終章
部屋に戻ろうとしたら、入り口でマルダに呼び止められた。
フェルダ公爵とサナデル皇子が、私に話があるということで、応接室で待っているという話だった。
迷ったが、二人を私の部屋へと案内する。ルワンには、入り口で待って、レムスたちが来たら、私の部屋に来るようにと頼んだ。
応接室よりも、結論的に言えば、研究室の方が人目を引かない。
公爵とサナデル皇子の表情は、当然と言うべきか、硬かった。
研究室は、貴賓を迎え入れるようにはなっていないが、部外者が立ち入ることはない。
「魔光蟲は、すべて捕虫しました」
「そうか。よかった」
武骨な木の椅子に腰かけながら、公爵は心から安堵したようだった。
「話は全て公爵から聞いた。厄介なことだな」
皇子は前置きを省き、本題に入る。
「まったくです。魔光蟲自体は、珍しくもなんともない、というところが困ったことで」
私はため息をついた。
「父上には、報告せねばならないが、ルバトに知られるとやっかいだ」
「そうですね」
皇子本人もそうだが、ルバト皇子周辺の人間はとにかく血の気が多い。
国家事業として行うなら、まだ良いが、『勝手に』研究を始めないとも限らない。
「幸い、というべきかレーゲナスの森は、フェルダ公爵領の管轄にある。こちらの目は届きやすい」
「しかし、あまりにも露骨に警備するのも、目立ちます」
人の噂に戸は建てられない。警備を強化すれば、当然、その情報はどこかで漏れる。
「何もなかったことにはできないのだろうか?」
フェルダ公爵が苦し気に呟く。
「どうでしょう。たとえ、今回は乗り切ったとして。何も手を打たなければ、また、誰かが同じことを試みるかもしれません」
魔光蟲を間近でみたい。そんな、要求は、ずいぶん昔からあった。
何度も何度も試みられ、失敗していた。それでもあきらめきれずに挑戦したというのは、フェルダ公爵自身なのだ。同じような願望を抱く人間がいない保証はない。
「最終的には陛下の判断を待たないといけませんが、今いる魔光蟲についてはいかがしましょう?」
既に魔存器に捕らえた分はともかくとて、公爵の屋敷にはかなりの数がいる。厳重に保管しているとはいえ、事故が起こる可能性もあるし、また、機密が漏れる可能性だってある。
「できれば、レーゲナスの森に返す、もしくは森のそばに隠すのが賢明かと」
「そうだな」
サナデル皇子も私の意見に同意する。
「部下を同行させます。とりあえず、できるだけ秘密裏に、話を進めませんと」
最終的にどうするかを決めるのは、魔術師である私の仕事ではない。
だが、その判断基準であるものを積み上げていくことは、魔術師にしかできないことだ。
「なんにせよ、大変なことになるな」
サナデル皇子が大きくため息をついた。
その後。会議が立て込み、とにかく忙しかった。家にもほとんど帰れない日々が続いた。
ようやく、今後の方針が決まり、レムスとジェシカを呼び戻すことができたのは、二人を送り出してから十日たっていた。
「と、いうことで、戻って参りました」
レーゲナスの森から呼び戻した二人を見て、私はほっとした。
二人の表情が柔らかく、雰囲気が甘やかになっている。
「こんな大変な時期に恐縮ですが、俺達、婚約しました」
「室長には、お見合いの話をすすめて頂いていたのに、申し訳ございません。先方にも、なんとお詫びしたら良いか……」
私は苦笑するしかない。
二人とも私が驚くと思い込んでいる。
「言っておくが、見合い相手なんぞおらんぞ」
「え?」
「もっとも、十日もの間、二人で出張して、何事もなかったら、探すつもりだったが」
二人して、キョトンとしている。真面目に心を秘めていたつもりだったのだろう。
「お前たちを親友と思っていたのは、お前たちだけだよ」
私は肩をすくめた。
「何にしても仕事が溜まっている。イチャついてきた分、働いてもらうからな」
「はい」
二人の顔が幸せそうに朱に染まる。
私は、書類の束を取り出したのだった。