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合格通知には、入学前の準備や入学式の式次第などが同封されれていた。
制服とジャージ上靴、教科書と指定参考書は、幾つかある指定の店で購入しておくこと。
下駄箱の位置は出席番号のシールが貼ってあるから自力で探せとのこと。
さらに己の所属するクラスも合格通知に表記してあり、式での席の位置も各クラスの列でさえあれば自由、つまりは登校したら式場たる体育館に行って勝手に座ってろ、ということだから、かなり放任だ。自主性を尊ぶ、と言えば聞こえはいいが。
水流が後から持ち上がり組に聞いたところによると、『新入生入場』などという手間をかけない以上、座る場所はどこでもいいが、せめて参列した保護者のために退出時の整然とした様式美のためにクラス別は守れ、その為の必要書類は送った、ということらしい。…ヌルイ、というか、中途半端だが、長年コレでやってきたらしい。
とまれ。
1年生は生徒会長の言に従い、椅子を抱えて教室へ。ようやく初のホームルームというか、外部組にはまさに初顔合わせだ。
私立だからこそ、カリキュラムその他は公立より自由が利くのか、クラス編成は結構特殊だ。
まずはAクラス。とにかくアタマのいい生徒を集めた、少数精鋭20人。東大京大六大学やら筑波など、まあ有名かつ高偏差値を狙う連中が集う。学力特待は基本的に全員ここだ。
Bは、Aほどではないが国立や有名私大を目指す者達で、32人。
Cは、とりあえず大学は行きたい、あるいは高卒就職組(まずいないが)で、これは40人。
そしてDは、主にスポーツ特待で、24人。特待ではなくとも部活に青春を賭けている者もここだ。
ちなみに、どこも偶数なのは3年間必須の体育は二人組で柔軟をするからで、ならば人数的にはAとDを合わせてしまってもいいところだが、いかんせん体力値も能力値も違いすぎるので、数年前に1度だけやってみて懲りたらしい。
かつ4の倍数なのは、遠足等の校外行事での班分けをし易くする為だとか。毎年、多少の増減はあるものの、仕組みはそうなのだという。
とにかく、クラスごとにカリキュラムがまったく違う。しかも2年以降は文理で更に分かれる。しかも3年まで毎週1単位とはいえ音楽美術書道の芸術選択がある。時間割を組む教員たちは毎年頭を悩ませるところだという。胃潰瘍を患ってもおかしくない。なったら立派に労災だろう。
そんな高校を水流は選んだ。偏差値の高い有名校。遠方で学費も安くない私立での寮生活を、出資者たる親に納得させる為だけに。
その寮生活も、入学式のあった今日からだ。ひとえに家族のお節介を疎んじた為である。
入寮は持ち上がりの人間の引越しがあるから…というか、これも後から聞いた持ち上がりの人間曰く『とっとと荷物を運び出して掃除しろ!』という寮監のお言葉ゆえに、1週間前から受け付けているそうなのだが、そうなると母親が間違いなくついてくる。わざわざ家から離れるためにこんな僻地の高校に外部入学したのだ、勘弁して欲しいというのが本音だ。ということで、式が終わったら待たずに帰るようしつこく伝えておいた。自分でできるから、なにか必要になったら頼むから、と。だから、入学式当日まで家にいる、ということで押し切った。
担任によるHRは、遅刻その他による出席単位の説明と簡単な伝達事項と、明日は学力テストだから遅刻するなとさっくり終わり、担任は早々に出て行った。クラス委員だのなんだの役付は勝手に決めて、後で報告しろとのこと。いやはや全く放置プレイだ。
そんなこんなで、まあとりあえず自己紹介でも、と持ち上がり組で中学でも委員長をやってたという海賀とやらが言い出して(初顔合わせなら出席番号1番に適当に押し付けるのは、有名進学校でも同じらしい)。出席番号順に名前と出身校をあるいは中等部でのクラスを述べてゆく。後はしばらく雑談へ、とのこと。学業以外はいろいろホントにヌルいなこの学校、と水流は内心思いつつ聞き流していた。
和田、という苗字は、出席番号順の席順なら大概窓際最後尾だ。今回もそう。熱源の位置にもよるが、まあ春と秋は快適に日向ぼっこできる。実に有難い。
なのだが。
「なぁ、『みずる』ってどう書くんだ?」
いきなりそんな声が隣から降ってきた。
「…水の流れ」
「へぇ。キレイだな」
そもそも水流としては答える気などなかったものだから、『話しかけるな』オーラを出すべく机に突っ伏したままだったのだけれど。
キレイ、とは。
思わず顔を上げた。
そしてそこにあったのは、同い年とは思えない偉丈夫だった。生徒会長に匹敵するかもしれない。
「どうせ自己紹介なんて聞いてなかったんだろ? 俺は牧嶋志弦。こころざし、に、弓偏に玄関の玄の『つる』」
「それこそカッコいいね」
「そう? ありがと。ウチが弓道場でね。ちなみに兄は意識の『い』で意弦、妹は知識の『ち』で知弦」
妹はちょっと可哀想な気もするんだけど、と笑う。
だから、ついつられただけ、だったのだが。
「ウチの兄は水渡、水を渡る。妹は水波、水の波」
「なんかウチと似たようなネーミングだな…って、和田水渡!? ひょっとして兄さん3つ上で、サッカー部?」
「うん。それが?」
「あー………、なんか理由が分かったかも」
それまでの快活さ人懐こさを振り落としたかのようにぐったりと項垂れて隣席はぼやいた。その理由が水流には全く分からないのだが。
隣席ではなんやらこちらには聞き取りにくい音量で聞き取れても意味の分からないことを呟いていたが。
呟きというよりはやはりボヤキというニュアンスだったが。
いきなりガバッと顔を上げ、
「お前、単独行動すんなよ。できるだけ俺が一緒にいるようにするけど、移動教室とかで無理なときは持ち上がりの押しの強い奴を頼れ。セレクトしておくから。いやマジ頼む俺のためと思って!」
「…全然意味分かんないんだけど」
「そっか、外部だと分からないよな。イロイロね、あるんだよ。殴る蹴るの暴力のみならず、貞操の危機も」
それも暴力だけど、より悲惨だろうから被害者にならないよう、ひとりになるな、と。
噛んで含めるように言葉を切り分けながら話す表情は真剣で。その事情は分からないまでも、信用させる力はあった。
だが水流にはその理由が分からないというだけで。そもそも、兄の名を知っていた理由も、そこから導き出されたらしい結論もだ。だから、すぐには受け入れられない。
に、しても。貞操の危機とは。いくら男子校とはいえどうだそれは。
「てなワケで、お前さんはこの後生徒会室に招集されてるから、大人しく付いてきてくれ」
「で、牧嶋よ、説明終わったかー?」
そこへ突然、場を仕切っていた海賀とやらが割り込んできた。仕方なく顔を上げれば、なにやらクラス中の注目を集めていた。勘弁して欲しい。水流は切実に思った。思いが露骨に態度に出、またもや机に懐いてしまう。
なのに隣席は気楽なもので。
「へ? あ、ココおしまい? だったらとりあえず強制連行するわ。てか、なんでお前が訳知り顔よ?」
「さーぁあ、なんででしょーぉねーぇえ? てか、俺はお前に巻き込まれたクチだ敬え謝れ! ということでHR終了、解散!」
その一声でとっとと腰を上げるものもいれば、席を移って談笑に入る者もあり。
そんな中。水流は腕を取られて立ち上がらされ、連行された。ドナドナ。
とりあえず水流に分かったのは、海賀と隣席(牧嶋、といったか)が共に持ち上がりで、そもそもリーダーシップを発揮する性質なのかせざるを得ない状況に押し込まれてるのかはともかく、仲は悪くないらしいということと、自分が初HRをほとんど聞いていなかった(担任の説明は一応聞いていた)、ということだった。前途多難のひと言に尽きるだろう。