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空虚な勝利と、自分を許す決意

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

夜明けの薄明が王宮の尖塔を淡く染め上げる頃、リーゼロッテは国王の執務室に足を踏み入れた。レオンハルトが半歩後ろに控え、その存在が彼女の背を静かに支えている。


執務室には既に国王が待っていた。玉座ではなく、質素な執務机の前に立つその姿は、一国の長というより、重荷を背負った一人の父親のようだった。


「ヴァイスブルク公爵子息、そしてシュヴァルツェン伯爵令嬢……いや、今はその称号も複雑か」


国王の声には疲労が滲んでいた。リーゼロッテは深々と礼をし、懐から一通の書簡を取り出した。王家の紋章が押された封蝋——それは昨夜、マリアベルの懐から発見されたものだ。


「陛下。この密書をご覧いただきたく存じます」


国王が書簡を受け取り、封を切る。読み進めるにつれ、その顔色が蒼白に変わっていく。


「……これは、何だ」


「王妃様の直筆でございます。聖女マリアベルを王太子殿下の傍に送り込んだこと、禁術の存在を知りながら利用していたこと、そして——」


リーゼロッテは一度言葉を切った。国王の灰色の瞳が、痛みに歪む。


「……続けよ」


「私の排除を指示していたこと。全てが記されております」


執務室に重い沈黙が落ちた。国王は書簡を握りしめたまま、長い間動かなかった。やがて、絞り出すような声が漏れる。


「……我が妻が、これほどのことを。いや、認めたくはなかった。だが、この筆跡は確かにカタリーナのものだ」


レオンハルトが一歩前に出た。


「陛下。これは王室の危機でございます。適切な対処がなされねば、国の根幹が揺らぎましょう」


「分かっている、ヴァイスブルク。分かっているのだ……」


国王は書簡から目を上げ、窓の外を見つめた。東の空が徐々に明るさを増している。新しい一日の始まり——しかしそれは、王家にとっては終わりの始まりでもあった。


「余は王として、何をなすべきか」


その呟きに、リーゼロッテは何も言わなかった。沈黙だけが、彼女の答えだった。


国王が振り向き、リーゼロッテを見つめる。その目には、奇妙な理解の光があった。


「シュヴァルツェン伯爵令嬢。いや、今はその称号も複雑か。……そなたもまた、家族に裏切られた者だな」


「……はい、陛下」


リーゼロッテの声は、かすかに震えていた。王冠を戴く者の苦悩が、その一言に凝縮されていた。国家の安寧と、家族への情。その狭間で引き裂かれる国王の姿は、どこか父ハインリヒとは対照的だった。


「余は決断を下さねばならぬ。王冠を戴く者として」


国王は背筋を伸ばし、執務机の鈴を鳴らした。


「……緊急の宮廷会議を招集せよ」




緊急招集された宮廷会議は、異様な緊張に包まれていた。大広間には主要な貴族たちが集められ、誰もが事態の深刻さを察して言葉を失っている。


リーゼロッテとレオンハルトは、傍聴席の最前列に並んで座っていた。彼女の表情は穏やかな仮面に覆われていたが、その薄紫水晶の瞳だけは、冷徹な光を宿している。


玉座に着いた国王が、重々しく口を開いた。


「本日、余は重大な決定を下す」


大広間が水を打ったように静まり返る。貴族たちの視線が、一斉に玉座へと集中した。


「王妃カタリーナ・ローゼンクランツは、禁術使いとの共謀、および王室の名を騙った陰謀の首謀者として、終身軟禁の処分とする」


貴族たちの間にどよめきが走った。王妃の軟禁——それは事実上の廃位宣告に等しい。隣席の貴婦人が扇で口元を隠し、男たちは互いに目配せを交わす。


「さらに——」


国王の声が一段と低くなる。


「王太子エドワルド・ローゼンクランツは、王家資金横領、禁術使いとの不適切な関係、および王室の品位を著しく損なう行為により、王位継承権を剥奪する」


今度こそ、大広間は騒然となった。王位継承権の剥奪——ローゼンクランツ王家の歴史において、前例のない事態だ。


「次期国王には、第二王子フリードリヒが就くこととする。これをもって、新たな時代の幕開けとする」


国王の宣言が終わると、貴族たちは互いに顔を見合わせ、囁き合った。時代が動いた。誰もがそれを感じていた。


リーゼロッテは静かに目を閉じた。母を殺した者たち、自分を道具として扱った者たち——その全てに、ついに裁きが下った。


五年間。五年もの歳月をかけて、彼女はこの瞬間を待ち続けてきた。


それなのに——


心は驚くほど静かだった。勝利の高揚も、達成感の温もりも、どこにも見当たらなかった。




会議が終わり、貴族たちがざわめきながら退出していく中、リーゼロッテは静かに廊下を歩いていた。レオンハルトが寄り添うように傍を歩く。


高い天井から差し込む朝の光が、大理石の床に幾何学模様を描いている。その光の中を歩きながら、リーゼロッテはふと足を止めた。


「……終わったのですわね」


その呟きは、勝者の言葉とは思えないほど虚ろだった。


「……リーゼロッテ」


レオンハルトが立ち止まり、彼女の横顔を見つめる。いつもの冷徹な仮面は消え、そこには迷子のような表情を浮かべた一人の女性がいた。


「王妃は軟禁。王太子は継承権剥奪。父は投獄。マリアベルは捕縛」


リーゼロッテは指を折りながら、淡々と数え上げる。


「母の仇は全て討ちました。私を道具として扱った者たちは全て裁かれました。完璧な——完璧な復讐でしたわ」


レオンハルトは黙って彼女を見つめていた。その紺碧の瞳に、深い心配の色が浮かぶ。


「なのに、何も感じないのです」


彼女の薄紫水晶の瞳が、虚空を見つめる。勝利の喜びも、解放の安堵も、そこにはなかった。あるのはただ、底知れぬ空虚だけ。


「リーゼロッテ……」


レオンハルトが手を伸ばそうとしたが、リーゼロッテは小さく首を振った。


「……帰りましょう」


彼女は再び歩き出した。王宮の荘厳な廊下を、幽霊のように通り過ぎていく。


復讐を終えた今、自分は何者なのか。何のために生きればいいのか。


その答えを、リーゼロッテはまだ見つけられずにいた。




ヴァイスブルク公爵邸に戻ったリーゼロッテは、自室に閉じこもった。


窓から差し込む午後の陽光が、豪奢な調度品を照らしている。しかし彼女の目には、その煌めきが灰色にしか映らなかった。


化粧台の鏡の前に座り、リーゼロッテは自分の姿を見つめた。淡い銀灰色の髪、薄紫水晶の瞳——母から受け継いだ容姿。その奥に潜む冷徹さは、いつから宿ったものだろう。


「五年間……」


声に出して呟いてみる。


五年前、婚約の証として王太子に贈った銀の護符。そこに会話記録の術式を仕込んだ日から、彼女の人生は復讐だけで満たされていた。


毒物学を極め、裏社会の情報網を構築し、完璧な令嬢の仮面を被り続けた五年間。その全てが、今日この日のためだった。


そして、それは終わった。


「これからは……何を支えに生きれば」


鏡の中の自分に問いかける。しかし、答えは返ってこない。


ふと、レオンハルトの顔が脳裏をよぎった。あの夜、月明かりの庭園で彼が跪き、愛を告げた瞬間。


『毒を調合するお前も、復讐に燃えるお前も、全てを含めて愛している』


その言葉を思い出すたびに、胸が締め付けられる。


愛されることを——幸せを掴むことを、自分に許してもいいのだろうか。


「私は……」


言葉が喉に詰まる。鏡の中の自分が、哀れむような目でこちらを見ていた。




控えめなノックの音が、リーゼロッテの沈思を破った。


「お嬢様、エルザでございます」


「……入りなさい」


扉が開き、栗色の髪をきっちりと結い上げた侍女が姿を現した。いつもは軽口を叩くエルザだが、今日はその表情が引き締まっている。


「お嬢様」


エルザは一度言葉を切り、深く息を吸った。


「レオンハルト様がお待ちです。……返事を聞きたいと」


その言葉に、リーゼロッテの心臓が跳ねた。


返事。あの夜、中断されたままの——愛の告白への返事。


「そう……」


リーゼロッテは立ち上がろうとして、しかし足が動かなかった。椅子に縫い付けられたように、身体が言うことを聞かない。


「お嬢様?」


エルザが心配そうに近づく。リーゼロッテは目を伏せ、小さく首を振った。


「私には……分からないのです、エルザ」


「何がでございますか」


「私に、愛される資格があるのかどうか」


その言葉は、絞り出すようだった。五年間、完璧に感情を制御してきた彼女が、初めて見せる弱さ。


「私は人を欺き、陥れ、破滅させてきました。蜜のような笑顔で毒を盛り、無垢な顔で罠を仕掛けた。そんな女が……レオンハルト様の愛を受ける資格など」


リーゼロッテの声が震える。薄紫水晶の瞳が、自己嫌悪に曇っていた。


エルザは黙ってその言葉を聞いていた。主人の苦悩を、五年間ずっと傍で見てきた侍女は、何も言わずに待っている。


長い沈黙の後、エルザが口を開いた。いつもの軽妙な口調ではなかった。真剣な、しかしどこか温かみのある声だった。


「お嬢様」


エルザは主人の前に跪き、真っ直ぐにその瞳を見上げた。


「私はずっとお傍で見てまいりました」


茶色の瞳に、複雑な光が宿る。五年間の全てを見てきた者だけが持てる、深い理解の光。


「貴女は確かに復讐者でした。毒を調合し、罠を仕掛け、敵を破滅させた。私はその全てを知っています。証拠の隠滅も、情報収集も、この手で行いました」


エルザの声が、少し震える。


「でも、同時に——」


彼女は一度言葉を切り、深く息を吸った。


「貴女は傷ついた一人の女性でもあった」


その言葉に、リーゼロッテの目が見開かれた。


「……!」


「十五歳で母君を亡くし、父君には道具として扱われ、愛のない婚約を強いられた。誰にも本心を見せられず、仮面の下でずっと泣いていた」


エルザの目にも、涙が滲んでいた。


「私は知っています、お嬢様。貴女が時折、母君の形見を握りしめて眠っていたことを」


リーゼロッテの目から、一筋の涙がこぼれた。


「……エルザ」


「幸せになる資格がないなんて、誰が決めたのですか?」


エルザの声が、静かに響く。


「貴女を裁く権利は、貴女自身にはありません。貴女は既に、十分すぎるほど苦しんできた。もう——もう、自分を許してもよいのではございませんか」


その言葉が、凍りついた心に染み込んでいく。


リーゼロッテは声を殺して泣いた。五年間——いや、十年間封じ込めてきた感情が、堰を切ったように溢れ出す。


「私は……ずっと」


嗚咽が言葉を遮る。それでも、彼女は話し続けた。


「ずっと、愛されたかった。父に。母のように慈しんでほしかった。でも、叶わなかった。だから——だから私は、愛を諦めたの」


涙が頬を伝い、顎から落ちていく。化粧台の鏡には、泣き崩れる令嬢の姿が映っている。完璧な仮面など、もうどこにもなかった。


「でも、レオンハルト様は——」


リーゼロッテは涙の滲む目で、エルザを見つめた。


「あの方だけは、私の全てを知っても傍にいてくれた。復讐者の私を、愛していると」


エルザは静かに頷いた。


「ええ。だからこそ、貴女には幸せになる権利がございます」


その言葉が、最後の鍵となった。


リーゼロッテは涙を拭い、深く息を吸った。震える手で、しかし確かな意志を込めて、立ち上がる。


「……ありがとう、エルザ」


彼女は侍女の手を取り、握りしめた。


「貴女がいなければ、私はとっくに壊れていたわ。五年間……いいえ、孤児院から私の元に来てくれた日から、ずっと。本当に、ありがとう」


エルザの目にも、涙が光った。しかし彼女はすぐに微笑み、いつもの調子で言った。


「お礼は後でたっぷりいただきますわ。今は——参りましょう、お嬢様」




リーゼロッテは廊下を歩いていた。


夕暮れの光が窓から差し込み、彼女の銀灰色の髪を淡い金色に染めている。涙の痕が頬に残っていたが、その瞳には新たな光が宿っていた。


迷いは消えていなかった。怖さも、不安も、まだ心の奥底に蟠っている。


しかし——


「私は、幸せになりたい」


初めて、その言葉を自分に許せた。


復讐者として生きた五年間。その全てが無駄だったとは思わない。母の無念を晴らし、自分を傷つけた者たちに報いを与えた。それは必要なことだった。


でも、それだけで終わりたくない。


レオンハルトが待っている部屋の前に着いた。重厚な樫の扉が、まるで運命の門のように立ちはだかる。


リーゼロッテは一度立ち止まり、深く息を吸った。


胸に手を当てる。心臓が早鐘を打っている。これほど緊張するのは、いつ以来だろう。どんな策略を巡らせる時も、こんな鼓動は感じなかった。


「大丈夫」


自分に言い聞かせる。


「私は——」


もう一度、深呼吸。そして、扉のノブに手をかけた。


冷たい金属の感触。その向こうには、彼女の全てを受け入れると言った男が待っている。


毒を調合する手も、人を破滅させる策略も、全てを知った上で愛していると告げた人。


リーゼロッテは静かに扉を開けた。


夕陽に染まる部屋の中、窓辺に佇む黒髪の青年の姿が目に入る。


レオンハルトが振り向いた。その紺碧の瞳に、彼女の姿が映り込む。


「来てくれたか」


その声は、静かで、しかし深い喜びに満ちていた。


リーゼロッテは一歩、部屋の中へ踏み出した。


蜜のように甘く、毒のように致死的だった令嬢の物語は——今、新たな章を迎えようとしていた。

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