7.囚我廃人
あまりにも恥ずかしいことをオトがボロボロこぼすもんだから思わず寝かせちまったけど、俺、これ運ばんといけないんやな? それはちょっとなぁ……俺そんなに体力あるわけやないし、鍛えとらんし。意識のない人間動かすのって超絶重労働なんやで? 寝かしたの俺やけど。
ま、オトの治療もせんといかんし、ここは一肌脱いでやるしかないなぁ。可愛い可愛い弟子のためや。
この森はちと面白い作りをしとってて、森のほんの一部分だけ人が手を加えて整備した場所がある。公園みたいなもんだったんかな。橋みたいに板を組み立てて道が作られとって、たまに屋根付きのベンチがあるん。割と静かなところでエエとこなんよ。オトも昔、ひとりぼっちでそこにいたっけなぁ。
久し振りに会ったからか知らんけど、オトは随分と素直な子になったもんや。あんな可愛いこと言い出すなんて夢にも思わなかったわ。
好きな人の影響か、それとも家族みたいなモンが出来たからか。きっと、どっちもやろな。可愛い弟子をこんなに変えてくれやがったんや、こっから先、オトを泣かすようなことしおったらお師匠は許さんからな──とか言ってみたくなっちゃう気分や。楽しいねぇ。
楽しい楽しい。この気分を台無しにせんためにも、なんとか仕事はせんとな。色々とぶち壊してるやつをお師匠様が見つけたるわ。
「あぁー、どっこいせー!」
一々声を出さんと動けんから年っちゅーのは嫌なもんや。出ちゃうんやけどな。
声を出して、担いでいたオトを目的のベンチに下ろして俺も座る。疲れたわ、うん。なんだかんだ頑張ったと思うよ、俺。ちゃーんとオトをここまで運んだんやからな。
さて、休憩しがてら今度は頭を動かそうかね。考えるのはもちろん色々とぶち壊してる不届き野郎ののことや。目星は一人だけついとるけどな。
つっきーの家族が殺されたっつーのは、俺にとってはかなり大事なことや。つっきーにとっても大事だけどな?
ずっと考えてたことがある。なんで時雨さんはつっきーと同じ風属性なんやろうって。たまたまそういうもんや思ってあんまり気にせんでおいたけど、そうもいかなくなってきた。
時雨さんが風を扱うのも、つっきーと波長が合ってて、暴走しようがなにしようが絶対につっきーにだけは攻撃しないのも、全部世界が滅んだ日に関係してるんじゃないか。
あのとき、時雨さんが産まれたとき、つっきーは殺されようとした。つっきーの家族は殺されていた。
あのときの神様の干渉の仕方が、『今この瞬間の願いを叶える』なんて具合に大雑把なものだったら。干渉されたのが、俺とオトだけじゃなくて、他にもいたとしたら。そうすれば、つっきーが世界が滅んでも生き残った理由に説明がつく。つっきーがその瞬間に『生きたい』と願っていればエエんやからな。
そしてもう一つ、琴博一家を襲った野郎。そいつの目的はなんやったんやろうか。あくまで俺の想像だが、そいつの目的が『琴博一家の風の力を手に入れること』だったとして、そいつが『風の力よ相応しいところへ』なんつって願ったとしたら? その結果、その瞬間誕生した時雨さんが琴博の風の力に相応しい器と判断されて、時雨さんが風遣いになったとしたら。うーん、俺的にかなりしっくり来る仮説やな。
ただ、この仮説が正しいとしたら、一つの問題点が浮かび上がる。
今のところ、神様に干渉されて願いを叶えた奴はみんな生きとる。世界もろとも消え去ってない。っつーことは、琴博一家を襲った野郎はこの世界のどこかでまだ生きとるっつーことや。そして、生きてるなら琴博の風の力を手にいれるチャンスを窺ってるかもしれない、なんて想像までできる。
この世界で今生きている人間は限られとる。よって、その不届き野郎もかなり絞られてくる。
さて、俺が思った通りならちょっと不味い状況やな。今は全員がバラバラに動くことになっとるから、時雨さんが襲われたとしてもすぐに助けにいくことができん。気付くことすら出来んかもしれない。この魔力探査機でどこまで把握できるのやら……。
探査機を起動してこの森のほぼ全域を把握できるように設定すると、ものの数秒で魔力反応がポツポツと表れた。この反応の色で誰かっつーのを判断すればエエわけや。名前まで表示できたら楽やったんやけど、現段階じゃ俺の技術がそれの実現に届かんかった。
「あーっと……? この緑は……ああ、蛙の子か」
時雨さんは案外近いとこにいて、時雨さんの魔力反応の隣には緑色の反応があった。蛙の子が一緒かぁ……ちゃんと目的は果たせたっぽいけど心配やな。この状態で襲われたら無事でいられる保証がない。つっきーは……ダメやな、時雨さんから意図的に離れとるわ。
時雨さんたちの反対方向には海菜っちと真っ赤な反応が一つ。ちょっと前に見たときとは随分と赤さが変わっとるというか、めちゃくちゃ強くなっとるけど、これはあの神殺しちゃんやな?
ほんで、森の入り口。えーっと、これは風と空美っちとジャージ君か。動いてる方向は海菜っちの方やからこれも時雨さんの方にはいかない。
時雨さんの方に向かっとるのは……。
「あん……? おいオト、お前の好きな人、動いとるがな」
黄色っぽい魔力反応。これは恐らくあの金髪巨乳。寝ているオトには聞こえないだろうが、これはめちゃくちゃ朗報やな。恋バナにもってった瞬間にあの表情やもん。知ったら飛んで喜ぶやろ。
って、そうじゃなくて。
その金髪巨乳と一緒にいる白い反応。これはいなくなったとおもっとった九十九雷ちゃん、ではない。
「────ッ!? 俺のアホォ! なんでこんなこと気付かんかったんや!!」
あまりの出来事に思わず叫んじまったがそれどころやない。時雨さんがーとか言うとる場合でもない。一刻も早くせんと、どうにかなるどころの話やなくなる!
この反応は、あの子は、紛れもない、俺にこの魔力探査機を作るためのあれこれを教えてくれた子や。間違うはずもない。
『囚我先生、あたしと取引してくれないかな』
そう言ってあの子は俺に魔力探査機の作り方を教えてくれた。その代わりにあの子が俺に要求したんは、次の“組織”の予定、つまり今回の事についてやった。これが目当てやったんや。
『先生、あたしね、九十九雷ちゃんを絶対に殺さなきゃいけないんだ』
“組織”の行動について知るために、彼女は色んなことを話してくれた。その中には既に俺も知っとる情報が含まれとって、俺は信頼に足ると判断したんや。そして、知っとるからこそ、彼女が九十九雷ちゃんを殺す言うたんは大して驚きもせんかった。当然の流れやろうと、そんときはおもっとった。
もし本当に彼女が本当のことしか言ってなくて、俺は一切騙されていないのだとしたら。この予想が当たってしまったら。
「胸糞悪いにも程があるやろ!」
一瞬オトをどうするか悩んで、でもどうすることもできないと判断して、オトには悪いがちょっと放置して俺は走り出す。あー、こんなことならちょっと鍛えときゃよかった!
全力で走るのが久々すぎて足がもつれそうになる。カッコ悪いにも程があるわ。
「でッ!?」
コケたわ。
無様に転がって、小さな石碑に頭をぶつける。くっそ……こんなところに石碑があったんか……。
「……囚我廃人ね。“組織”ご一行様が一体何の用かしら」
そしてそんな俺を冷たく見下ろす声。ちょっとぞくぞくするけどそんな場合じゃねぇ。いや、丁度よかった!
「雨宮雪乃やな! アンタに頼みがある!」
幻術でもつかっとるんか姿は見えん。でもこんだけ叫べば聞こえるやろ。頼むから聞いてくれ。アンタの親友の話や。
「何故私が貴方の頼みなど聞かなきゃならないわけ」
「そこを何とか頼む! 猫神綾のことなんや!」
「…………」
名前を出した瞬間、嘘つきちゃんは急に雰囲気を変えた。どうやら聞いてくれる気になったようやな。あんまり話しとる時間はないが……頼む、間に合っとくれ。
「説明とか細かいことはあとで話したるから、猫神綾のところへむかっとくれ! なんならこれも渡す! その黄色いのが猫神綾や!」
彼女の名前を聞いたとき、彼女はこう答えた。
『あたし? あたしは猫神宵。猫神綾の妹だよ』
そして俺の予想がただしければ、猫神宵は九十九雷ちゃんと同一人物で、彼女はこれから猫神綾に殺されようとしとる。




