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僕ラノ戦争  作者: 影都 千虎
再戦
93/104

2.雨宮雪乃

 気付けば私たち三人以外の全員が居なくなっていて、そして見覚えのあるクズとその取り巻き達が私たちを取り囲んでいた。どうやら綾が空美ちゃんの能力を拝借して飛ばしたらしい。私と……あと風使いの彼が残っているのは、我殿に対する復讐を一緒にさせてくれるという粋な計らいかしら?


「やぁ我殿。会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて、本ッ当に会いたくて仕方なかったよ」


 現れた全身真っ黒い生命体に対してにっこりと輝かしい笑顔を向ける綾。恐怖映像でしかない。感情がしっかり戻ってきた今、綾はもう笑う必要なんて何処にもないのに笑っているのだ。さぞはらわたが煮えくり返っていることだろう。何を切っ掛けに爆発してしまうか分かったもんじゃない。

 対する我殿はそれを知ってか知らないでか、「ははは、愛されてますねぇ」なんて笑うのだった。状況がもう少し違っていれば笑えたやり取りだったかもしれないけど、なんにも面白くない。なにも笑えない。

 一方で風使いの彼は家族の仇である我殿を前に、とても大人しくしていた。音無少年に対してあんなに恨みと憎悪をぶつけていたのにこの反応は意外ね。まだこいつが悪いのだと理解しきれてないのかしら?


「……無駄話は後にしてくれない? 僕は今すぐにでもこいつを切り刻みたい気分なんだよね」


 違った。感情で無駄なエネルギーを消費せず、我殿への攻撃に力を温存しているだけだった。そして、それはいつだって放つことが出来るようになっている。綾よりも冷静だけど、思考能力はかなり低下していた。思考にもエネルギーを向ける気が無いのだろうけど。

 私はといえば、こうして大人しく二人を見守りながら周囲の観察を続けている。

 我殿に恨みがないわけではない。殺したいと思わないわけでもない。でも、この二人よりはその感情のレベルは低い。そういう黒い感情を抱く前に姉妹仲良く死んだからかしら。死んだ覚えはないのだけれど。

 綾が放った雷のお陰で、私は今ロクに幻術を使うこともできない。だから、なにもしないでこうしているのは不可抗力なのだった。もしかしたら、風使いの彼のように、無駄な力を使わずに、いつでも全力の攻撃を初っぱなに放てるようにしておけという暗示なのかもしれない。私たちの考えを読み取るのも容易だし。


「なんて、そんなわけ無いでしょう?」

「──は?」


 誰かさんの間抜けた声がした。そうよ。そのアホ面が見たかったの。

 この私が、憎い男を前に大人しくしていられる訳がないでしょう?

 全部嘘。大人しくしていたのも嘘。周囲の観察をしているのも嘘。綾のお陰で、今ロクに幻術を使うことも出来ない、なんていうのも嘘。


「貴方みたいなのは虚無の世界をさ迷ってるのがお似合いなのよ」


 そう笑いながら、私の姿は溶けて消えていく。そうよ。私がそこにいるということすら嘘よ。

 では問題です。私は今、一体どこに居るのでしょうか?

 答は──


「ふふ、始めるのは君だと思ってたよ、雪乃」


──教えるわけないじゃない。

 さあ、始めようかと言う綾の言葉を合図に、森中に設置された巨大な氷柱にかけられた幻術が解けて姿を現す。そして勿論、それは地面に向かって降り注ぐ。


「これはこれは──なかなかに悪趣味だ」


 氷柱を見るなり我殿はそう呟くと高く跳んで近くの木に飛び乗った。その直後、()()から剣山のように氷柱が飛び出す。残念、バレちゃったみたいね。

 そう。氷柱が降ってくるというのも嘘。実際に面が設置していたのは地面。上のは只の幻よ。


「せっかく集めた可愛い傀儡(ぶか)たちに何をしてくれるんですか。全く、これだから血の気の多い娘は」


 我殿はそう言うけど、『可愛い傀儡(ぶか)たち』は氷柱に串刺しにされてもピンピンしていた。それどころか、その氷柱をへし折ってこちらに向かって槍投げの要領で投擲してくる。これは流石に予想外だった。

 だけど、心配には及ばない。


「『鎌鼬(カマイタチ)』」


 風使いの彼が吐き捨てるように言って、投げられた氷柱を粉々に砕いていく。その精度は最高で、正に粉々になった氷柱は雪のようになって地面を白く染めた。風にのってキラキラと舞う様はとても幻想的だ。こんな状況でなければだけれどね。


「『氷雨(ヒサメ)』」

「『辻斬(ツジギリ)』」


 敵の頑丈さが十二分に分かったところで、二人は間髪入れずに二撃目を放つ。綾は動きを封じる雨を、風使いの彼は問答無用で切り刻む風の砲撃を、それぞれ広範囲へ連続して放っていく。

 私? 私は勿論、それを無限に増やしていく。どれが本当なのか分からない。もしかしたら全てが本当なのかもしれない。或いは全てが嘘なのかもしれない。そうやって思考に囚われて少しでも動けなくなれば──なんて思ってたけど無駄みたいね。思考するだけの自我すら我殿に奪われて、攻撃を回避するという手段すらとることができずに突っ込んでくる。

……こうなると、幻術は諦めて物理的に戦う以外の道がないわね。


「こうしてみると掃き掃除みたいね」


 鼻で笑ってやりながら、私はその辺の木を引っこ抜いて、突っ込んでくる奴らを凪ぎ払う。綾の氷と風使いの彼の風で機動力を失っているから簡単に動いてくれる。さあ、道を開けなさい。というか引っ込んでいなさい。私たちは我殿を叩き潰すことしか頭に無いのよ。

 開かれた道を駆け抜けて、二人は木の上で高みの見物をしている我殿に、ほぼ同時に殴りかかる。その拳はそれぞれ氷と風を纏っていて、直撃すればただではすまないのは明らかだった。そして、木の上にいる我殿にはその拳を避けることは不可能であるはずだった。


「危ない危ない、危うく顔面が吹き飛ぶところでした」


 確かに避けてはいない。だけど我殿は余裕の表情で、二人の拳は名前も知らぬ二人の屈強な男の腹に突き刺さっていた。いつ沸いて出たのよ、この二人。

 突然そこに現れたとしか言い様のない二人の足元には木の枝も足場となるなにかも無く、拳の威力に身を任せて吹っ飛んでいく。その後で、綾と風使いの彼も重力に従って地面に向かって落ちていく。


「いいんですか? 素直に降りてしまって」

「ッ、綾!」


 ニヤリと笑った我殿を私は見逃さなかった。だけど、何も出来なかった。

 叫んだところで遅く、二人が着地したところには先ほど殴り飛ばしたのと似たような、筋肉の塊とでも表現したくなる屈強な男が十数人ほど待ち構えていた。


「ッ、吹っ飛べ──『(カマ)──」

「潰しなさい」


 屈強な男たちは我殿の命令を合図に、雪崩のように二人めがけて突っ込んでいく。


「この……ッ、邪魔よ!」


 私はその男たちを持ったままの木で凪ぎ払おうとするが、似たような男たち数十人によって止められてしまった。木を三人がかりで掴まれてしまえばもうどうすることも出来ない。びくともしない。流石に男ごと振り回すだけの力は私にはない。……気流子にならできたかもしれないけれど。


「『スノーマン』!」


 数に押しきられてしまうなら、こっちも数を用意するしかない。持っていた木を手放して、八体の雪だるまを男たちに向かって転がす。それから吹雪で一旦私の姿を眩ませて──


「んふふ、させませんよ」

「!?」


 幻術に身体を溶かそうとした私の腕を掴んだのは、気色悪い笑みを浮かべた我殿本人だった。……え? 掴んだ?

 術はほぼ発動していて、こうなれば私の身体はどうやったって掴むことは出来なくなる筈なのに。見えている私の姿と、私の本体は全く別の場所にある筈なのに。この男は、何故……。


「お忘れですか? あなたは、あなた方は、一度負けて死にかけて死んで、そして喪ってるんです」


 一瞬、チクリとした痛みが走った。裁縫中に針でほんの少しだけ指先を刺してしまったかのような、あまり気にも留めないような、そんな痛み。


「そのあなた方が何回やったところで勝てるわけがないじゃないですか」


 我殿はそう言って私の腕を離して微笑んだ。

 次の瞬間だった。

「あ゛ッ──」刺された箇所が、腕が、足が、胸が、背中が、腹が、首が、頭が、全身が雷にでも撃たれたような痛みを発する。全身が悲鳴を、絶叫を「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

──い、痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ! 何も考えられない、痛いことしか考えられない。何なのよ、一体何だっていうのよ!


「痛みだけを与え続ける毒です。どうです、気に入りました?」


 我殿が何かを言っている。楽しそうに、クスクスと笑いながら。でもそんなの知らない。そんなのどうだっていい。そんなことよりも、そんなことよりも──


「そういえば、あなたは以前もこの毒で動けなくなって、目の前で妹を死なせていましたっけ?」


 時間が止まる。視界が真っ黒に塗りつぶされていく。

 ため息をついてしまうほど綺麗な夜空。澄んだ空気。沈んだ故郷。絶叫をあげ続ける、私の身体。

 私はそこで、私はそのとき、私は──


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

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