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僕ラノ戦争  作者: 影都 千虎
激戦
59/104

8.雨宮雪乃

「ぐッ……」

「これで終わり?」


 武器を失った少女の腹を思いきり蹴ると、小さな身体が簡単に転がった。

 ついさっきまで、音無少年が悲痛なくらい泣き叫んでいた広間には私と目の前の少女ぐらいしか見当たらなくなった。空美ちゃんが綾と音無少年を運んでいったからね。ついでに、私と綾が相手をしていた九十九雷と、音無少年の召喚獣――嘘誠院狂偽はどこかへ消えていってしまった。だけどそんなことはどうだっていい。どうだっていいのよ。


「……手加減なんてしていたから!」


 負け犬っぽい見苦しい言い訳にしか聞こえない。でも、手を抜いていたのは確かね。意図的に私は全力を出していなかった。

 少し、戯れごとに付き合うぐらいのつもりでいた。

 出会ったばかりのよく分からない人間に命なんてそうかけられるわけがないし、極端なことをいってしまえば、どうなったって知ったこっちゃない。

 そう、たとえチャイナ服の少女が焼かれようと、緑の髪の少年が連れていかれようと、それを阻止しようと頑張った少年がいようと。

 私には関係の無い話だった。妹は隠したし、綾は私がいるから大丈夫だと思っていた。そこだけ守れていれば何が起きても大丈夫だと思っていた。

 なんて、バカみたいに甘い考えをしていたのはどこの誰だ。私だ。

 知る限り誰にでも優しかった親友は、出会って数ヵ月の少年のために致命傷を負った。

 もしもこれで助からないなんてことがあれば……ッ!

 考えたくない。でも、どうしても考えてしまう。嫌な思考は止まらなくて、考えれば考えるほど、感情が沸騰していくのがよくわかる。私は、目の前の少女を殺してしまうかもしれない。

 妹に聞いてみたいものだ。音無少年に命を懸けるほどの価値があったのか。その価値は一体なんなのか。その犠牲に、綾がなる必要を。きっと、男だと言うだけで偏見をもつ私には到底理解できないのだろうけど。

……いや、そうじゃないわね。綾がそうした以上、綾にとって彼は何かがあったのね。そう思わないと、彼まで殺してしまいかねない。だったら諦めよう。認めよう。そして、綾の行為を無駄にさせないためにも、彼を守ろう。ここで彼があっさり死んでしまえば、綾の行為はすべて無駄になる。そんなの、許せるわけがない。


「……絶対に許さない。それでも、貴女だけは許さないわ。地の果て、地獄の果てまでだって追いかけて追いかけて追いかけて追い詰めてあげるわ。……ああ、武器さえあれば、なんて考えているのかしら? 受け取りなさい」


 少女が飛んでいった壁際まで歩き、少女に馬乗りになって、幻術で作り上げた刃をその細い首に向ける。これでもう動くことは出来ないだろう。空美ちゃんみたいに空間移動を使わない限りは。


「昼夜海菜ちゃん、と言ったかしら。可愛い名前ね。さぞかしご両親に可愛がられたことだわ。おんなじように可愛がってあげようかしら……そうね、綾が受けた分の苦痛すべてを味わうっていうのはどう?」


 喉に突きつけた刃は幻術で出来ているが、それでも刺すことは出来る。刺して、幻術を流し込んで、精神から破壊していくことが出来る。十分現状で怯えているようだから、幻術を好きなだけかけることができそうね。

 ああ、親友の仇の命を今、私が握っているのがよくわかる。憎い憎い少女の顔が恐怖に染まっても私が満たされることは決してないのだけど。むしろ、この程度で怯えるのなら、覚悟すらないのなら、と怒りすら沸いてくるのだけど。

 きっと、綾が助かって、元気になって、いつも通り「やりすぎだよ、雪乃」なんて言って笑いながら嗜めてくれれば私の怒りも収まるのだろうけど。


「綾を……、返せッ!!」


 今、私の隣に綾はいない。だから収まらない怒りをそのまま少女にぶつけようと、幻の刃で喉を貫こうとした。その瞬間。


「ダメぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 私の体は思い切り弾き飛ばされた。同時に、いつの間にか破壊された広間の扉の残骸の影に複数人の影が見えた。銃のようなものを持っているように見えるのはきっと気のせいではないだろう。あのままでは多分、あの子もろとも蜂の巣にされていた。

……感謝なんて、しないけど。


「間に合って……よかった、です……」

「邪魔をしないでいただきたいものね。私は今、怒りに震えているの」

「見れば分かります。でも、そのままお姉ちゃんに手をかけていたのであれば、今度は私が雪乃さんを殺します」


 私を突き飛ばした空美ちゃんは体勢を建て直しながらそんな事を言った。冗談を言っているわけではない。その顔は本気だった。……こんなこと冗談で言う程性格が悪い訳ないわね。

 そんな空美ちゃんの後ろから、妹がゆっくり歩いてくるのが見えた。

 きっとこの後笑顔で「帰ろう」なんて手を差し伸べてくるに違いない。


「お姉ちゃん、帰ろう」

「断る」


 予想通りだった。流石に笑顔はついてこなかったので、代わりに私が笑ってやったけど。鼻で。

 今、帰ったところで綾が死に近付いていくのを見届けるしかできないじゃないか。そして、私があのヘタジャーに喚き散らすのだろう。役立たずだのなんだの言って。そんなの、私も同じなのに。

 だったら帰りたくはない。ここでお別れよ。

 そんな事を考えながら淡々と駄々をこねる私をよそに、空美ちゃんは医療班を呼びながら片割れを抱き起こしていた。……余計なことを。


「駄々をこねないでよ、年上の癖に」

「早く戻りなさいよ、妹の癖に」


 綾がいない今、私達姉妹の会話なんてこんなものだ。橋渡しをしてくれる人がいないと、仲良しこよしすらできない。……なんて、少し寂しいじゃないか。


「お姉ちゃん、綾にゃんのことなんだけど」

「うるさい帰れ、いや戻れ」


 帰れでも戻れでもどちらでも同じか。

 綾が死んだとかそんなことを伝えに来たのかもしれないけど、今は無視させてしまう。他人から事実を告げられてしまうと、いよいよどうなるかわからない。今、必死に目をそらして保っているのだ。それが、崩れてしまう。


「聞いてよ、お姉ちゃん!」

「……そこの、全員出てきなさいよ。相手してあげるわ」


 喚く妹を無視して、隠し武器を組み立てながら扉の残骸に隠れている人影を煽る。すると、挑発に乗った影たちが蟻のように湧いてでてきた。……おかしいわね、この世界は滅んでるんじゃなかったかしら? まあ、考えても仕方無いわね。今はどうだっていいわ。私はこの蟻の群れを蹴散らしていけばそれでいい。中々悪くない気分だわ。

 そうやって蹴散らして、群れのうち半分ぐらいが立ち上がらなくなった頃、妹の叫び声が聞こえた。


「来ないで!」

「っ! ぐ、う……」


 余裕の無い声色から、私の言葉を無視して帰らなかった妹に危機が迫っているのだと予測し、つい振り返ってしまった。バカだ。戦いから目をそらせば的にされるに決まっている。

 気付けば私の右脇腹には小さな針が刺さっていて、手足が痺れ、うまく動かなくなっていった。毒針とはまた小賢しいものを。

 妹の声がした方を見れば、そこには真っ黒なスーツに真っ黒なロングコートを羽織った眼鏡の男が立っていて、妹は怯えながらもそいつを睨んでいた。

 私はその死神のような真っ黒な男に見覚えがある。それも、忌々しい過去の記憶の中に。


「妹に触るなぁぁぁぁッ!!」

「おっと、危ないお嬢さんですねぇ。身体の具合はいかがですか?」


 気付けば私は男に殴りかかっていて、それをあっさり止められてしまった。何をされたのかはわからない。ただ優しく地面に倒されてしまったのは確かだ。その余裕に、腹が立つ。

 おまけに身体に全く力が入らなくなった。こんなに早く毒って回るものなの!?


「あ、あなたが……ここに、なんのようですか?」

「いえ、特に意味はないんですけどね。たまたま、偶然、戦闘特化の第一部隊の皆さんが手こずっていると伺ったものですから、ねぇ?」


 そう言って男はニタニタと笑いながら、空美ちゃんの方を向いた。そして何かをとりだし、空美ちゃんに見せる。


「なんですか? これ……髪飾り……?」

「それは! か、えせぇぇぇぇッ!!」

「気流子さん!?」


 それを見るが早いか気流子は男に飛び掛かった。その髪には、いつもついている髪飾りが一つ無くなっていた。そう。つまりあれは、あの男が持っているのは気流子の髪飾りで。身体が動かない理由も分かってしまった。

 つまり、状況はとても悪くて、気づいた頃には手遅れだった。


「なぁに、ちょっとしたお手伝いですよ」


 男はクスクスと笑うと、もう片方の手に持った小さなナイフで、思い切り髪飾りを砕き割った。

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