、その鋭い茶色の目で机上の記録を一瞥した。
「記録の精査は順調でございますか」
「ええ、順調すぎるほどに」
リーゼロッテは紅茶を一口含み、淡い唇の端を微かに持ち上げた。その仕草は傍目には優雅な令嬢のそれだったが、薄紫水晶の瞳には蜜のような甘さと、毒のような冷徹さが同居している。
「王太子殿下の横領は予想以上に組織的でございます」
エルザは声を落とし、報告を続けた。
「アウグスト・フォン・ゲルトナー卿を筆頭に、複数の貴族が関与しているようです。賭博場への資金流入、私的な宝飾品の購入、そして——」
「聖女様への贈り物、でしょう?」
リーゼロッテの声には、微かな嘲りが滲んでいた。記録の中には、エドワルドがマリアベルに贈った宝石の数々が詳細に記されている。その全てが、王家の金庫から消えた資金で購入されたものだった。
「はい。そして——」
エルザは一瞬言葉を切り、主人の顔色を窺った。
「お嬢様ご自身についての記録も、ございました」
「聞きましょう」
平坦な声でリーゼロッテは促した。エルザは羊皮紙の一枚を取り上げ、淡々と読み上げる。
「——『あの女は人形のように退屈だ。笑顔も、言葉も、全てが型通りで吐き気がする。マリアベルのような輝きが、あの女にはない』」
静寂が部屋を満たした。窓の外では小鳥が囀り、庭園の噴水が涼やかな音を立てている。その平穏な音色が、かえって室内の緊張を際立たせていた。
「続きは?」
リーゼロッテの声は、先ほどと寸分も変わらない。
「——『婚約など、父上に命じられた義務に過ぎない。あの退屈な女と一生を共にするなど、考えただけで気が狂いそうだ』」
エルザは読み上げを終え、主人を見つめた。そこには怒りも、悲しみもなかった。あるのは——静かな、静かな満足だけ。
「十分ですわ」
リーゼロッテは羊皮紙を丁寧に束ね直した。その白い指先は微塵も震えていない。
「愚かな方。五年間、私が何をしていたか、最後まで気づかなかった」
窓から差し込む光が、彼女の銀灰色の髪を淡く照らした。その姿は確かに儚げで、控えめで、傷つきやすそうに見える。しかしその薄紫水晶の瞳の奥には、五年の歳月をかけて研ぎ澄まされた刃が潜んでいた。
「証拠は十分。あとは——使い道を選ぶだけですわね」
記録を眺めながら、リーゼロッテの意識は不意に過去へと引き戻された。
——あの日も、春だった。
十五歳のリーゼロッテは、母の部屋の扉の前に立っていた。いつもなら優しく迎えてくれる母が、今日は朝から寝台に伏せっている。使用人たちは青ざめた顔で廊下を行き来し、医師たちが何度も出入りを繰り返していた。
扉の隙間から漏れ聞こえる囁き声。「もう手の施しようが」「原因が分からない」という断片的な言葉が、少女の心を締め付けた。
小さな手で扉を押し開けると、花の香りに混じって、何か嫌な匂いがした。後になって知った。それは毒が体を蝕む時に発する、死の匂いだった。
寝台の上で、母エリーゼは青白い顔で横たわっていた。かつては艶やかだった銀灰色の髪は力なく広がり、薄紫水晶の瞳——リーゼロッテが受け継いだその瞳は、既に光を失いかけていた。
「リーゼ……おいで」
掠れた声が娘を呼んだ。リーゼロッテは震える足で寝台に駆け寄り、母の冷たくなりかけた手を握りしめた。
「母上、どうして。どうして」
涙が止まらなかった。昨日まで元気だった母が、なぜこんな姿に。
「聞いて……リーゼ」
母の手が、娘の頬に触れた。その指先は既に氷のように冷たかったが、瞳だけは——最期まで娘への愛に満ちていた。
「人を……信じすぎては、いけない。この世界は……優しいだけでは、生きられない」
それが、母の最期の言葉だった。
後に知った真実は、リーゼロッテの心を永遠に変えた。母は王宮の政争に巻き込まれ、毒を盛られたのだ。心優しく、誰にでも親切だった母。その優しさが仇となり、誰かの陰謀の道具にされ、用済みになれば消された。
父ハインリヒは、妻の死に涙一つ流さなかった。葬儀の翌日には、「王太子との婚約が決まった」と告げただけだった。娘の悲しみなど、眼中にもない様子で。
母の亡骸の傍らで、十五歳のリーゼロッテは誓った。
——二度と、利用される側にはならない。
——二度と、優しさを武器にされはしない。
——いつか必ず、母を殺した者たちに報いを与える。
その日から、リーゼロッテ・フォン・シュヴァルツェンという令嬢は死んだ。代わりに生まれたのは、蜜のような笑顔の裏に毒を隠す、完璧な策略家だった。
——回想から意識が戻る。
リーゼロッテは窓の外に目を向けた。公爵邸の庭園には春の花々が咲き誇っている。母が逝った季節と同じ、残酷なほど美しい春。
「母上」
唇が無意識に動いた。
「もう少しだけ、待っていてください。必ず——全てに決着をつけますから」
薄紫水晶の瞳に宿る光は、悲しみでも怒りでもなかった。それは、五年という歳月をかけて結晶化した、純粋な決意だった。
回想の余韻が消えかけた頃、控えめなノックの音が部屋に響いた。
「お嬢様、来客でございます」
エルザの声には、珍しく驚きの色が滲んでいた。
「ヴァイスブルク公爵家の嫡男、レオンハルト様がお見えです。正式な面会を求めておいでです」
リーゼロッテの手が、羊皮紙の上で止まった。
昨夜、婚約破棄の舞踏会から逃れた彼女を匿ったのは、このヴァイスブルク公爵邸だった。それは予め手配していたことではあったが、当主の嫡男自らが改めて面会を求めてくるとは——
「お通しして」
数分後、部屋の扉が開いた。
レオンハルト・フォン・ヴァイスブルク。漆黒の髪と深い紺碧の瞳を持つ、彫刻のように整った美貌の青年。社交界では「氷の公爵子息」と呼ばれ、数多の令嬢たちの誘いを全て一蹴してきた男。
黒を基調とした洗練された装いで入室した彼は、リーゼロッテを見るなり——僅かに、ほんの僅かに、その無表情が和らいだ。
「昨夜はゆっくり休めたか」
低く落ち着いた声が、朝の空気を震わせた。
「ええ、おかげさまで。急なお願いを聞き届けてくださり、ありがとうございます」
リーゼロッテは優雅に頭を下げた。しかしその仕草には、社交界で見せる「完璧な令嬢」の型通りさがない。レオンハルトの前では、彼女は少しだけ——本来の自分でいられた。
エルザが素早く茶の準備を整え、二人分の茶器を並べて退室した。扉が閉まると同時に、部屋の空気が変わった。
レオンハルトは窓辺に歩み寄り、庭園を見下ろしながら口を開いた。
「婚約破棄は予定通りだったようだな」
単刀直入な問いかけ。社交辞令も、遠回しな表現もない。
リーゼロッテは紅茶のカップを持ち上げながら、仮面を外した。
「ええ、あの方は期待通り愚かでしたわ」
薄紫水晶の瞳に、冷たい光が宿る。蜜のような微笑みはそのままに、しかしその奥にある本質を隠そうともしない。レオンハルトの前でだけ見せる、真の姿。
「五年、待った甲斐がありました」
「そうか」
レオンハルトは振り向いた。その紺碧の瞳は、リーゼロッテの言葉を責めるでも、咎めるでもなく——ただ静かに受け止めていた。
「聖女と王太子の不義。王家資金の横領。それだけで十分な破滅の種だ」
「お見通しでしたの」
「お前を長く見てきた。その程度は分かる」
二人の間に沈黙が流れた。しかしそれは気まずい沈黙ではない。言葉を交わさずとも通じ合う、長い年月が培った信頼の証だった。
リーゼロッテは紅茶を置き、レオンハルトを見上げた。
「レオンハルト様は、いつから私の計画にお気づきでしたの?」
「——最初からだ」
彼は静かに答えた。
「お前が王太子に婚約を申し込まれた時。あの穏やかな笑顔の裏に、何かを企んでいるのは見て取れた」
「それでも、何もおっしゃらなかった」
「言う必要がなかった」
レオンハルトはゆっくりと近づき、リーゼロッテの向かいの椅子に腰を下ろした。その距離は礼儀正しく保たれていたが、視線だけは——深く、真っ直ぐに彼女を捉えていた。
「お前の母上……エリーゼ様には、恩がある」
リーゼロッテの瞳が、僅かに揺れた。
「母上と、レオンハルト様が」
「昔の話だ。詳しくは、いつか話す」
彼は多くを語らなかった。しかしその言葉の端々から、母への深い敬意が伝わってくる。
「それ以来、俺はシュヴァルツェン家を——いや、お前を見守ると決めた」
「見守る、ですか」
「そうだ」
レオンハルトは頷いた。その表情は相変わらず乏しかったが、声音には確かな誠実さが宿っていた。
「お前が王太子と婚約し、あの男に蔑まれながらも従順な婚約者を演じ続けていたのも知っていた。復讐の準備を着々と進めていたのも。毒物学を独学で学び、裏社会に情報網を築いていたのも」
全てを見透かされていた。それなのに——止めようとはしなかった。
「なぜですの」
リーゼロッテの声には、純粋な疑問が込められていた。
「お前には、その権利があったからだ」
レオンハルトは静かに答えた。
「エリーゼ様は政争の犠牲になった。お前の人生は、父親の野心の道具にされた。そして五年間、お前は愚かな男の傍で耐え続けた。——復讐する権利は、十分にある」
「それでも、多くの人は止めようとするでしょう。復讐など身を滅ぼすだけだと」
「俺は止めない」
その言葉は、宣言のように響いた。
「俺は見届ける。お前が何を選んでも」
リーゼロッテは、長い沈黙の後——珍しく、表情を緩めた。
それは社交界で見せる蜜のような微笑みではない。計算も、演技もない。ただ純粋に——理解者の存在に、安堵を覚えている顔だった。
「ありがとうございます、レオンハルト様」
「感謝は不要だ。俺は自分の意志で動いている」
無愛想な返事。しかしその声には、確かな温もりがあった。
窓から差し込む春の光が、二人の間を柔らかく照らした。復讐者と、その見守り人。奇妙な関係でありながら——そこには確かな絆があった。
「レオンハルト様」
「何だ」
「これからも、傍にいてくださいますか」
リーゼロッテの声は、珍しく——ほんの少しだけ、揺れていた。
レオンハルトは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。逆光の中、その横顔は凛として美しい。
「俺は、お前が自由になるまで傍にいる」
振り向かずに、彼は言った。
「——その後も、お前が望むなら」
最後の言葉は、春風に溶けるように小さかった。
レオンハルトが去った後、部屋には再び静寂が戻った。
リーゼロッテは執務机に向かい直し、記録の整理を再開しようとした。しかしその時——控えめなノックと共に、エルザが再び入室した。
その顔には、僅かな緊張が浮かんでいる。
「お嬢様、シュヴァルツェン伯爵邸より使いが参りました」
リーゼロッテの手が、羊皮紙の上で止まった。
「父上から?」
「はい。本日中に、伯爵邸へお戻りになるよう——とのことでございます」
エルザは淡々と伝えたが、その声には僅かな棘があった。彼女もまた、伯爵がどのような人物か知り尽くしている。
「婚約破棄の責任を問われるのでしょうね」
リーゼロッテは静かに立ち上がった。窓辺に歩み寄り、庭園を見下ろす。春の陽光に照らされた花々が、残酷なほど美しく咲き誇っていた。
「五年間、完璧な婚約者を演じた娘に対して。あの方は何とおっしゃるかしら」
「お嬢様……」
エルザの声には、珍しく感情が滲んでいた。しかしリーゼロッテは振り向き——微笑んだ。
蜜のように甘く。毒のように冷たく。
「心配は無用ですわ、エルザ」
「しかし、伯爵様は——」
「ええ、あの方は私を道具としか見なしていない。母上が亡くなった時も、一度として慰めの言葉をかけることなく、ただ『王太子を籠絡しろ』と命じただけの方」
リーゼロッテの声は、感情を一切排した平坦なものだった。まるで他人事のように。
「でもね、エルザ」
彼女は執務机に戻り、記録の束を丁寧に引き出しにしまった。その動作は優雅で、一分の隙もない。
「あの方も、私の復讐対象の一人ですのよ」
エルザは息を呑んだ。
「伯爵様も……でございますか」
「母上を殺した者たち。私を道具として扱った者たち。全てに——報いを与えます」
リーゼロッテは鏡に向かい、乱れた銀灰色の髪を整え始めた。その姿は、これから父と対峙する娘とは思えないほど穏やかだった。
「お嬢様、お支度をいたしましょうか」
「ええ、お願いしますわ」
リーゼロッテは椅子に座り、エルザの手に身を委ねた。髪を梳かれながら、鏡の中の自分を見つめる。
淡い銀灰色の髪。薄紫水晶の瞳。母から受け継いだ容姿。そして——母を殺した者たちへの、静かな怒り。
「さて」
支度を終えたリーゼロッテは、立ち上がった。パステルカラーのドレスは控えめで、完璧な令嬢の装い。その仮面の下に、どれほどの毒を隠しているかなど、誰にも分かるまい。
「もう一人の復讐対象に、ご挨拶に参りましょう」
蜜のような笑顔。氷のような瞳。
リーゼロッテ・フォン・シュヴァルツェンは、優雅に部屋を出た。
廊下を歩む彼女の背を、窓越しに見送る影があった。レオンハルト・フォン・ヴァイスブルク。その深い紺碧の瞳には、言葉にできない想いが静かに揺れている。
——父上。
心の中で、リーゼロッテは呟いた。
——貴方が私を道具にしたように、私も貴方を道具にして差し上げますわ。
復讐の第二幕が、静かに上がろうとしていた。




