5.猫神綾
頭がガンガンする。気分もすこぶる悪い。当たり前だよね、ありったけの魔力を一気になくしたんだからさ。
「……やっとお目覚めね」
「……やあ、雪乃」
体調が絶不調だし二度寝でもしようかな、なんて思っていたけど、親友様の声が聞こえたとあればそうはいかないね。と言いながらも僕は身体を起こす努力すらしてないんだけどさ。
首だけを動かして右側を向くと、不機嫌そうな親友の顔がそこにあった。ふふふ、久しぶりだね。
こうして顔を合わせるのは何時振りなんだろう。雪乃はしょっちゅう家を出ていって暫く帰ってこなくなってしまうから、随分と久しぶりのような気がした。
「何時起きたんだい?」
「綾が隣に運ばれてきた辺りよ」
「そりゃあ……」
随分と早いお目覚めで。運ばれてからすぐ位じゃないか。でもずっとここにいるところを見ると、ははぁん、さては他のみんなの前じゃ狸寝入りしてたな?
会話をしたくなかったのか、顔を会わせたくなかったのか。誰と、とは言わない。どうせ皆だ。基本的に雪乃は他人を毛嫌いする。もっと皆と仲良くすればいいのに。まあ、雪乃が他の誰かとすごく仲睦まじくしてたらそれはそれで嫌なんだけれども。僕もワガママだね。
「ねぇ、あの少年に何があるのかしら」
「ん? なんのことかな?」
「とぼけないで頂戴。見ていれば至れり尽くせりじゃない。何なのよあの子」
「ふふふ、嫉妬かい?」
「そんなんじゃないわよ」
そうだね。そんなんじゃないのは重々承知だよ。
僕は読心術に自分なりのルールを定めている(最近大分破りがちだけど)訳だけれど、雪乃だけは例外にしている。基本的に嘘ばっかいうからね。だから仙人ちゃんの『嘘つき』って呼び方はあながち嘘でもないかな。まあ、仙人ちゃんが思ってるのとはちょっと違うんだけれど。
ただ素直じゃないだけだよ。伝わらないけど。
さて、見ていれば、なんて言うけど何処から見てたのかなーっていう意地悪な発言はそこそこ控えておいて。そんなに至れり尽くせりかなぁ?
僕としてはちょっとだけ手助けをしてるだけなんだけどね。でもまあ、その手助けが特別扱いしているように見えるのかな。それも仕方ないか。
特別扱いしてるのも事実と言えば事実だしね。そうでもなきゃ魔力をありったけ注ぎ込んで強化、なんて手段に出るわけ無いじゃないか。
「なんだろうなぁ……助けてあげたいって思っちゃったんだよね」
僕が音無君と初めてあったとき。その時に偶然見てしまったのは、実の兄への溢れんばかりの感情と、気が狂いそうな程の魔力、それから押し潰されそうな程の罪の意識だった。
どうやら音無君はお兄さんのことが嫌いで嫌いで仕方なかったみたいだった。何がどうしてそうなったのか、そこまでは深入りしていないから分からないけど、彼は心の底からお兄さんを恨んでいた。それと同時に、強い後悔と罪悪感を抱いていた。
気が狂いそうな魔力については空美ちゃんの話を聞いて納得がいった。世界を滅ぼせる程の力を内側に飼っている状態なんだからそうなるよね。
自分のものではない、他人の魔力を飼うというのは一体どういう気分なんだろう。せめてそれに近い程度の力があれば楽だったのかもしれない。でもそれは音無君の手に余りすぎるほどのものだった。いや、音無君に限らないね。きっと誰だって手に余るだろう。
強すぎる光はいつか身を滅ぼす。きっとそういうことなんだろうね。だから、それに耐えてずっと内側に秘め続けていた音無君は驚異的だと思うよ。彼は全くそんなことを思っていないんだけどね。それどころか、いつも劣等感にさらされている。
そして、押し潰されそうな程の罪の意識。それはもうお兄さんを召喚獣にしたことだよね。禁忌に触れてしまった。肉親を人間ではないものに変えてしまった。あろうことか自分の中に封印してしまった。その罪の意識は計り知れないね。例え相手が大嫌いな奴だったとしても、だ。音無君は優しいねぇ。僕だったらきっと、そんな意識を持たないんだろうなぁ。
そんなものを見てしまった僕は音無君に同情したのかな。それとも、それでも自分を犠牲にし続ける姿を誰かと重ねちゃったのかな。僕は、守りたいと思わざるを得なかった。ましてや、こんなに苦しんでいるというのに彼は殺されようとしている。味方しないわけがないよね。僕には無理だよ。
……なんて説明を、雪乃にしたところで理解してくれないんだろうなぁ。
だから僕は適当にはぐらかすことにした。
「もしかしたら、もしかして、もしかしちゃったりしちゃってたり?」
「…………」
このはぐらかし方はあんまりよくなかったみたい。雪乃は般若のような表情を浮かべた。




