5.琴博桜月
嘘誠院音無をぶっ殺す。
あのときの絶望を、この感情を、全ての痛みを、その全身に叩き込んで凄惨な死を遂げさせて、ついでに世界に平和をもたらす。
その機会をようやく与えられた。やっていいという許可が出た。
嬉しすぎてスキップをしながら鼻唄でも口ずさみそうだ。小躍りするかもしれない。しないけど。
今回の作戦で唯一不安があるとするならば、それは全員がバラバラに動かなければならないことだろう。
司令官は黒岩暁を、風は戸垂田小坂を、時雨さんは雨宮気流子を、僕は嘘誠院音無を抑えにいく。ついでにぶっ殺したって構わない、むしろ嘘誠院音無は今まで通り見つけ次第殺せとのこと。そして、囚我先生は源氏蛍仁王との接触を図り、組織に引き入れること。それが今回の作戦だ。
つまり、時雨さんか初めて一人で動くことになる。僕も風も無しで、雨宮気流子を抑えにいく。力としては申し分ないし、これ以上人員を割く理由がないのも、割ける人員も居ないのは分かっているけど、それでも心配だ。
時雨さんが暴走したら、次は何人が死ぬことになるかな。
うーん、力量としては全く問題ないと思うんだけど心配だ。さっさと嘘誠院音無をぶっ殺して時雨さんのところに行くとしよう。
出来ることなら、嘘誠院音無ともう一人、嘘誠院音無なんかのために力を使いやがって消滅された間抜けな神様とやらもぶん殴りにいきたいんだけどね。今さらそんなやつ存在しないだろうから、全ての恨みを嘘誠院音無にぶつけよう。
「これだけで死ぬなんて間抜けはしないでよね──『辻斬』」
両手に握ったナイフに風を纏わせ、円を描くように宙を斬る。こうして生まれるのは問答無用で無差別に全てを切り裂く一直線の竜巻、のようなもの。地面とは平行に螺旋を描きながら伸びていく風を何と呼ぶのか僕は知らない。
さて、目の前が随分とスッキリした。囚我先生の作った、この魔力探査機によれば、このまままっすぐ進めば嘘誠院音無に出会えるらしい。だから一発挨拶がわりにお見舞いしたんだけどね。
さーて、いい感じにミンチになってないといいな。僕がナイフを直にぶっ刺す余裕ぐらいはあってほしいよ。
「……ッ!」
「『四神姫札』」
嫌な予感と共に振り向いてナイフを構えれば、ガキィンと耳障りな音が鳴り響いた。チッ、弱ってすらいねぇ。
不意打ちに失敗した嘘誠院音無は飛び上がっていたらしく、そのまま地面に着地して僕をにらみながら荒れた息を整えていた。
魔力反応は確かに向こうにあったはずだけど……もしかしてこれ、不良品なのかな。囚我先生は性格はアレだけど腕は確かって認識してたはずなのに……。それとも、嘘誠院音無がこの探査機を欺いてここまで来た? 元指揮官がいれば出来るのかもしれないけど、あの人の反応はもっと遠いところ、家の方にあるんだよね。ってことは空間移動じゃない。
じゃあ考えられるのは残り一つ、有り得なさそうだけどこれしかない。
すなわち、僕が風を放った瞬間、嘘誠院音無もまた移動を始めてここに辿り着いたということ。そんなこと、こんなやつにできるのかなぁ?
「……っ、はは、本当に間に合った……」
嘘誠院音無はそう言って脱力したように笑った。ものすごく腹が立った。けど、その物言いのお陰で何がどうなったのか理解できた。
源氏蛍仁王の『最善を選ぶ』能力。それを駆使して、嘘誠院音無の最善の行動を選んだわけだ。最善のタイミングで、最善の方向に走り出させ、最善のやり方で僕を襲わせた。……ふぅん、なるほどね。
「つまり源氏蛍仁王は君から離れることを最善としたわけだ」
ちらりと囚我先生お手製の魔力探査機を見てみれば、その証拠に源氏蛍仁王少年と思わしき魔力反応は、近付いてくる囚我先生の魔力反応の方へと向かっている。嘘誠院音無みたいな疫病神の近くにいるよりも、僕たちの側にいる方がそりゃあいいに決まってるよね。
「それは……違います」
「はぁ?」
否定したいの? ああそう、ならそれでも別に構わないんだけど。源氏蛍仁王が何を考えていようが、嘘誠院音無がどう思われていようが、僕には全く関係無いからね。
なんて僕が考えているのを知る由もなく、嘘誠院音無は続けた。
「仁王くんには僕がお願いしたんです。師匠を──囚我廃人をここに連れてきてもらうように」
聞き捨てならない単語が聞こえた。は? 師匠? 囚我先生が、嘘誠院音無の?
囚我先生はそんなこと一言だって言ってなかった。いや、言う必要がないからそんなもんだろうけど。ただ単に僕の士気に関わりまくるだけだし。
囚我先生が嘘誠院音無に召喚術を教えた張本人なのだとしたら、世界が滅んだ一端にもなってるわけだよね。召喚術を知らなければ嘘誠院音無が自分のことしか考えていない最低な行為に及んで僕の家族が、友達が、みんなが死ぬことはなかったはずなのだから。
……へぇ、そういうこと、するんだね。
ああ、無性に腹が立ってきた。これを発散せずにいられるかってね。もともと殺る気なんだけどさ。
「ぶち殺せ──『風車』!」
風の刃と鉄の刃。二つを織り混ぜてくるくると回転しながら嘘誠院音無を切り刻む。嘘誠院音無は五本くらいナイフを操って応戦してくるけど知ったこっちゃない。そんなもので僕の風が防げるわけがない。つーか技が被ってんだよ、変えろ。気分が悪い。お前が変えろ。
おかしいな、攻撃すればするほど、嘘誠院音無から鮮血が舞えば舞うほど苛立ちが募ってく。もっと直接手を下すようなスカッとする技でもお見舞いしてやれば僕の気分も少しは晴れるのだろうか。いや、違うな。嘘誠院音無を長時間見ているからこんなに苛立っているんだ。だったら、これ以上無駄に戦闘を長引かせる必要はない。さっさとぶち殺せばいい。
──と、ここでふと考えてしまった。
囚我先生と嘘誠院音無が師弟関係にあるのなら、どうして囚我先生は嘘誠院音無を殺そうと考えたのかと。
いや、違う。
正しくは、囚我先生は嘘誠院音無を殺そうと思っているのか? だ。
そもそも。そもそもの話だ。僕は一度だって囚我先生が『嘘誠院音無を殺す』と言ったところを見たことがない。
囚我先生だけか? 違うね。荊様も、リユさんも、そんなことは一言だって言っていない。僕は司令官から聞いただけ。じゃあ、司令官はどこからそんな結論に至ったんだ? おこちゃま司令官を唆したのは、一体。
思い起こしてみれば、元指揮官が“組織”から去った理由がそれじゃないか。特に気にも留めてなかったけど……というか、嘘誠院音無なんぞに情でも沸いたのかと軽蔑までしてしまったけど、考えてみれば異常な話だ。
こんなこと、考えなきゃよかったのに。囚我先生のことなんか、嘘誠院音無のことなんか、頭に入れなければよかったのに。
ここまで考え至ってしまったらもうだめだ。どんなに憎くても、どんなに嫌いでも、どんなに殺したくても、僕は嘘誠院音無を本気で殺しにいくことはできない。誰のかもわからない謎の意図と共に動くなんて真っ平ごめんだ。気持ち悪いにもほどがある。
「っやめてくださいッ!!」
そんなことを考えながらも辛うじて動いて嘘誠院音無を切り刻んでいた僕だったが、突然響き渡ったとんでもない声量の叫び声で完全に動きを止めてしまった。するとズルズルと嘘誠院音無が気にもたれ掛かって座り込み、殺す絶好のチャンスが訪れたのだけど僕はそれを無視する。
声のした方を見てみれば、そこには囚我先生が遊びで産み出したものの一つ、拡声器を持った源氏蛍仁王と、その背中に隠れようとして失敗してるおっさんこと囚我先生が立っていた。
そして源氏蛍仁王は拡声器を使って僕にこう呼び掛けてくる。
「桜月お兄ちゃんッ! お兄ちゃんはなんで、生き残ったんですかッ!!」
……ハァ?




