2.昼夜空美
私は昼夜空美。殺し屋一家である昼夜家の秘蔵っ子。齢十二にして“組織”の指揮官。でした。
「空美。お前だけは『何かがおかしい』と思ったらすぐにここを抜けだしなさい。私が認めよう」
そう私に言ったのは、“組織”の創始者である壱獄煉荊ーー荊様でした。荊様はその日、珍しく長い黒髪をポニーテールにして、服装はノースリーブで黒のパンツで、細身だけど筋肉を強調するような格好をしていたのを良く覚えています。きっと、男な気分の日だったのでしょう。
「荊様? それはどういうーー」
「さあ、私にも分からない」
その言葉の意図を訊こうとすると、荊様は妖艶な笑みを浮かべて言いました。そして、「ただ、お前だけは自由でいてほしいだけなのかもしれない」と言ってどこかへ行ってしまったのでした。
私は、未だにあのときの言葉の意味がわかりません。でも、今の状況の事を言っているのだということだけは良くわかりました。
嘘誠院音無さんを殺すこと。それが“組織”の目的であり、この世界を救うための条件だと言われました。そう、私たち“組織”は、世界を救うために活動しているのです。そう聴かされていました。
それが私のなかで覆ってしまったのは何時のことだったのでしょうか。
多分……“組織”のナンバー2、風見リユさんとお話をしたときがそうだったのだと思います。
「最近調子はどーお? この“組織”ってさー、荊と廃人が趣味で集めたような面子ばっかだから変なの一杯いるんだよね。空美ちゃんも大変なんじゃない?」
リユさんはそう言って私に話しかけてきてくれました。私は多分、その時鍛錬をしていたんだと思います。「真面目だねー」と、褒められたような記憶がありますから。
「嘘誠院狂偽の捕獲も大変だと思うけど、まあ音無君だっけ? 彼となんとか上手いこと話つけて頑張ってよ」
「ありがとうございます」
リユさんがジュースをくれたので、私はそれを受け取り、お礼を言ってから口をつけました。それから暫くして……リユさんが居なくなってから、私はやっと気付いたのです。
「…………あれ?」
嘘誠院狂偽さんの捕獲? そんな話、聞いた覚えもありません。それに、嘘誠院音無さんと話をつけること。彼は実力を測りつつ殺せと言われています。
狂偽さんが音無さんの召喚獣となり、一撃で世界を滅ぼすことのできるレベルの力になってしまったから、どうにかなる前に始末をする。そんな話だったはずです。音無さんを殺せば狂偽さんも死ぬから、彼には死んでもらう。そんな指示を私たちは受けていたはずです。なのに、どうして食い違っているのでしょう。
でも、こんなことでリユさんが嘘をつくはずがありません。それに、荊様を呼び捨てで呼ぶ存在なのだか、荊様と会話をしないわけでも、その意図を知ることができないわけでもありません。
だとしたら、おかしいのは私たち。
でも、どこからそうなった?
私たちは、どこかで荊様の指示を受けようとして、別の誰かの指示を受けていたことになります。誰が、なんのために。
でも、その事に気づいたのは私だけみたいで、お姉ちゃんを筆頭に、第一部隊のみんなは音無さんを殺すための計画を着々と進めていきました。私は、そんな状況が怖くてなりませんでした。
殺す必要もない人をよってたかって日常を壊し、殺すこと。私はそれが嫌で、“組織”から逃げ出しました。
「やぁっと見つけたッスよ! 指揮官!!」
「もう、どこ行ってたんですかー!」
「……ッ」
“組織”を抜け出してから二日後。流石に指揮官ともなると、見当たらないだけで騒ぎになってしまうみたいで、私は九十姉妹に見つかってしまいました。ここは捕まってしまうと面倒なので逃げるに限りますね。
回れ右をして九十姉妹に背を向けると、私は一気に駆け出しました。確かに私は十二歳の子供ですが、だからといって足が遅いわけではありません。
「ああああもぉぉぉぉ! 指揮官の鬼ごっこマジ鬼畜だから嫌っていってるじゃないッスかー!!」
背後からそんな叫び声が聞こえました。
そう。私は彼女たちに鍛錬を付き合ってもらっているとき、ついでに鬼ごっこをしたことがあったのです。その時の鬼は私で、九十姉妹は逃げる側でした。確か、あのときは直ぐに終わってしまったんですよね。走るのもそうですけど、何より私が魔法を使ったから。
でも、今は立場が逆。魔法を使うにも、一回落ち着いて余裕を作らなければならないのでまずは走らなければなりません。追われる立場というのは余裕を作ることすらままならないのです。一方、九十姉妹は追う立場。彼女たちは追う立場になると途端に力を発揮する傾向があります。
「こんなときに……!」
嗚呼、土地勘のない場所に居ないでさっさと遠くへ行ってしまうべきでした。私はどこかで道を間違えてしまったようです。その証拠に、目の前に立ちはだかる行き止まり。この壁を軽々上れるほどの能力を私は持ち合わせていません。
「…………」
「はー……もう気はすんだッスか? さ、帰るッスよ」
「いやー……ここが行き止まりで助かった……」
九十姉妹は口々に言い、私にゆっくりと近付いてきます。万事休す、ですか。
「なーんてね」
行き止まりで助かったのは私の方です。だって、立ち止まらざるを得ないのだから、その分余裕ができるんですもん。
「お姉ちゃんには適当に言っておいてください。私は逃げます。『悪戯空間』!」
私達の能力は空間操作。お姉ちゃんが斬る能力で、私は移動する能力。こんなときのために作ってあった落とし穴を移動することだって出来るんです。
「ギャッ!?」
「うわッ!?」
突然地面が穴になり、回避することすら許されなかった九十姉妹は深い穴の中へ落ちていき、私の視界から消えます。これで少し時間が稼げました。
「『空間交換』」
その時間を有効に使わないわけがありません。私は自分の能力を自分に適用して、どこかにいる誰かと入れ替わります。私と入れ替わって九十姉妹の目の前に来ることになる人にあまり被害が及ばないことを祈りましょう。
これで“組織”から距離をおける。でも、私がいなくなったとしてもきっと“組織”は嘘誠院音無さんを殺しにいくんですよね。




