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月下の告白——蜜に溶ける言葉

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

母の墓前で流した涙が乾いた頬に、夕暮れの風が優しく触れた。


リーゼロッテは墓地の門をくぐりながら、傍らを歩くレオンハルトの横顔を盗み見る。普段は無表情な彼の瞳が、茜色の空を映して揺れている。何かを言いたげな、それでいて躊躇うような——そんな表情を、彼女は初めて見た気がした。


「リーゼロッテ」


不意に呼ばれた名前に、心臓が跳ねる。


「……はい」


「話したいことがある。……二人きりで」


その声はいつもより低く、どこか掠れていた。リーゼロッテは足を止め、彼を見上げる。深い紺碧の瞳が、真っ直ぐに自分を捉えている。


どうしてこんなにも、声が掠れているのかしら。いつもの彼とは違う——。


「公爵邸の庭園へ。……来てくれるか」


「……ええ」


そう言って差し出された手。黒い手袋に包まれたその手を取る時、なぜこんなにも心臓が跳ねるのかしら。復讐のためだけに生きてきた私が、誰かの温もりに——。


馬車を呼ぶでもなく、二人は石畳の道を並んで歩き始める。レオンハルトは何も言わず、ただ静かに彼女の傍にいた。夕陽が二人の影を長く伸ばし、やがて一つに重なった。


その光景がどうしてこんなにも胸を締め付けるのか、リーゼロッテには分からなかった。




「……着いた」


ヴァイスブルク公爵邸の庭園は、夜の帳が降りると同時に、別世界のような静謐さに包まれていた。


「まあ……」


リーゼロッテは思わず息を呑んだ。月明かりが白薔薇の花弁を銀色に染め上げ、深紅の薔薇は闇の中で血のように艶めいている。噴水の水音だけが静寂を揺らす、まるで時が止まったかのような空間。


レオンハルトは庭園の中央、古い噴水の傍でリーゼロッテを振り返った。彼の表情がゆっくりと変わっていく。社交界で「氷の公爵子息」と呼ばれた無表情が溶け、その奥に秘められていた何かが——熱を帯びた感情が、表に滲み出てくる。


「以前、お前の母上に命を救われたと話したな」


「はい。ずっと……心に残っておりました」


リーゼロッテは頷いた。あの言葉が、ずっと心に引っかかっていた。


「あの時は詳しく言えなかった。だが……今なら話せる」


月光が彼の漆黒の髪を照らし、彫刻のような横顔に柔らかな陰影を刻む。これまで見たことのない表情だった。いつもの冷徹さは消え、代わりに温かな光が宿っている。


「十二年前のことだ」


「十二年……」


レオンハルトは噴水の縁に腰を下ろし、記憶を辿るように目を細めた。


「当時の俺は十歳。ヴァイスブルク家には敵が多かった。ある夜、食事に毒を盛られた」


「……!」


リーゼロッテの瞳が大きく見開かれる。


「『翠玉の吐息』——お前の父が使ったのと同じ、王国で最も検出困難な毒だ」


「あの毒と……同じ……」


父が母を殺したあの毒。私の人生を狂わせたあの毒が、レオンハルト様をも蝕んでいたなんて。


「医師たちは匙を投げた。俺は三日と持たないと言われた」


「そんな……」


レオンハルトの声に、かすかな震えが混じる。


「その時、シュヴァルツェン伯爵夫人——エリーゼ様が名乗り出てくださった。彼女は毒物学の大家だった。三日三晩、俺の枕元に付きっきりで、解毒の術を施してくださったのだ」


母の名前を聞いた瞬間、リーゼロッテの目に涙が滲んだ。


「お母様が……貴方を……」


「ああ。彼女がいなければ、俺は今ここにいない」


知らず、涙が頬を伝う。お母様。貴女はこんなところでも、誰かの命を救っていたのね。


レオンハルトは立ち上がり、リーゼロッテに向き直った。


「そして——その時、俺はお前を見た」


「私を……?」


「母上の傍で、懸命に薬草を磨り潰す幼い少女を。八歳のお前は、眠る間も惜しんで母上を手伝っていた」


霧の向こうから、ぼんやりと記憶が蘇る。母の傍で必死に働いていた日々。黒髪の少年が眠っていたことを、微かに覚えている気がした。


「……あの時の。黒髪の……少年」


「覚えているか」


「微かに……霧の向こうのように。お母様の傍で、必死に働いていた日々は覚えております」


「あの日から、俺はお前を見守ると決めた」


リーゼロッテは息を呑んだ。


レオンハルトの声が、静かな夜の庭園に染み渡る。


「エリーゼ様が亡くなった時、俺はまだ力がなかった。お前の父がお前を王太子に差し出した時も、止める術がなかった。……俺の無力が、今でも悔やまれる」


「レオンハルト様のせいではありません」


リーゼロッテは首を横に振った。


「だが、俺は見ていた」


彼の瞳が、痛みを湛えて揺れる。


「お前が王太子と婚約し、苦しんでいるのも。完璧な令嬢を演じながら、心の中で復讐を誓っていることも」


息が詰まる。全て——知られていた?


「毒を調合し、証拠を集めていたことも——全て、知っていた」


驚愕がリーゼロッテを貫く。全てを知られていた。それでも彼は——。


「なぜ……止めなかったのですか」


「お前には、その権利があったからだ」


月光が彼の横顔を照らす。その瞳には、深い慈しみと、長年押し殺してきた感情が渦巻いていた。


「母を奪われ、父に道具として扱われ、婚約者に蔑まれた。お前が怒りを抱くのは当然だ。復讐を望むのも、当然だ。俺にはそれを止める資格がなかった」


この人は——私の闇を知りながら、それでも——。


レオンハルトは一歩、リーゼロッテに近づいた。


「だが、それだけではない」


彼の声が、これまで聞いたことのない熱を帯びる。


「俺は……お前が何を選んでも、傍にいたかった」


リーゼロッテは言葉を失った。


「復讐を成し遂げるお前の傍に。あるいは、復讐に疲れ果てたお前の傍に。どんなお前でも、俺は——」


言葉が途切れる。そして——レオンハルトは彼女の前に跪いた。


石畳に膝をつく音が、静寂を裂いた。


リーゼロッテは息を忘れた。ヴァイスブルク公爵家の嫡男が、王太子より実質的な権力を持つ男が、自分の前に跪いている。


「全てが終わった今、俺の想いを伝えさせてくれ」


「レオンハルト様……」


レオンハルトは彼女の手を取った。黒い手袋越しでも伝わる体温が、リーゼロッテの心臓を激しく揺さぶる。


「リーゼロッテ」


彼は真っ直ぐに、彼女を見上げた。深い紺碧の瞳が、月光を映して輝いている。


「俺はお前を愛している」


その言葉は、夜風に乗って薔薇の香りと共に溶けていく。


「毒を調合するお前も。復讐に燃えるお前も。冷酷に敵を陥れるお前も」


涙が——止まらない。どうして。


「そして——母の墓前で泣いたお前も」


握られた手に、力がこもる。


「全てを含めて、俺はお前を愛している」


リーゼロッテの瞳から、知らず涙が零れ落ちた。


愛している——その言葉が、胸の奥で反響し続ける。


復讐のためだけに生きてきた五年間。誰かに愛されることなど、想定したことがなかった。むしろ、愛される資格などないと思っていた。


「私は……」


声が震える。涙で滲んだ視界の中で、跪くレオンハルトの姿が揺れている。


「私は、貴方にふさわしい女性ではありませんわ」


俯いたリーゼロッテの頬を、冷たい夜風が撫でる。


「人を欺き、陥れ、破滅させてきました。私の手は毒に染まっています。そんな私が、貴方の——」


言葉は続かなかった。温かな指が、そっと彼女の顎を持ち上げたからだ。


レオンハルトが立ち上がり、至近距離でリーゼロッテを見つめている。その瞳には、揺るぎない意志が宿っていた。


「ふさわしいかどうかは、俺が決める」


低く、しかし断固たる声。


「お前は、俺が選んだ女だ」


リーゼロッテの心臓が激しく鳴る。


「レオンハルト様、私——」


唇が、答えを紡ごうと開きかけた——その瞬間。


「大変です!レオンハルト様!リーゼロッテ様!」


庭園の入り口から、切迫した声が響いた。エルザが息を切らせながら駆け寄ってくる。その顔は青褪め、普段の冷静さは微塵もなかった。


「エルザ……?」


「何事だ」


レオンハルトの声が、瞬時に氷の公爵子息のそれに戻る。


エルザは膝をつき、震える声で告げた。


「王宮から急使が……!マリアベルが——聖女マリアベルが脱走しました!」


リーゼロッテの目が見開かれる。禁術の罪で捕らえられた女が、逃げた?


「……脱走ですって?」


「看守の生命力を吸い取って逃亡したと……!目撃情報によれば、彼女はリーゼロッテ様を探しているとのことです!」


告白への返事は、唇の上で凍りついた。


「お嬢様」


エルザの瞳には、鋭い警戒の色が浮かんでいる。


リーゼロッテは静かに息を吐いた。そして——薄紫水晶の瞳に、かつての冷徹な光が宿る。


「……ええ、分かっていますわ。まだ、終わっていなかったということね」


月明かりに照らされた薔薇の庭園に、新たな嵐の予兆が忍び寄る。聖女の仮面を剥がされた女の狂気が、リーゼロッテに牙を剥こうとしていた。

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