4.黒岩暁
雷をどう対処するか。
一先ず森中を走り回りながら、儂はそんなことを考えていたですだ。走っているのに理由はないですだ。ただ、儂の居場所が誰からも分からなくなればそれでよかったですだ。
予想してないポイントから一気に飛び出して雷に襲いかかれば取っ捕まえられるですだかな? あのバリアみたいなやつがどのくらいの速度で展開されるのかさっぱりわかんねーですだが、あれを発動させられなきゃ儂の勝ちですだよな。いい加減どうにかしておかないと、音無が儂の対処法を思いついちまって倒されるんじゃないかと思ってワクワクするですだ。次はどんな技が飛び出るですだかなぁ。
そういえば、あの日からずっと音無は猫神の魔法を召喚しようとしてねーですだな。出来ないんですだかな? あれがいきなり飛んできたら対応できなさそうですだよなぁ。やってみてほしいですだ。
ま、最終的には全部まとめて捻り潰すですだがな!
「……ふむ」
と、テンションが上がりまくってハイになって大分いい気分だったですだが、一気に冷めちまって、それどころか立ち止まっちまったですだ。目の前に日本刀を持った少女がいたらそうなるのも当たり前ですだよな。
「テメェ、なんでここにいるですだか」
何しに来やがったですだか、と儂は唸るように問う。
それに対し海菜は日本刀を儂に向けながら静かに言った。
「今回の私の目的は貴様の足止めだ、黒岩暁。一番最初に出会ったのが貴様でよかった」
そうですだか? そう言う割には全く表情が笑っていないどころか苦々しそうですだがな。強がりが隠しきれてないなんてまだまだですだなぁ。
まあ、お前にだけは絶対に当たりたくないという気持ちはよく分かるですだがな。
それに、『私の』ということは他にもワラワラここに来てるっつーことですだよな。なら、普通に考えて、なんとしてでもこいつをぶっとばして皆の方へ行かなきゃですだよな。それをさせないための足止めなんだろうですだが。
ごちゃごちゃ考えても仕方ねーですだな。
今は目の前のこいつを倒す、それだけですだ。
「ッ『ギガントファイアー』ァァァァッ!」
爆発するようなイメージで、なんの脈絡もなく最大火力をぶちかます!
と、同時に儂は海菜の背後に回り、背後からもう一発。どんな火力だろうが斬られるのは分かってるですだ。でも、そんだけ長い刀なら、ほぼ同時に別方向からきた攻撃を斬るのは難しいですだよな? 対応しきれない、その一瞬さえあれば──
「うおぉッ!?」
猛烈に嫌な予感がして殴るのを諦めて全力で飛び退くと、さっきまで儂が居たところには小さな小刀が突き刺さっていたですだ。あ、危なかったですだ……あと一瞬遅れてたら何処を切り離されてたかわかったもんじゃねーですだ。
そういえば隠し刀が一本あったとかそんな話を聞いたような気がしなくもないですだな。うーむ、長いのと短いので二本、ですだか……ギリギリ手数でごり押せるですだかな?
「未だに長い刀一本しか使わないとでも思っていたか?」
儂の最大火力を余裕で切り裂いた海菜は、ゆらりと立ち上がると見下すような目付きで言った。相変わらず冷たい声ですだ。空美に慣れていると、心が折れそうになるですだ。
「残念だが」冷たい声のまま海菜はゆっくり右腕を広げながら言う。「今後、一切貴様は私に触れることはできない」
ガシャン、と無機質な音がして現れたのは腕や胴に隠されたいくつもの刃だったですだ。極端すぎやしねーですだか……? 二本どころじゃねぇとか聞いてねぇですだよ。
そもそも誰だ、海菜に弱点を教えやがったバカは。ヘタレしかいねぇですだな。ヘタレが見破ったですだし。絶対に許さねぇですだ。よくも余計なことをしやがったですだな!
えっと……? ほぼ全身に何かしらの刃物があるとして、海菜は武器を媒体にしないと能力が発動しねぇみたいな感じだったですだな? で、武器を破壊すればこっちのものだ……みたいな……って、あの量は無理に決まってるですだよ! 触れれば斬られるのに、どう、破壊しろと!
まあ、だからといって諦めるわけがないんですだがな!
「ぶち抜け!『ヴォルク』!!」
やってみなきゃわかんねーですだ。その精神で、儂は思い切り地面を殴った。次の瞬間には地面から岩が剣山のように突き出して、その隙間から噴火のように炎が噴き出す。普通の奴ならここで飛んで回避をするわけですだが、海菜ならそんなことをせずとも斬って終わらせられる。ならば、斬られる前に次を仕掛け続ければいい。ゴリ押しですだ!
「『メテオ』!」
地面の次は上。特大の燃える岩を落とすが、これも斬られて砕かれる。ならその瞬間を狙って次に繋げるですだ。これは……そう、さっきの音無の真似ですだな。
「『メテオ・クラッシュ』かーらーのー、『ブラスト』ォォォォッ!!」
砕かれたのを利用して、そこから更に細かく鋭くさせて全弾海菜に向けて雨を降らす、と同時に斬られたものから順次爆発させていくですだ。爆風でその辺の木が折れていくですだが気にしてらんねー。生き残ってもいずれ墨になるか斬られるかの運命ですだ。
噴火も雨も爆発もまだ終わらない。まだ続いている。続かせている、ですだな。儂は地獄とでも表現されそうな炎と岩の世界へ迷わず突っ込んでいくですだ。迷ってたらやられちまうですだからな!
刃の隙間を縫って一発でも殴れればそれでいい。儂の拳一つ届けば上等ですだ。
いくら海菜の能力が反則的に強かろうと、刃が無数にあろうと、それを操れる腕はたったの二本ですだ。投げた刀に能力を纏わせるなんて器用な真似が出来ないのはヘタレが既に証明している。出来ていれば、今ごろヘタレの腕は猫神のようになっていたらしいですだからな。
でも油断はしねぇ。次の手も用意してるですだ。拳がダメだと思ったら即刻足を使うし、それもダメだったら炎を噴射させて全力で逃げるですだ。引き際も肝心ってちゃんと分かってるですだよ。突っ込むだけが能じゃねぇですだ。
「あ……れ……?」
そう、ちゃんと考えていたはずなのに。珍しく、ごちゃごちゃと考えていたはずだったのにですだ。
まさか考えすぎていたのがいけなかったですだか?
気づけば儂の身体はぐしゃりと地面につぶれていて、炎も岩も消え去っていたですだ。そして、そんな儂を海菜が見下しながら、その手にもった刃の先をこちらに向けている。え? こんなに早く詰み、ですだか?
いや、そうじゃない?
もう既に、終わっているですだ?
そう自覚したときには遅かったですだ。腕が胴が脚が一斉に傷口を開かせて、そこからどろりと液体をこぼし始めたですだ。あ、まずいな、なんて思ってる場合でもない。このままだとすぐに死ぬ、ですだ。
でも当然ながら動けるわけもなく。痛すぎて痛くないどころか何も感じないですだ。
そんな馬鹿な。 儂が、この儂が全く気付くことすらできず、しかも一瞬でこんなに切り刻まれるなんて。どんな化けもんなんですだか、コイツ。二本の腕で、一体どうやって──
「フン、持つだけが刀ではない。こういったものも私には有効だ。残念だったな、黒岩暁。きっと私でなければ、今の攻撃で消し炭にされていただろうに」
海菜はそう言って儂の視界に自分の手首を入れたですだ。海菜の手首には小さな刀が出し入れ可能な状態で固定されていて、いわゆるそれはアサシンブレードというものだったですだ。お前それもう、日本刀必要ないですだな……。
よくみれば靴にも刃がついていて、なるほど四肢を振るうだけで空間を斬れるようになっていたですだな。
ネタばらしをされてしまえばなんて単純な。でもとてつもなく強い。ああ、本当に悔しいですだ。
「終わりだ、黒岩暁。私の役目は足止めだが、『殺すな』とは言われていない。今後のために貴様には消えてもらった方が良さそうだ」
そう言って海菜は放っておいても死にそうな儂にトドメを刺そうとする。そこは最期の言葉を聞いておけってんですだ。大人しく死んでやる気なんて更々ないですだがな。終わったつもりもないですだ。
むしろ、これからですだよ。
嫌で嫌で仕方ねーですだが、ここは大人しくご教授願うしか無さそうですだからな。
「クソ狐ェ! 見てやがるんだろですだ! だったらさっさと儂に教えろですだ──特別に、身体だって使わせてやるですだよ!」
はぁ? と言う海菜の声が聞こえたですだ。
それはいい、と嗤う狐の声も聞こえたですだ。
◆
イイイイィィィィヤッホォォォォウ!
自由だ! 好きに身体が動かせる! 俺様の天下だ! 俺様最強!
っあー、何年ぶりかなぁ、自分で身体動かすの。暁ってば頑なに身体を貸してくんねーから窮屈のなんのって。
そんな暁が自ら身体をくれてやるってんだから相当だよな。知ってるけどな。
この片目娘ねぇ……まあうん、強いと思うぜ。実際強いぜ。暁が手も足もでねぇ程度にはな。
でも俺様にとっちゃどうってことないんだなー! 俺様、伊達に神様やってたわけじゃないからなー!
「……なんのつもりだ、それは」
久しぶりに自分で吸う空気にウキウキしてると、そんな気分を台無しにするような声で片目娘にそう問われた。
「あん? どういう意味だ?」
とりあえず凄んでみたけど、この娘全く動じねぇな。暁に威厳が足りなすぎるんじゃねーの?
暁に憑依してるお陰で超絶プリティになっちまってるし? どれもこれもあのクソジジイのせいなんだけどな。
「その格好だ。炎を纏って覚醒でもしたつもりか?」
「覚醒も何も別人だぜ、おじょーちゃん」
「はっ、おかしくなったか。狐のつもりか?」
「あながち間違いじゃねぇな」
うん、だって俺様狐の神様だし。稲荷様と呼びな!
片目娘の言うとおり、今の俺様は暁が全身に炎を纏った格好になってる。だってほら、暁ってば全身切り刻まれちゃうからさー。俺様としても仮にも宿主である暁に死なれると困るしね。うん、消滅するからね。ってことで傷口全部を魔力で補修してるワケ。ジャージ君と少年君が同じことやってるけど他の奴は全員出来ないんだよな、コレ。出来たら楽なのになんでだろうな。ま、んなこたぁどうだっていいや。
傷を癒す炎以外もなんだか俺様には炎がくっついてる。それが耳やら尻尾やらになってるんだな。俺様のぶっ殺される前の姿が反映されてんのかね。最高にプリティだろ?
「さぁて、暁、あとついでにおじょーちゃん。ちゃんと見てろよ。稲荷様が力の使い方ってモンを特別に教えてやんよ」
そう言って両手を広げると小さな炎が舞った。うんうん、力は問題なく使えるな。長いこと暁の身体に突っ込まれてたお陰でいい感じに馴染んでるし、多少力を使いまくっても壊れやしないだろ。
暁はいつ俺様が消えてねぇって気付いたんだろうな。それとも気付いてなくて、でもどうしようもなくて、ヤケクソで俺様を呼んだんかな。後者っぽいな。暁だし。
ま、なんだっていいけどな。願われたら叶えちゃうぜ。何てったって稲荷様だからな!
「駆れ──『鼡花火』」
いいか、暁。魔力ってのはな、ぶつけるだけが使い途じゃないのを覚えとけよ。お前ができるかどうかは別として、な。
俺様の中で眠っているであろう暁に語りかけながら、俺様は片目娘に小さな炎を撒いた。娘は当然のように小さな炎を全身に隠した刃で斬り伏せる。そして炎は消えていったが、まあ実はそうじゃないんだな。
「武器をぶっ壊せばおじょーちゃんは能力を使えねぇとかなんとか言ってたな? なら、こうやって刃が触れた瞬間に侵入しちまえばこっちのモンだよなぁ?」
「? 何を言って──」
「気づいていいぜ。服ん中が炭で真っ黒になる前にな」
「ッ!?」
ようやく気付いた片目娘の服からボロボロと武器だったものが真っ黒な何かになって落ちていく。暁レベルの火力だったら、まあ、ざっとこんなもんだな。
分かったか? 暁にゃ難しかったかなー?
「くっくっく、暁は今後仙人って名乗るの禁止だな。お前なんか暁で十分だ」
俺様に頼っちゃう時点でダメだよな。あと俺様のことは稲荷様って呼べよな。
仙人? そんなもんあのクソジジイのことを言うんだよ。




