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月には兎が居る

一話一話が短いです。



――幕府崩壊寸前の大江戸(おおえど)の町。文明開化の風が吹く前のことだった。


 とある大きな屋敷の書斎で七歳ぐらいの子供が梯子に登って、なにやらごそごそと物色していた。くりくりっとした目が可愛らしい黒髪の子供は、めぼしい物を見つけたのか目を輝かせて、身軽にぴょんと梯子から飛び降りる。書斎を抜け、廊下を走った。目指すは屋敷の庭。春の木漏れ日暖かな木陰の下に居た浮世離れした容姿の優男の所である。


「長―! こんなもの見つけましたー!」


 少年は見つけた本を頭上に掲げて駆けた勢いそのままに、似合わぬ伊達眼鏡などかけていにしえの書物を読み耽っている男の膝にダイブした。


「ぎゃあっ!? な、なんだ!? あ、なんだ君か。心臓に悪い」


 余程読書に集中していたのか、この日ノ本では珍しい紫の眼をした男は心の臓あたりを押さえて深く息を吐く。そんな彼に構わず少年は、まだ幼さの残る顔立ちの、儚げな青年が読んでいた貴重な書物の上に、自分が発見した書物を載せて、純粋無垢かつ好奇心に満ちた目で彼を見上げて言葉を発す。


「長、我の勉学の為、日本語で読んでくださいっ!」


 少年はこの日ノ本の出ではなく、遠く大陸の放浪民族の出であった。本当は一部違うが、そういうことになっている。それをこの屋敷の三男坊であるこの紫眼の青年が拾って連れて来たのだ。異国の文字という事も起因しているが七歳という年齢も相まって、少年はまだ文字が読めない。絶賛学び中の成長期なのである。


 紫眼の青年は溜息と共に苦笑を漏らして読んでいた古の貴重な書物を片付ける為、また紅い眼の少年に彼が選んできた書物を朗読してあげる為に手もとに目を落とす。


「お、月の兎、か。いい題材だな。今回はこれにしよう。ええと、月の兎は月で餅を……」

「おーさー………」


 丁寧にさっきまで読んでいた古書を片付けて、題名を見た途端、思わずペンと紙をとって創作活動に移ろうとしてしまった青年に少年の恨めしげな視線が突き刺さる。


「はいはい、わかったよ。読んであげるからそこにお座り。」


 青年の『子どもの体は長時間座られると重いから』という身勝手な理由に基づいて、青年は自分の隣の木陰の席を指さした。だが少年はそこではなく、青年の膝にすとんと座り込み、胸板と本の間に体を挟み込ませて足をブラブラさせる。まるで早く呼んでくれと身体中で催促しているようだ。これには膝に居座られた青年も苦笑を深めるしかない。


「やれやれ。ま、いいや。では読むよ。何度も読まないからしっかりお聞き。そして覚えな。では『月の兎』、始まり始まり~♪」


 本のページが開かれる。


「《月の影の模様が兎に見えることから、「月には兎が居る」というのは昔から語られている伝承だが、これにまつわる話として―――………》」


 しかし、青年は少年に朗読をしてやりながら別の事を考えていた。そう。先ほど書こうとしたお話の続きの内容を―――………。


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