第二話
「ぐ、ぐろり、なんだって?」
「Glory of Pangaea。グローリーオブパンゲアですよ吾妻先輩。知らないんですか?」
徹夜で仕事をしている俺たちが、職場のデスクに足をのっけて天井を眺めていた時。
隣の席の後輩である、弊社のオアシスこと箱田がポニーテールを揺らしながら、ゲームを買おうか悩んでいると話し始めた。
「で、そのぐろぱー、なんたらって言うゲームはどういうゲームなんだよ」
「本当に知らないんだ。配信されてから3年ぐらい、ずっと話題なんですよ。ほんとに画期的なフルダイブ型のVRMMORPGで、いま世界中で1000万人ぐらいがプレイしてるんですよ。」
フルダイブ型VRMMORPG。ちょうど俺が大学を卒業するぐらいに発売されて、爆発的な人気で広がっていったゲーム。
ヘッドギアをつけて、脳を睡眠状態に落とし、自分のアバターを仮想空間で動かす事ができる。五感で感じられたり、とまるで本当に自分が冒険しているかのようなリアル感らしい。
でも、グラフィックが荒かったり、NPCのバグが気持ち悪かったりと問題もあったような。そのころから、俺はこの会社で社畜奴隷街道を爆走していた為、知識はその辺で止まっている。
「で、そのパンゲアなんですけど。あまりにもリアルすぎて!NPCとプレイヤーとかもう見分けがつかないぐらいだし、動画とか毎日出回ってるんで、ホラ見てくださいよ!すっごくないですか?」
鼻息の荒い箱田が押し付けてきたのは、山の頂上に立ち、朝日を眺める絶景だった。
「いや、そんなドッキリ引っかかるかよ。これは普通に現実だろ」
「本当なんですって!これ、見れるんですよ!目の前で!ほら目の前をドラゴンが!」
「合成だろこれ」
息をのむような景色に、急にドラゴンが映り込む。
撮影者は慌てているようだが、そのドラゴンの鱗の一枚一枚まではっきりと見える。あ、火を噴いた。
「なんで信じてくれないんですか!いいですか、この『ジョーボン絶景チャンネル』は、結構人気の配信なんですけど。急にドラゴンに襲われてデスペナルティ食らっちゃったんですよね。ジョーボンさん」
箱田はどこか面白そうに言う。
人に勧めているのに、ゲームオーバーした動画見せてどうすんだよ。
「デスペナルティって死んだときになんか、ペナルティ貰うやつか」
「そうです。パンゲアでは所持金を3分の2失うんですよ、酷いっすよね。」
「ヤダなそんなゲーム。それなら、そもそも金持たずにいたほうがいいじゃん。」
「いや、ふつうはそんなホイホイ死にませんよ。これはたまたまですよ。あとパンゲア内でアイテムとか買ったりするときにお金持ってないと。回復薬とか。」
なるほど。そこは王道らしい。コンセプトは「自由なる剣と魔法の世界を」だから、RPG要素はしっかりとしているらしいな。聞けば高高度AIとスパコンによって、NPCも流暢にしゃべるらしい。むしろNPCごと性格とかも持っているらしいし、結構自由に行動していると言う。シナリオも、プレイヤーごとに随時更新されていく形で、「変動性」だそうだ。つまり、一人として同じシナリオで遊ぶプレイヤーがいない。すごい話だ。
だが、イベントや特定のボスとのシナリオなどは共通らしい。それもそうか。
あと、NPCとプレイヤーと見分けはつくのかと聞いたら、そこは問題なくお互いに勝手に認識できるらしい。剣と魔法の世界は、AIとスパコンによるご都合主義のようだ。
「んで、これいくらなの」
「税込み100万です」
「……たか」
「だから悩んでるんじゃないですか!」
箱田は天井を眺めながらうなっている。そして、急に思いついたようにそうだ先輩!と叫び出した。
「私と一緒にパンゲアやりません!?」
「……マジ?」
「大マジです!どうですか?吾妻先輩、要領いいし冷静だし、パンゲアもきっと私より上手にできると思うので!吾妻先輩がいると心強いです!」
箱田は上目遣いで俺に頼んでくる。揺れるポニーテール。どうでもいいけど美少女のポニーテールって、良いよな。
綺麗だし子犬のような愛嬌のある顔で頼まれると断りづらい。なんでこいつはこんな可愛いのにブラック企業に片足突っ込んだウチで勤めてんだ。ホワイト企業行けよ。弊社の七不思議です。
俺はわかったよ、とパンゲアを一緒に始めることにした。
箱田のこういうところは、特に俺に気があるというわけではなく、他の男性社員に対してもこういう感じなのだが。
どうも!異性から恋愛対象として見られず、
ゲームで役立つ先輩として見られる、ただの悲しい男です。職場の先輩として頼られるのはありがたいんですけどね。
まぁ実際。
趣味にしても、筋トレと時代劇を見るぐらいしかないし、友達もえげつないほど少ない俺は、睡眠を取りながら遊べるパンゲアに魅力を感じた。
夜中に1人で「大胸筋君、今日もいいパンプアップできてご機嫌だね」とか布団の中で言ってるよりは、マシだろう。
このパンゲアでは、現実世界のおよそ8倍のスピードで時間が進むらしい。つまり、こちらの3時間が向こうでは24時間計算になる。
中途半端ブラック企業だから帰る時間は遅いし、休日は結構少ないうえに疲れ切って寝てしまうからな。寝てる時間で冒険なり絶景なりを楽しめたり、友達を作ったりと遊べるのは良い。
しかし、後輩と一緒にゲームをする手前、先輩として恥ずかしい真似はできないな。
俺はそう考えて、徹夜帰りの深夜テンションでフルダイブ型VRMMOの機材を購入した。60万?社畜舐めるなよ。使いどころ無いから貯まってんだこっちは。
と言いつつも貯金をあらかた吐き出してしまって後悔はしている。
家の布団にたどり着き、軽くヘッドギアの説明を読むと俺はさっそくパンゲアをダウンロードした。そういえば、このヘッドギア、パンゲア専用のヘッドギアになっているらしい。
ガン決まった目で電気屋の兄さんがそう説明していた。あそこもブラック企業だったね。世の中は怖いもんだ。
「―ダウンロードが完了しました。」の文字が、2時間ほどしてようやくヘッドギアの表面に表示される。俺は布団に横になると、ヨシ装着。すぐに綺麗な音色でアナウンスが流れた。
『Glory of Pangaeaへようこそ』
見渡す限り青色に広がる何もない空間におっぽり出される。もうこれ睡眠状態に入っているのか。すごい技術だ。アバターらしき自分の手足も、まるで自分の体のように動かせる。
てかこれ、自分がそのままこっちの仮想世界に来たぐらいのクオリティだな。テンション上がってきた。
『まず、名前と己の姿から選んでいくのです』
アナウンスがそう続ける。目の前にアバター設定画面が表示された。突然で少し驚いたが、俺は上がりっぱなしのテンションで名前を適当に「雷門」にして、自分に近いアバターにした。
俺はポンポンと決定していく。
『次に職業を選ぶのです』
これは目を付けていた職業がある。パンゲアでは5万種近い職業があるようで、ステータスや能力に色々な差が出るらしい。だから俺は
「サムライを選択してっと、はいはい決定決定」
時代劇ファンからすると、男のロマンだよな。サムライ。
俺はマニュアルを最初は見ずにゲームを進めたいタイプなので、あまりパンゲアの情報は仕入れていない(ほぼ仕入れていない)。RPGだって、コントローラーでカチカチやってたぐらいの知識しかないけど。
だが、このサムライという職業があるのは動画で軽く見た。刀を手に戦い、エフェクトが輝くと目に留まらぬ速さで移動し敵を切る。
近接戦闘の名手。やはりこれだ。サムライに限る。
俺は自分のサムライ姿を想像し、ニマニマしながら次から次へと来るアバター設定を、あまりよく見ずに決定ボタンを押していた。
あとから考えれば、この時キチンと選んでおくべきだったと激しく後悔することになるんだが。
『最後に降り立つ地点をお選びなさい』
俺は目の前に広げられたマップを眺める。このパンゲアは大きく6つの「国」と呼ばれる地域に分かれており、それぞれの地域の特色があるらしい。よく知らない。
「でも、サムライは「ヤマトの国」に降り立つだろ。」
「ヤマトの国」はもう江戸を再現したかのようなクオリティの街並みに、NPCもみんな江戸時代のような姿らしい。どっかのテーマパーク江戸村のように。それに、サムライもゴロゴロといるらしいし。
国ごとの移動は自由らしいので俺はとりあえず、「ヤマトの国」の人里離れた森の中に降りることにした。
だって、ずっと旅行とか行ってないし、綺麗な景色をまず見たいじゃん。ちょうど森の中に、ほら空き地みたいなのがある。ここにしよ。
『我が子よ。それでは、いざパンゲアの地へ降り立ちなさい』
さぁ、いよいよ俺こと「雷門」の冒険が始まるぜ!
俺の意識はここで一瞬途切れた。
御厄介になりますが、何かございましたらご連絡ください。