第一話
気づいたら、のどかな森にある開けた場所にいた。
上を見上げれば、どこまでも広がる澄んだ空。
豊かな緑の向こうに、雪化粧をした山々が見える。
小鳥が空の彼方へと飛び去り、蝶はヒラヒラと花の周りを舞っている。眼前の風にそよぐ緑が、美しかった。
「オイ」
こんなのどかで、綺麗な景色なんていつ以来だろうか。
五感の全てでこの世界を感じられる。匂いも、感触も。
「オイ、お前」
最近は仕事が忙しすぎて、どこへも行けなかったからな。
「……そこのフンドシ一枚の気色悪い人間。お前だ。」
そんなヤバい変態なんて、この綺麗な景色のどこに潜んでいるんだろう。俺は辺りを見回す。なんだ。
10メートルぐらい離れたところに、大きな鬼みたいな人がいる。
あの鬼さんは、服、着てるな。
「……?」
俺は仕事のしすぎで、変な夢を見るようになったのだろうか。ふと自分の体を見ると、履いたことのないフンドシだけ装着してるし。
なんかスース―すると思ったわ。
「人間。ここで何している?」
不機嫌そうなその人がめっちゃ話しかけてくる。身長は2メートル以上あるだろうか。赤く色づいた筋骨隆々の肉体は芸術品のようだ。額に大きく生えた2本の角が日の光を浴びて輝いている。
眩しいな。これが本物の陽キャラってやつ?
……何考えてんだ俺は。
鬼さんは、薄汚れた着流しを腰に巻き付けたしめ縄で縛り、ぶら下げていた瓢箪を口に運んだ。強烈な酒の匂いがする。なんかゲップしてる。汚ねぇな。
俺は、とりあえず社会人たる礼儀を炸裂せることにした。
そう。ニッコリ笑顔でご挨拶!
「こんにちは!あの……どちら様ですか?」
「‥‥・こっちのセリフだボケ」
我が領域に勝手に入りおって、と鬼さんは呟く。
気づくと俺の目の前に、うなりを上げて赤い拳が迫ってきていた。
あ、この鬼さんは肉体言語が好きな原住民さんタイプだったのか。俺の顔より遥かに大きな拳だなぁ、と俺は他人事のように思った。
「え?」
おいおいちょっと待て。これ俺死んだんじゃねぇか。
勝手に走馬灯流れ始めたよ。俺の小さな脳内に、過ごした日々が思い返される。
小さいときは野山で走り回って、いっつも泥だらけになってた。帰ってきたら母さんはいつも優しく笑ってくれたっけ。父さんは無口な人だったけど、一緒にキャッチボールとかしてくれた。遊び場はいつも自然だったから、小学校も中学校も、いっつも秘密基地とか作って。でも初恋のあの子の前では格好つけちゃってたな。へへ。
「ぐぼぉふぇっ!!?!」
俺は首がひん曲がるほどの衝撃を顔面で受け止めて、5,6メートルを宙に舞った。ものの見事に吹っ飛ばされた。
「ぐぅ……」
え?ちょっと痛い。実際にふっ飛ばされたら気絶するだろうけど、いや、痛い。ゲームなのに。俺はこの痛みで逆に冷静になってきた。
だいたい俺の母ちゃんはいつもガンガン切れて俺の事ひっぱたくし、親父は陽気で運動音痴。都会育ちだし、初恋は二次元の向こう側だわ。なんださっきのエセ走馬灯は。へへ、じゃねぇよ。気持ち悪いな。
「‥‥あー」
寝ぼけてた俺は、フンドシのポジションを直す。フンポジは大事。俺は殴られた痛みで、ようやく自分が何でここにいるのかを思い出してきた。
御厄介になりますが、何かございましたらご連絡ください。




