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僕ラノ戦争  作者: 影都 千虎
再戦
98/104

7.昼夜海菜

 単体で戦い続けた黒岩暁と、それを助けようと飛び込んだ空美の手当てを戸垂田小坂と共にしている間に、真っ黒い槍が月明葉折を貫いていた。


「葉折君ッ! 葉折君ッ!!」

「落ち着けオト! お前は降りたらアカン!」


 上空では魔方陣から飛び降りようとする嘘誠院音無と、それを止めようとする囚我先生が揉み合っていた。どちらの気持ちも分からなくはない為に、ほんの少し、痛みを胸に感じる。


「……戸垂田小坂。お前は私が守る。だから月明葉折を診てくれ」

「ああ……!」


 黒岩暁は眠っている。空美に彼女を見ているよう言って、私は立ち上がった。戸垂田小坂は歯が削れるほど強く歯をくいしばって、月明葉折の元へと駆け出した。

 月明葉折の近くでは、一人の女が嘘誠院狂偽とたたかっていた。黄緑色の肩よりやや長い髪を揺らして戦う彼女はどこか雨宮雪乃に似ている。もしかして、雨宮気流子なのか? でもサイズが……というか、外見年齢が明らかに上がっている。

 と、そこまで疑問を抱いたのだが、地面に転がった赤い欠片を見て納得した。そういえば前にも、雨宮気流子は髪留めを破壊されることで成長を遂げていた。髪留めは封印だといっていたか。

 雨宮気流子はシャボン玉のような玉をいくつも自分の周囲に浮かべて、泣きそうな目で嘘誠院狂偽を睨み付けていた。


「君さぁ……魔法が嫌いとか言ってなかったっけ? バリバリ使うじゃん」

「そう言ってる場合じゃないからね……。あなたは、絶対に許さない」

「怖い怖い」


 にこりともしない雨宮気流子と、ヘラヘラと笑う嘘誠院狂偽。先に動いたのは雨宮気流子だった。

 宙に浮かべられたシャボン玉のような玉は、ゆったりとした動きで嘘誠院狂偽の方へ流れていく。と、思えば突然その中のひとつが弾けて、連鎖的に次から次へと玉が弾けていった。一つであればなんともないような爆発。だがそれが幾つも幾つも重なって、しかも爆発のあとに玉を作っていた水が全て出てくれば、それは相当な量となる。

 ドドドドド、と水の音が激しく響いて、気付けば辺りは足首が浸かるぐらいまで水が貯まっていた。更に、貯まった水は雨宮気流子の近くでぼこぼこと沸き上がり、次第に形を作っていく。


「……蛇? 君、蛙が友達なんじゃなかったっけ?」

「そうだよ。だから蛇が怖いの。怖くて、強いんだよ」


 そう言うと同時に、水でできた蛇は大きな口を開けて物凄い速度で嘘誠院狂偽に喰らいつこうと突撃した。


「……なるほどねぇ」


 だが嘘誠院狂偽は腕を横に薙いでそれを崩れさせる。相変わらず特になんとも思っていないような涼しい顔だった。

 しかしまあ、それだけで終わるわけもなく。

 嘘誠院狂偽と戦うのが一人だけだ、なんてルールがあるわけもなく。


「『鎖ノ罠(チェーン・トラップ)』!!」

「おおっと?」


 未だに囚我先生に羽交い締めにされたままの嘘誠院音無が叫ぶと、上空から紫色の鎖が降って、先程まで嘘誠院狂偽が立っていたところに突き刺さった。

 と、同時にどこからともなく笛の音が聞こえて、先程消されたばかりの水の蛇が何体も現れ私たちを囲った。


「蛇使いに笛なんて定番だと思うんだよね」


 じゃぶじゃぶと水溜まりの中を歩きながら風が笑う。そしてまた横笛を吹くと、現れた蛇が一斉に嘘誠院狂偽を襲った。

 更にその後方では時雨が鉄扇を持って舞い踊る。それによって産み出された風が、蛇に紛れて嘘誠院狂偽に斬りかかる。

「うーん、これはちょっとばかり厄介みたいだ」嘘誠院狂偽はそういって困ったように笑う。「でもまあ、どうにもできない訳じゃないね」

 ほう?


「ならばどうにもできなくなるようにしてやろう!」


 時雨の風に紛れて私も斬撃を飛ばす。気付けば空美が私を様々なところへテレポートさせてくれていて、嘘誠院狂偽を四方八方死角無しに切り刻める状態になっていた。流石空美だ。

 私たちの攻撃はこれだけでは終わらない。

 雨宮気流子が更なる大蛇を産み出して、嘘誠院狂偽に向かわせる。

 上からは嘘誠院音無の紫色のトランプが雨のように降り注いでくる。

 逃げ場はない。私でも斬り伏せられない手数だ。稲荷様でもこれを焼き付くして無効化するのは難しいだろう。


「よ──いしょっと」


 だが嘘誠院狂偽はそれを腕一本。右手だけで全てを切り裂いて、その場から一歩も動くことなく、かすり傷ひとつつけることなく対処してしまう。

……は、有り得ない。

 何をどうしたらそうなるんだ。

 一瞬見えた嘘誠院狂偽の右手は、薄く何かを纏っているようだった。恐らく、それは魔力。きっと、右手だけではなく全身に纏っているだろう。

 そして、その全身に纏った魔力は、私たちの攻撃の全てを()()()()()()()

 こんなの──こんなの、どうやって戦えというのだ!

 どうやって弱らせろと、隙をつくれというのだ!

 絶対に無理じゃないか、こんなの──


「じゃ、次は俺の番ね。往け──『流星の奏でる破滅(スターダスト)』」


 私たちが狼狽えた隙を狙って、嘘誠院狂偽は左腕を上空へ伸ばした。すると空から無数の岩が私たち目掛けて降ってくる。降ってくる!


「くっ……」


 こんなの直撃すればただではすまない。押し潰されて死んでしまう。しかしこの数──凌げるか?

 月明葉折の葉の雨とは訳が違う。こんな大きな岩、一度斬っただけでは足りない。何度か斬らなければ無力化出来たとは言えない。

 腕を、足を、全身を振るって、空美の力を借りながら降り注ぐ岩を切り刻む。だがやはり私だけではどうすることも出来なくて、雨宮気流子の蛇が岩を喰らい、時雨が斬り損ねた分を刻んでくれる。これで、ギリギリ。


「上ばっか見てるとダメだよ?」

「うっ」

「時雨さん!」


 まだ嘘誠院狂偽の術は発動したままだというのに、嘘誠院狂偽は動き出している。そしてその拳が時雨の腹を捉えていた。

 かと思えば今度は雨宮気流子の背後に現れて、反応の遅れた後頭部に組んだ両手を振り下ろす。ぼちゃん、と雨宮気流子が水溜まりの中に倒れた音がした。

 それでもまだ、岩の雨は止まない。

 いつまで続く? いつまで切り刻めばいい? そろそろ腕が限界だ。だが、ここで私が力尽きてしまえば、全員が岩の下敷きになってしまう。何か、手は……。

 風の頭上、空美の頭上、戸垂田小坂の頭上。色んなところに飛んで岩を刻み続ける。

 だがやはり私だけでは足りなくて、空美の集中力が無限に続くわけでもなくて、気付けば私のすぐ上に巨大な岩の影があった。これはもう、避けられない。そして、今から斬っても間に合わない──


「『ドラゴンブレス』!!」


 死を覚悟した。

 だが岩が私に直撃することはなく、それどころか、それ以上岩が降ってくることもなかった。代わりに、真っ赤な炎が上空を覆っている。


「おい暁! お前、何勝手に動いてんだ!」

「っは、こんな状態で寝られるほど図太くねーんですだよ!」


 吠える戸垂田小坂を、黒岩暁は鼻で笑って見せた。だが見たところ口で言うほどの余裕は無い。

 立っているのがやっとのように見えるし、身体の所々がひび割れた岩に変質している。両足と両腕は炎に包まれたままだ。あいつ、魔力に身体を飲まれてしまってるんじゃないか……?


「なーんだ、君まだくたばってなかったんだ。だったらもう一度念入りに殺してあげるよ」

「させるか!」


 嘘誠院狂偽の言葉に誰が叫んだのか分からない。動き出した嘘誠院狂偽に対して、私も、時雨も、風も、戸垂田小坂も、雨宮気流子も、空美も、嘘誠院音無も、全員が動き出していた。だが誰よりも何よりも、一番早かったのは黒岩暁本人だった。


「う、お、お、お、おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 黒岩暁が吼えて、炎が彼女の全てを包み込んだ。否、彼女自身が炎になったんだ。ダメだ、そのままでは戻れなくなってしまう。

 やっと嘘誠院狂偽に追い付く。だがただの肉弾戦では敵うわけもなく。ファーストコンタクトで私たちがどういう扱いを受けたのか、それを忘れるわけもなく。気付けば私たちは肘を腹に打ち込まれ、顎に掌底を喰らい、頭を地面に叩きつけられ、蹴りで障害物に当たるまで吹っ飛ばされる。まるで私たち全員がスローモーションでうごいているのではないかと、私と彼とでは時間の流れが違うのではないかと思うほどの圧倒的な速度で私たちは打ちのめされる。

 そして、嘘誠院狂偽が炎と化した黒岩暁と対峙する。


「さ──化け物退治だ。『王ノ制裁(シュトラーフェ・ロワ)』」


 真っ黒い槍が放たれる。誰かの叫び声が響き渡る。炎の中で、黒岩暁が笑っているような気がした。


「……ったく、何要らんことしやがってんですか、お前」


 槍は黒岩暁の心臓の辺りを確実に突いていた。その筈だった。

 だが実際には黒い槍は黒岩暁の左肩を貫いている。ずれたのだ。


「葉折……?」


 その原因である月明葉折にはもう意識が無い筈だった。だがまだ息はある。だから戸垂田小坂が見ていた。筈だった。

 だがいつの間にか彼は消え、嘘誠院狂偽と黒岩暁の間に現れた。そして、二本目の槍に心臓を貫かれている。


「……やっぱり、殺しとけばよかった」

「……ああ、残念だったですだな!」


 嘘誠院狂偽が笑い、黒岩暁も笑った。そして三人は真っ赤な炎に包まれた。


「暁ちゃん……暁ちゃんッ!」

「よせ、近付くな!」

「そうそう。動かない方が身のためだよー?」

「……は?」


 泣きながら暴れる雨宮気流子と、それを抱き締めて止める戸垂田小坂。そして、その後ろで囁く()()()()()


「な、なんで……だって、今、暁さんが……」

「吃驚しちゃうよね。まさか自分と彼ごと、槍使って俺を燃やしにくるんだもん。お陰で火傷しちゃった」


 ヒラヒラとふられた嘘誠院狂偽の右手は黒く焦げていた。だがそれだけだった。

 黒岩暁の炎はいつの間にか消えていて、そこには全身が黒く焦げた状態で絶命した二人がいた。


「これでやっと二人。飽きたし、そろそろ遊ぶのもやめようかな」

「──は」

「『回宙刃(ジャグリング・ナイフ)』──じゃ、全員死んで? 勿論、音無以外ね」


 二人死んだ。

 二人殺された。

 その現実を飲み込む前に私たちにつきつけられたのは、避けようもないくらい完璧に配置された大量のナイフだった。

 何十本ものナイフが、一人一人に刃を向けている。一歩でも動けば確実に滅多刺しにされるだろう。

 どう動けばいい? どうしたら救える? 考えろ。空美を守る、そのための手段は……!


「『鎖ノ嵐(チェーン・ストーム)』ッ!!」

「ッ、音無……!」


 最初に動いたのは唯一刃を向けられていない嘘誠院音無。狂ったように暴れまわる鎖が刃を絡めとり、撃ち落としていく。よくやった。褒めてやる。

 嘘誠院狂偽に隙が出来た。その僅かな時間でも、彼が刃を動かせなければどうにかできる……否、どうにかする!

 ナイフを二本ほど奪い取り、その他のナイフを切り捨てていく。さっきの岩ほど斬らなくていいし、斬りごたえもない。これなら──

 まだ宙に残っているナイフが動き出す。嘘誠院音無の鎖も、私の腕も間に合わない。だとしても!


「空美だけは絶対に守るッ!」

「『桜吹雪』」


 ナイフを投げ捨てて跳ぶ。その間に嘘誠院狂偽の頭上で満開の桜が咲いていたが、知ったことではない。私の方が速い。 ナイフよりも桜よりも速く、私が空美を抱き締める。


「お、お姉ちゃん……?」


 空美の声が震えていた。その手は私の背に回されていて、私の背に刺さったナイフのうちの一本に触れている。正直、ナイフどころか桜にも全身を刻まれたので、痛みはあまり感じていない。血が全身から溢れているな、とは感じているが。

 顔を上げてみると、ポロポロと涙を流す空美の顔が視界に入った。が、その右目にはナイフが刺さっている。


「空、美……? それ、は……それはッ! 目が! 空美の目がッ!!」

「……? あ、ああ……大丈夫だよ、お姉ちゃん」


 最初にキョトンとした表情を浮かべたあとで、空美は悲しげに微笑んだ。そして右目に刺さったナイフを握ると、躊躇うことなくそれを引き抜く。


「大丈夫、こっちは義眼だから」


 引き抜かれたナイフと共に作り物の目が出てきた。そう。そうだ。空美の右目は義眼だ。でも、だからって、だからといって!

 空美を傷つけていいという理由にはならない。


「よくも……よくも空美に傷をつけてくれたな……!」


 空美から腕を離して振り替える。どぷりと全身から血が溢れたが、そんなものはどうだっていい。ただ目の前のコイツを許さない。 それだけだ。

 全身に纏った魔力が攻撃の全てを弾く? だからなんだ。だったらそれを全て切り刻んでしまえばいいだけの話だろう!


「おっと……気付いちゃったか。でも残念、もう遅いよ」

「こ、の……ッ」


 身体に隠していた刃を振るう。嘘誠院狂偽そのものを斬るのではなく、その周囲の魔力を斬ることをイメージして。

 だが私の刃は届かない。

 身に纏われた魔力を斬る前に、私の肩と腹にナイフを突き立てられ、私はその場に倒れた。

 ああ……こんな倒れかたをしてしまったら、余計にナイフが刺さるのに……。


「お姉ちゃんッ!」


 空美の声が聞こえる。だが私は動けない。

 そして嘘誠院狂偽はそんな私たちには目もくれず、くるりと身体を半回転させ、後ろから襲いかかってきた雨宮気流子へ刃を振るう。


「三人目……いや、四人目?」


 激しく血が舞った。

 だが倒れたのは雨宮気流子ではなく、戸垂田小坂だった。


「え……?」

「先に君を殺すことになるのは想定外だったかな」


 戸垂田小坂の喉から真っ赤な液体が溢れ出す。嘘誠院狂偽を挟んで、目があってしまった。なんて顔をしてるんだ、お前……。


「なんでッ……い──嫌だ、嫌だよ小坂君ッ! ねえ!」


 そんな戸垂田小坂の身体を抱いて、地面に膝をついた雨宮気流子が叫ぶ。だが喉を斬られた戸垂田小坂からは『カヒュッ』と空気が漏れる音と『ごぽり』とそれに合わせて血が溢れる音がするばかりだ。


「じゃあ、次は君だね──なんだよ、音無。せっかく守ってもらってたのに降りてきちゃったの? 困った奴だなぁ……」


 私からは見えないが、嘘誠院狂偽は確かにそう言った。その声はやや弾んでいるように聞こえる。


「もう、嫌なんです──奪われるくらいなら、失うくらいなら、僕がッ!!」

「……て、音無君」


 嗚呼、本当だ。嘘誠院音無が降りてきてしまっている。魔法が切れて、無力な少年になった嘘誠院音無がそこにいる。

 だが、そうだよな。もうどんな光景が広がっているのか私には見ることができないが、とても直視できるものではないだろう。上から見ているだけなんて、出来るわけがないだろう。

 そんな彼の言葉を黄緑色の少女が遮った。


「退いて!」


 ビリビリと空気が揺れた。

 雨宮気流子の咆哮だ。と、同時に戸垂田小坂が動いたのを私は見逃さなかった。

 そうか、今か。


「ッ! め、メス?」


 魔力の分断。戸垂田小坂は最後の力を振り絞って、嘘誠院狂偽のふくらはぎにメスを突き立てた。

 そしてそのメスを私が受け取り、もう一度突き立てる。今度は、身体を覆う魔力を切り刻むように。


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 そして雨宮気流子が水を纏った拳を振るう。その拳がどこに当たったのかは分からない。だが、ダメージを与えられたのは確実だろう。弾くものは取り除いたからな。

 雨宮気流子の絶叫は尚も続く。ビリビリと空気が揺れ続けて、耳がおかしくなりそうだ。

……全く、最期は空美の声だけを聞いていたかったよ……。

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