第2話 偽りの革命家 <4th 閃光の騎士 ~後半~>
夕刻前。ハヤト達はセルディカの総督府に到着した。
総督府はダイヤ型の外観で外壁が白と青の縦縞だ。
入口の階段から中の床までは大理石で作られている。
クラウスの提案で3人は隠密行動を取っている。
おかげで1回も敵に見つからず総督府に辿り着けた。
しかし、総督府に入ると敵兵を避ける事が難しくなった。
仕方なくハヤトが門番を倒そうとすると、クラウスがハヤトを呼び止める。
「一応言っておくが、エーゲ兵は殺傷しないでくれ。
彼等は操られているだけで何の罪もない。
攻撃するなら気絶する程度で頼む」
『分かってる、さっきもそうしたからな』
ハヤトはそう言おうと思ったが、すぐに撤回した。
「うーん…… それなら俺よりセーラの方が適任じゃないかな」
「えっ? 私?」
「そうだ。昔と違って、今の俺はみね打ちが下手だ。
お前は棒士で相手を気絶させる事には長けているんだろ?」
「いやまーそうですが……」
――私が先陣すると、いつも皆置いてっちゃんだよなぁ。
まぁハヤトは不向きらしいし。
てか、それならクラウスがやればいいんじゃないの? 何で私?
セーラは多少の不満を抱きながらも、オーナーの指示に従う事にした。
一行はセーラを先頭に建物の中を進んでいく。
やる事が無くなったハヤトはクラウスに会話を持ちかける。
「クラウスは何で革命軍を倒す気になったんだ?」
「それは決まっている。連中が悪人だからだ」
――はい?
「彼等が正当な方法でエーゲから独立を求めるのなら口出しはしない。
しかし、エーゲの軍人を操り、商人や旅人から金を巻き上げる。
そして総督を追放して街の支配者にとって代わる。許せん悪行だ」
クラウスは顔の前にある拳を振るわせている。
歳の割に彼は正義心に溢れている。
――どっかの御奉行みたいだな。
ハヤトは口を緩め半開きの目でクラウスを見ている。
セーラが敵兵を駆除するのを見ながらハヤトは話を続けた。
「見たところ、ただの旅人ではなさそうだけど。
クラウスは何をしている人なんだ?」
「私はルミノスの諜報員だよ」
「えっ? 諜報員? 諜報員って、スパイの事か?」
「違うよ。スパイというのは非合法な諜報活動を行う者の事だ。
私はそんな事はしない。
私の仕事は様々な国や街を巡って、そこの情勢を調べる事さ」
「へぇ。てか、自分が諜報員ってそんな簡単に打ち明けていいのか?」
「問題ない。多くの者は、私が何者かは知っているからね」
――多くの者? 一体どういう事だ。
ハヤトは一瞬考え込む。気付くとクラウスがハヤトの後ろを指差していた。
ハヤトが後ろを振り向くとセーラが前のめりになって怒っている。
「いつまで話しているの! 先行くよ」
ハヤトはセーラに軽い謝罪を済まして先に進んだ。
ハヤト達は総督府の中央にある外通路に出る。
通路の両脇には中庭が広がっており綺麗な芝生や花壇が見える。
右の中庭には噴水があり水しぶきが飛んでいた。
3人が通路を歩いていると突然床が燃え始めた。
彼等はとっさに右の中庭に飛び込み炎から逃れる。
「何だ今の? 床が燃えやがった。」
ハヤトが通路を気にしていると噴水の方から男の声が聞こえてくる。
「お前等、味方じゃないな」
ハヤトが噴水に目を向けると男が噴水の隅に座っていた。
男は20代後半の年齢で、青の瞳にオレンジ色の短髪。
服はデザインが入った黒と白のTシャツを着ている。
下は黒のジーンズと茶色の革靴を履き、耳や首元・右手首に装飾品をしている。
男は右手をかざしている。その手には炎が纏ってある。
それを見た3人は、この男が床を燃やしたのだと判断する。
「先程の炎、君の仕業かね?」
「あぁ。『革命軍の兵士以外は通すな』って言われているんでね」
男は隅から離れる。だが、右手には炎を持ったままだ。
「俺の名はラーズ。炎の異能者だ」
――異能者か。厄介だな。
この世界において異能者は決して珍しい存在ではない。
武芸を極めて己を高める東洋人と違い
西洋や他の地域では異能者が有力な戦士として起用される。
ハヤトは不機嫌になった。彼はこれまで異能者と何度か戦っている。
その多くが苦戦を強いられる結果だった。
ハヤトが数秒の躊躇をしていると、突然クラウスが前に出る。
「彼の相手は私が引き受けよう。君達はルタクスの元へ急ぐんだ!」
「分かった。じゃあ、任せる」
ハヤトは即答した。彼は面倒な異能者をクラウスに任せる事にした。
セーラは真剣な表情でクラウスの身を案じる。
「えっ? 貴方1人で大丈夫なの?」
「任せたまえ」
「何勝手に決めてんだ!」
ラーズは右手に宿った炎をハヤトに放つ。
しかし、炎はクラウスが繰り出した剣によりかき消された。
――むっ?
炎を消した後クラウスは何かを感じた。
クラウスが「さぁ」と強く言葉を吐くと、ハヤトとセーラは中庭を後にした。
「やれやれ、格好つけているつもりかい」
ラーズは先程より大きな炎を右手に宿している。彼は少々イラついている。
ラーズはクラウスが1人残った事に対し、侮辱を受けたと思っているのだ。
「この俺に対し、1人で戦えるってか? 随分と舐められたもんだぜ。
ふんっ、焼かれて後悔するんだな!」
ラーズはクラウスの足元に炎を放つ。
炎はオレンジ色に光りクラウスに襲いかかる。
――熱っちゃ!
一旦下がると、クラウスは剣で炎をかき消した。
身体には炎の熱が伝わっており少し痛みが感じる。
クラウスはすばやく周囲を見渡した。
――痛みは感じるが、周囲の植物は燃えていない。
なるほど、やはりそういう事か!
クラウスは何かに気付きニヤリと笑う。
彼が正面を見ると大きな火の玉があった。
火の玉は大きくラーズの姿が見えない。
「今度は逃がさねぇ。これで仕舞いだ!」
巨大な火の玉はクラウスへと向けられた。辺りは炎に包まれる。
炎が強くてクラウスの姿が確認できない。
――確かに当たった、こりゃ死んでるな。
ラーズは手応えを感じ清々しい表情で炎を見ている。
「ヘッ! やっぱこの程度かよ」
腕を組むとラーズはニヤニヤしながら炎が晴れるのを待った。
――さて、どんな顔で死んでやがる。
炎が消えるとラーズは唖然となった。
クラウスは燃えずに立っている。しかも、身体を薄く光らせて。
「どういう事だ? 何故平気でいられる!」
「それは簡単な事だよ。君が炎の異能者じゃないって事だ」
――コイツ、気付いてやがる。
「君の異能は炎ではなく幻だ」
クラウスの言う通り、ラーズの使っている力は炎ではなく幻の異能だ。
幻の異能は、相手の共感覚を刺激して視覚と触覚を連動させる。
これにより、目で見た物を触れたり聞いたりする事ができるのだ。
ラーズが使ったのは『炎を見ただけで熱を伝える』という幻の技だ。
「炎を受けた者は本当の痛みを感じる。
これは共感覚によるものだ。全く、面白い」
最初の炎を受けた時からクラウスは薄々気付いていた。
彼は自分に光の膜を張りラーズの異能を遮断したのである。
「アンタ、何者だ?」
「私はクラウス…… ただの剣士だよ」
クラウスはハヤトの自己紹介を真似て名を名乗った。
鋭い目をしながらも彼は鼻で笑っている。
――クラウス!!
その名を聞いてラーズは目を見開いた。彼はクラウスの名前を知っている。
――身体の光といい間違いない。コイツ、閃光のクラウスだ。
ラーズは心の動揺を抑え冷静さを装う。
彼が動揺するのは無理もない。クラウスはゼストの1人なのだ。
「なんで同盟のゼストがここにいんだよ」
「仕事だよ」
クラウスはラーズの右手首に付いている腕輪に注目している。
腕輪は赤く水晶が組み込まれている。腕輪は天装だ。
「君の右手に付いているのは天装だね。
つまり、君は異能者ではなく天装使いという事になる。
何故、異能者を名乗っているんだ?」
「天装使いも異能者も、大して変わんねーよ!」
ラーズの言う通り異能者と天装使いの違いは大してない。
天装使いは異能が使える為、異能者の部類に含まれる。
しかし、本物の異能者からすれば
一緒にされたくないという考えがあるのである。
「ふむ……」
クラウスはラーズの話を聞き流し独り言のように呟く。
「見たところ、君が兵士を操っている様子はない。
別の人物…… という訳か」
街の兵士は革命軍の誰かに操られている。
クラウスはその者がどこにいるのか気にかけていた。
彼は手を口元に当て考え込んでいる。
それを見たラーズは再び右手に炎を宿す。
――もっとデカいヤツだ! それならアイツの防壁も崩せる。
ラーズは炎の規模を大きくする事でクラウスの防壁を崩そうと考えた。 幻と言えど真面に受けたらショック死は避けられない。
ラーズは炎を大きくする事に集中し警戒心を解いてしまう。
――隙だらけだね。
クラウスは瞬時に剣を振り、剣から光の刃を放った。
刃を受けてラーズは跪く。
彼の手からは炎が消え胴体の中心に縦長の穴が空いている。
穴からは血が流れラーズは硬直している。
それから数秒しないでラーズは地面に倒れた。
「光一閃、ヴァーハイト」
自称ただの剣士はいつの間にか光の膜を消している。
彼はラーズの近くに寄り足を止めた。
「出来れば殺生は避けたいんだがね。
しかし、人々を操るような者達を許す訳にはいかない。
加担した君が悪いんだ」
クラウスの言葉は届かなった。ラーズは既に死んでいる。
剣を鞘にしまうとクラウスは目をつぶり気持ちを落ち着かせた。
目を開けると彼はラーズの天装を回収する。
「よし、こんな所か。こうしてはいられんな。
早くハヤト君達の元に向かわねば」
中庭を出るとクラウスは走ってハヤト達の元を目指した。
ヴァーハイトはドイツ語で「真実」という意味です。
相手が幻術使いという事で、この言葉を技にしてみました。