3.戸垂田小坂
「……? つまり、お前は逃げてきたんだよな?」
一通り空美の話を聞いた上で俺は問いかける。
「は、はい。そう、なんですけど……」
「じゃあなんでここに来たんだ?」
思いっきり渦中じゃねぇか。逃げるどころか余計に面倒なところへ飛び込んでると思うんだが。
「そ、それは……私の、能力とこの世界が問題で……わ、私の能力は主に『空間を入れ換える』ものなんです……」
「空間を入れ換える?」
「は、はい……例えばここにリンゴとミカンがあったとして……」
なぜリンゴとミカンなんだ、という突っ込みはしないでおく。流石にここで話の腰を折るほど野暮なことはしないさ。真面目な話をしてるんだ。真面目に聞いてやるさ。
「突っ込みが止まりきってないよ、小坂くん」
「お前は黙っとけ猫神。で、リンゴとミカンがなんだ?」
これだから心が読めるやつは反則だよな。内心で言ってることはスルーしろっての。
「私はそのリンゴとミカンが置かれている位置を入れ換える能力なんです。だから、えっと……」
「リンゴとミカンのせいで凄いんだか凄くないんだかわかんねーですだな。実演する方が早いですだよ」
「そ、そうですか……えっと、じゃあ『空間交換』」
しびれを切らしたチャイナ娘が言うと、空美は素直に実演して見せた。
空美が唱えた瞬間に別室で寝ていたはずの音無がソファーに現れ、ソファーにいたはずの猫神が居なくなった。それから数秒置くと、別室(音無がいたはずの部屋だ)から「あけてほしいなー」なんて猫神の声が聞こえてくる。おお……マジで入れ替わった……。
「こ、こんな感じ、です。それで……えっと、人なら人と交換しなきゃいけないのがこの能力のルールで、その……」
「人、あるいは人型のものだね。空美ちゃんは逃げるために能力を使った訳なんだけど、まあその時に誰かと位置を入れ替わる必要があったんだよ。そこまではよかったんだけどね、まあ……結論から言えば」
どうやら空美は説明下手らしく、何度も何度も言葉に詰まる。それに見かねた葉折がとうとう助け船を出した。こいつがこんなにマトモに見えるなんて初めてかもな。
「この世界には、組織と僕たちぐらいしか人間がいないんだよ」
相手によって随分と変わるんだな。面白い奴だ。なんて思っていたらサラッととんでもないことを言われた。
は? この世界にいる人間はそんなに少ないのか? 世界だぞ? 町とか地域とかじゃなくて、世界単位で?
「訳が分からないって顔してるね、小坂君。僕たちも最初に聞いたときはそんな感じだっただろうけどさ。
この世界の人間がこんなにも少ない理由もちゃんとあってさ。それが、音無を殺す理由だったりもするんだよね。その辺はちょっとややこしいんだけど……言っても良いよね? 空美ちゃん」
「……はい」
言っても良いもなにも、もうほとんど良い始めてて止めようがない状態なのにここで聞くなんて葉折も中々酷い奴だな。断らせないように、かつキチンと許可は得たから自分は悪くないってことにしたかったのか。
「この世界はちょっと前に一回滅んだんだ」
「滅んだ、ですだか……」
「そう。神様とやらが消滅して、人間はあらかた闇に飲まれてこの世界は世界として成り立たなくなった……らしいんだよ。今はなんか、仮の神様が居てギリギリのところで世界が存在を保ってるから僕たちが生きていけてるらしいんだけどね」
「じゃあ、儂らは生き残りってことですだか?」
「は、はい。多分……そう、です。そ、それから、神様が消滅した理由が、音無さんたち、なんです……」
ズキズキと頭が痛む。何でだろうな。スケールがでかすぎてついていけねぇからなのかな。なんだよ世界が滅んだって。神様が消滅したって。お願いだからもっと分かるように説明してくれ。……いや、何となく分かってはいるんだよな。
「音無はどう関わってるですだか?」
「え、えっと……音無さんが狂偽さんを召喚獣にしたとき、た、多分、なんですけど……神様がそれに干渉してしまったんです……」
「…………『神様』のルールにその神様は反しちまったってことか。それで、消えた」
「は、はい。そう……です」
俺がたどり着いた結論はどうやら正解だったらしく、空美は目を見開いた。俺が答えると思ってなかったんだろうな。俺でもビックリだよ。でも、どうしてだか分かっちまったんだよな。
「まあ、そんな感じで世界は滅んで、残った人はそれだけ。そんな中空美ちゃんは能力を使って逃げようとしたけど、人がここと組織にしか居ないんだからどうしようもありませんでした、ってことだよ」
「……なるほどな」
つまり、逃げようがないってことだな。どこか遠くに行くには自力で移動していくしかないってことだ。しかしまあ、自力でどうにかしてどこか遠くまで行っても、一人きりで生きていけるもんなのかな。俺には……どうだろう。出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。
「い、いいんです。どうせ、逃げようがないって分かってました……。だ、だから、せめて、ここで音無さんを、守ります……。“組織”の目的がハッキリするまでは」
そう言う空美の表情は、十二歳だというのに意思を固め覚悟を決めたもので、俺はどうしてか胸がチクリと痛んだ。俺にはそんな覚悟決められないからかな。
「ねーねー、ひとつ質問なんだけど」
けろっとカエル娘が鳴いた。
「じゃあなんでみんなここに集まったの? 気流りんたちは家がここだった気がするーって来たんだけど」
「…………」
確かに。
俺は俺の家がここだからまあ論外で。葉折も空美も目的があってきたわけだが。
じゃあ、猫神とカエル娘とチャイナ娘はどうしてここに集まったんだ? 揃いも揃って方向音痴……なんてことはないよな。
「まあいっか。気流りんお腹すいたよー!」
誰も疑問に思わなかったことに気付いたカエル娘は、簡単に思考を放棄して本能のままに叫び出した。
まあ、そうだな。
今だけはこいつに習うことにしよう。どうせ、考えたって俺たちだけじゃ答えはでない。




