10.とある観察者の報告
源氏蛍仁王、九歳。
洞窟で倒れていたところを雨宮雪乃に拾われ、助けられた少年。
あまり好きではないという『我殿のおじさん』に『最善の選択肢』と呼ばれる能力を持つ。その内容は、その名のとおり未来は見えないが、現時点で最善の選択を出来ると言うもの。
彼はこの能力が有効に使えることを知っており、嘘誠院音無の家でも同じように使おうとする。が、あまり興味を持たれなかったようだ。
滅んだ世界と定められた運命。その中で彼らは生きるための策を練り、抗おうとしている。
……しかし、その行為は果たして本当に運命に抗っているのだろうか。それともただ、運命の示す道に沿っているだけなのだろうか。
倒れた雨宮雪乃と源氏蛍仁王の治療が終わると、眠っていて状況を把握していない嘘誠院音無への説明が始まった。そして、“組織”に対抗すべく強くなることを目的に、彼らは次の手段に出る。
それが、猫神綾が知人から借りてきたという『魔力補助』のスキル。
猫神綾の目論見は、嘘誠院音無へ『魔力補助』のスキルを使って魔力を譲渡し、嘘誠院音無の魔力量の増加と強化を図ること。また、嘘誠院音無が猫神綾の魔力を扱えるようになること。この二つのようだ。
彼女のそんな行為に、雨宮雪乃は後に肩入れし過ぎだと語る。猫神綾はそれに対し、「助けたくなった」と、嘘誠院音無の中に見たものを思い返しながら語るが、真相は果たしてそれだけなのだろうか。
猫神綾から嘘誠院音無へ、魔力の譲渡が行われると、猫神綾は倒れ、嘘誠院音無は魔力の暴走が始まる。それは長い長い苦痛の始まりでもあった。
苦しみ悶えながら暴れだした嘘誠院音無を、黒岩暁はつかんで投げることで屋外へ運び出す。そして、手加減をしつつ嘘誠院音無の相手をしながら、黒岩暁は混合魔法のコツを教えることにするのだった。
すぐにコツを覚え、なんとか暴走を止めた嘘誠院音無だったが、今度は高熱により倒れてしまう。
一方その頃、倒れていたところを雨宮雪乃によって保護され結果的に運ばれることとなった源氏蛍仁王が目覚める。
彼は自信の能力を使い、一つの選択をしたと思っているようだが、残念ながらその選択肢は元から用意されていなかったように思える。雨宮雪乃に保護された時点で彼の運命は決まっていたのだろう。
雨宮雪乃と源氏蛍仁王の二人が目覚めたことを把握すると、昼食の支度が始まる。
そして、昼食のために戸垂田小坂が畑へ行くことを月明葉折に告げようとしたところで、高熱の嘘誠院音無を抱えた黒岩暁が帰還する。
そこで、嘘誠院音無の高熱の原因は体内に渦巻く大量の魔力であると判明した。
“組織”では、次の一手が決められようとしていた。
嘘誠院音無たちを襲った『Alice』は魂だけで“組織”に帰ったらしく、新たな身体を手に入れていた。そして溢れる不満を隠すことなく喚き散らしていた。
そんな現場に呼ばれたのが琴博桜月と風見風。呼んだのは『囚我先生』である。
そこで琴博桜月と風見風は囚我先生より、三人の誘拐を依頼される。その三人とは即ち、雨宮気流子、戸垂田小坂、源氏蛍仁王。琴博桜月はこの三人の誘拐を意外だと評価した。
更に、その内一人は壱獄煉荊の直々の指名であり丁重な扱いを命じられる。その理由までは明かされないことに琴博桜月は少々不満を抱いたようであるが、どうであれ『荊様』に命じられたものであればなんでも従うようだ。忠誠心の高さが伺い知れる。
近いうちにこの世界で彼らは大きくぶつかり合うだろう。
走り出した運命を止めることは出来ない。
そして、滅んだこの世界には慈悲や奇跡をもたらす神もいない。
彼らは自らの力で立ち向かい、掴み取るしかないのだ。




