『月の兎―――薬師兎と桃兎―――』
『月の兎―――薬師兎と桃兎―――』
月の兎はモチをつく。ぺったんぺったん餅をつく。
だけど兎がついているその餅は本当は薬で、兎は餅ではなく薬をついているのです。
月の兎は最高神である天帝の隙を見て、薬と餅を入れ替えます。
ぺったんぺったん、薬師兎は餅をつく。
大事な人たちの顔を思い浮かべて餅をつく。
入れ替える前に作っていた薬の材料と混ざって、薬膳としての月餅が出来ました。
《サア配ろう、食べよう、持ち帰ろう。きっと皆喜ぶぞ。》
これを見た天帝は大そう怒り、薬師兎は捕えられて八つ裂きの刑に処され、その身を天帝の食卓に並べられることになりました。
薬師兎には妻が居ました。全ての女仙たちを統率する聖母、西王母に仕える最愛の妻が居ました。彼女は西王母の桃園で不良長寿を与えるという仙桃を世話する桃兎でした。
彼女は夫の薬師兎が持った月餅を持って、天帝の下へと助命の嘆願に参ります。ですが天帝は聞き入れてくれず、謁見もせずに彼女を何度となく追い返しました。
桃兎は悲しくなって、ひと口夫が作った月餅をかじりました。
《こんなにおいしい月のおまんじゅうなのに、薬草も入って体にもいい月餅なのに、あの人はちゃんとお薬を作ってお勤めをしていたのに、どうして、どうして、あの人が食べられなければいけないの?》
桃兎の目からぽろぽろと涙が零れ落ち、美味しい月餅が少し塩辛くなりますが彼女はそれを気にせず、また月のお餅にかじり付きます。哀しみをこらえるように、涙とともに噛みしめて、彼女は月の餅にかじり付きます。
ぱくり。哀しみひとつ沈みました。
ぱくり。悲しみひとつ消えました。
ぱくり。涙がひとつ落ちました。
ぱくり、ぱくり、ぱくり。そうして、そうして、彼女の目には決意が宿り。
ぱくり、ぱくり、ぱくぱく、ごっくん。彼女の心に怒りの炎が灯りましたとさ。
《なんであの人が捕まらなくちゃいけないの? あの人はちゃんとお役目を全うしていた優しい人なのに。わたし、あたまに来たわ。こうなったら天帝さまに思い知らせてやりましょう! だけど、なにをしようかしら?》
桃兎は籠いっぱいを手に考え込みました。
ウンうん、すんすん、すたこんたん。
必死で、必死で、考え込みます。とても美人なお顔にしわを寄せて、とても聡明な頭で考え込みました。
そうしてそうして、彼女は夫の薬師兎の為、思考を巡らせて案をひねり出しました。
《そうだわ、天帝さまをお茶会にお呼びしましょう!》
それはとてもいい考えに思えました。彼女は美人でとても機転が利く、素晴らしい妻なのです。きっとうまくいくに違いありません。そんな気がしました。
さっそく桃兎はお茶会の準備に取り掛かります。急がねば時間がありません。夕食の時間でもある処刑時刻の夕暮れ時までもう少しです。急がねば。
《お願いです。どうかわたしに力を貸してください。お願いです、どうかどうか………夫を助けるために力をお貸しください。後生です。わたしのたったひとりの大切な番なのです。どうか、お願いします、どうかどうか、御慈悲を………》
《どうしたのじゃ? 何があったのか申してみよ》
桃兎は彼女の上司である西王母にお願いして、桃園でお茶会を開く許可を得ました。そして彼女は天帝をお茶会にお呼びしました。最愛の夫である薬師兎が作った月餅を、加護いっぱいに詰めて桃兎はお茶会に臨みます。
《おまえの為におまえの可愛らしい妻がわたしにお茶会を用意したそうだ。愛い奴じゃのう………おまえがわしの胃袋に収まったらその妻は西王母にお願いして、今度はわしが可愛がってやろう》
《桃兎、ダメです、来ては………》
《そうだ、お前も来るのだ。最後のお茶会と夫婦の対面を果たさせてやろう。そしておまえの妻の目の前で串刺しにされたお前を食ってやる。勤めに反した報いだとお前の妻にも知らしめてやらねばの》
《くっ。………桃兎、クルナッ―――》
薬師兎の思惑とは裏腹に茶会の準備は着々と進んでいき時間に間に合ってしまった。
《ようこそいらっしゃいました天帝さま》
優雅な仕種で御もてなし始める桃兎。
《ほう、これはどうしてなかなか………噂どうりの美人よ。惜しいな》
《まあっ、お褒めにあずかり恐悦至極に存じます》
天帝は桃兎を好色な目で見るが、桃兎は柔らかく微笑んで見事に受け流す。
薬師兎は縛られて天帝に捕えられたまま。屈辱と不安を呑みこんで見守るしかない。
茶会は粛々と進みました。
桃兎はお茶の合間に隙をついて天帝様の御口に夫が作った薬膳月餅を放り込みます。
《うむ、旨い美味い。なんじゃこの月餅は。これまで食べたことがないほど美味しいぞ》
《それはわたしの夫が作った薬膳入りの月餅でございます》
《なんじゃと?》
《天帝様、どうか、どうか、夫の命を取らないでください!! 夫の薬師兎は皆の事を考えて食べやすいお薬を考案していただけなんです!!》
苦くて不味いお薬よりも誰しも薬膳の方が食べたくなるものです。それが美味しいのならなおさらに。
桃兎は必死に薬師兎の助命を嘆願願います。なんなら自分が身代わりになりますから、どうか夫を。いいえ、桃兎を死なせるわけには参りません。それなら私が。――と夫婦で互いを庇い合う始末。どうにも収拾がつかなくなって、天帝は桃兎の言い分と薬師兎の無言の抗議にうなりました。
《離してやりゃあよいじゃろうて》
《西王母さま!?》
《その兎らにはなんの罪もない。それらを罰せばそちが悪者よ。のう? 天帝さま》
《ぐぬぬぬぬ………》
結局、天帝は西王母にたしなめられたこともあって、絆され、薬師兎は無罪放免。無事、助けられました。
《桃兎!》
《あなた!》
ひしっ、と抱き合う二人。
西王母さまはにやにや、天帝さまは苦り切った顔をして《はよ行け》と手を振って指図します。
《ありがとうございます、天帝さま!》
《ありがとうございます、西王母さま! 手伝ってくれたみんな!》
《ありがとう!!》
薬師兎と桃兎は今回の事を教訓にして書にしたため、それまで以上にそれぞれ天帝と西王母に真摯に尽くして幸せに暮らしましたとさ。
それからほどなくして産れた二人の娘が騒ぎをおこすのですがそれはまたの機会に。
めでたしめでたし。おしまい。
『作家紫白作、童話《月の兎――やくしうさぎとももうさぎ――》より抜粋』
今回は童話風。
伏線はってみた。
まだ続きます。どうぞよろしくお願い致します。(礼)




