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「起きろガキどもーっ!!」


 そんなマイク越しの大音声で、さすがに水流も目が覚めた。同様に寝ていた新入生はおそらく半数以上だろうが、それも起きたに違いない。ドスの効いたバリトンは、だがどこか楽しそうだった。


「ま、気持ちは分かるがな。とりあえず、手短に済ますから、しばらく起きてろ」


 なんというか…破天荒な。思わずまじまじと壇上の声の主を見やれば、180はあるだろう長身にしっかりした体躯、精悍な風貌の、偉丈夫というか美丈夫だった。それがいかにも人の悪い笑みを浮かべているのだから始末が悪い。きっとこれはあれだ、いわゆる俺様だ。水流はそう認定する。できれば関わりあいになりたくない人種だ。


「でもって皐月(さつき)、お前もこっち来い。まとめて手っ取り早く済ますぞ」


 壇上のひとが目をやったその先に目を向ければ、いかにも呆れたというか頭が痛いというように眉間を押さえるひとがいた。それでも促されるまま…ではなく、隣に座っていたこれまた美丈夫の肘を引っ掴み、問答無用で壇上へ上がってゆくのは力関係ゆえか、単にもっともだと納得したからなのか。

 皐月と呼ばれたひとは、見たところ美丈夫ほどではないにしろ長身の部類だろう。細身だから実際の身長より低く見えるのかもしれないが。まるで弄ったことのなさそうなさらさらキラキラの黒髪に縁取られた顔は怜悧な印象を与えるだろう細面だが、間違いなく美形…というか美人だ。

 そしてそんな美人に連行されていったのは…見るからにチャラ男。イイ男ではあるが。壇上に引きずり上げられるのだからなんらかの役付きではあるのだろうが、まるでヤル気なさそうな気配がひしひしと。


 そんな彼らが横に立ったところで、美丈夫は再び新入生に向き合った。


「俺は生徒会長の宇佐見(うさみ)亮祐(りょうすけ)、2-Aだ。で、こっちが――」

「風紀委員長の有栖川(ありすがわ)皐月(さつき)、こっちの見るからに無気力なのは生徒総代の山根(やまね)勇生(ゆうせい)。僕たちも2-Aです。で、このバ会長は言いそうにないので僕から。新入生の皆さん、入学おめでとうございます。華之宮(はなのみや)学園高校へようこそ。まぁ、とりあえずはこのバ会長の説明を聞いてやって下さい」

「てめ、皐月…っ」

「ほら、手短にやるんでしょう? とっとと進める」


 …力関係は拮抗しているのか、それとも舌戦なら有栖川委員長に軍配が上がるのか。

 とりあえず宇佐見会長は三度(みたび)新入生に向き合った。マイクはしっかり舌打ちの音を拾っていたが。


「あー、学内の表向きな細かいことは、HRで配られるレジュメに書いてあるから読み込んでおけ。読まなかった上で起こった不都合については、生徒会も風紀も関知しないからそのつもりでな」

「亮、初っ端からそこまで突き放した言い方しなくても…。ま、実際そのとおりなんだけど。それでも、ちゃんと分かった上でなにかあったら、生徒会なり風紀委員会なりに訴えてくれればできる限りは対処するからね。オヤまで絡むような話だとさすがに学校側に預けざるを得なくなるけど、とりあえずは僕達のところへ来て下さい」

「あと、カラダの事情とメンタル系や悩み事相談は、そっちの教職員の列の端にいる茶髪ロンゲなチャラい白衣、保険医の多賀先生にな。一応、スクールカウンセラーの資格も持ってる。基本的にグータラだが、生徒の下校時間までは保健室に常駐してるから、些細なことでも遠慮せず行っていい。てか、仕事させろ。役に立つかどうかはともかくハナシは聞いてくれるし、出がらしの茶で持て成してくれる」

「宇佐見! テメェには今後一切お望みどおり出がらしの茶しか出さん!」


 マイクなしでも轟く大音声。ある意味スゴイ。会場のあちこちから控えめだが堪えきれない笑いが漏れている。


「ま、こんなヒトだ。遠慮は要らねぇ。なんかあったら、こじれる前にとりあえず俺らか保健室に相談しろ。勿論、秘密厳守だ」

「一応分担としては、クラスや部活の運営…人間関係ではない事務的な部分に関しては生徒会、イジメその他、各種暴力については風紀。ま、どっちでも聞き取りはするし、その上でこれは向こうの方が得意そうだと判断したら受け渡すけど。どっちの会室にも放課後なら誰かしらいるし、僕らがいる2-Aとか、なんなら他の面子がいるクラスに来てくれてもいいですよ。レジュメには現行生徒会と風紀の面子の名前とクラスの一覧も添付してあるから捨てずに活用してね」

「生徒会と風紀は、そういった相談事を受ける時なんかは授業を抜けても公欠扱いになるから遠慮するな。なんならそういう特典目当てにメンバーになってくれても構わないどころか大歓迎だ。万年人手不足だからな」

「ただし、生徒会はどうだか知りませんが、風紀は厳しく鍛えますから、そのつもりで志願して下さいね。役立たずに割く時間はありませんので」


 きついキツイ、と笑う会長の声もマイクは拾う。なんというか、ど突き漫才?


「以上だ!」

「そこで切り上げるな。俺が出てきた意味がなくなる」

「あ、そうだな悪ぃ。あー、生徒総代ってのはなー」

「いい、俺が自分で言う。生徒総代ってのは、要は代表というか表看板だ。生徒会や風紀のような権力はなにもないし、組織立ってもいない。ただ、生徒会や風紀委員長…建前上は選挙で選ばれた連中をリコールするなんてのも総代の権限で動議できる。他、校則改変や、場合によっては教職員の罷免に関しても。なんでもできるかもしれないが、なにもできないかもしれない。それでも存続し続けてる。それだけだ。必要なら使え」


 あまりにも赤裸々な言葉に、会場がシン…と静まる。

 それを破ったのは、やはり生徒会長だった。


「とにかく、この学校での生活を楽しめ!!」

「僕達も楽しみにしていますよ」

「おら、返事は!?」


 いきなりマイクが新入生の方へ向けられた。


「「「はい!!」」」


 …他になにを言えようか。


「よし、終了! クラスごとに、座ってる椅子持って担任の後ついて教室行け!」

「参列者の方々は、3年生の教室を控え室にしていますので、お子さんの帰りを待つならそちらへどうぞ。新入生の退場後、教員がご案内致します。あ、椅子はそのままで構いません」


 普通それは教員の言うべきことではないかと思うが。居並ぶ教職員を見やっても苦笑する顔ばかりで咎める声は上がっていないから、これはこれでいいのだろう。


 そういう校風なのだろう。ここなら少しは楽に息ができるかもしれない。そんなふうに思う水渡だった。

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