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黎剣のゼスト  作者: 幻人
4/30

第1話 ゼスト志願者 <3rd 勧誘>



 昼。ハヤトと討伐軍はサロニカに戻ってきた。

 彼等は陸軍第3師団本部へと辿り着く。


 ――ここは……


 ハヤトは昨日この場所に訪れている。ここはセーラを案内した所だ。

 ヤニスに連れられ、ハヤトは建物の中に入っていく。

 廊下を歩いている最中、ハヤトは気になっていた事をヤニスに尋ねる。


「そういえば、軍曹って呼ばれてたけど。ホントに、最近軍に入ったのか?」


「ホントさぁ。この師団は実力主義でね。士官から入隊する事も出来るんだ」


 ――まるで外人部隊だな。


 ハヤトが目指すバルディア軍は外国人が多い。

 外人が多いという点では、この第3師団はバルディア軍と少し似ている。

 幾つかの通路を曲がり最上階に上がる。

 すると、ヤニスはある部屋の前に立ち止まった。


「ここだ」


 ドアをノックすると、ヤニスはハヤトを連れ部屋に入った。

 中に入ると1人の男がデスクに座っている。

 男は立ち上がると、ハヤトの方に歩み寄ってきた。


「私はユーグ・スラングス少佐。ヤニスの上官だ」


 スラングスはハヤトの手を取り一方的に握手を交わす。


「ハヤトだ」


「君の活躍は聞いている。まぁかけてくれ」


 スラングスはハヤトを応接用のソファに座らせる。

 ヤニスはと言うと、座らずにハヤトの後ろに立っている。

 スラングスは30代前半の年齢で、青い瞳に黒の短髪。

 ヤニスと同じ制服を着ており、胸には勲章が付けられている。


 ――何か妙に緊張するな。


 ハヤトは急に胸が熱くなってきた。

 彼は元々冷静な性格なので、緊張するという事は滅多に起きない。

 あるとすれば、相当な猛者と遭遇した時くらいだ。

 スラングスが向かいのソファに座ると何かがハヤトの右足に当たってきた。


「犬?」


 そこにいるのは犬だった。

 犬は中型で頭から顎にかけて白い模様が、左右の目に茶色の模様が見られる。

 首元と尻尾が茶色で、残りの部分は白色の毛をしている。

 ハヤトが自然に犬を撫でようとすると、突然ヤニスが声を上げた。


「そいつに触っちゃ危ない!」


 だが、ハヤトは既に犬の背中を撫でていた。

 ヤニスは両手で耳を抑え顔を引きつらせている。

 彼には犬がこの後何をするのか分かっているのだ。

 しかし、ヤニスの予想は外れた。犬は何もせず気持ちよさそうな顔をしている。

 ヤニスは耳から両手を外し驚いている。

 スラングスも落ち着きながら内心驚いていた。


「トゥーネが他人に懐くなんて珍しいなぁ」


 犬の名はトゥーネ。スラングスの飼い犬だ。

 トゥーネは、ブリタニー・スパニエルという犬種でガリア原産の狩猟犬である。


「コイツは驚いた…… 少佐以外に(さわ)れる人がいるなんて……」


「この犬、そんなに気性が荒いのか?」

 

 犬を撫でながら、ハヤトは後ろにいるヤニスに質問した。

 すると、前にいるスラングスが笑いながら答える。


「まぁね。トゥーネはプライドが高いから、普通の人には絶対に触らせないんだよ」


 スラングスはトゥーネを呼び寄せると話の邪魔にならないように

 自分の隣のソファに乗せた。


「それでは話を始めようか」


 スラングスは手を組むと、ハヤトの顔をじっと見つめた。


「単調直入に言おう。

 ハヤト君、私は君をエーゲ陸軍の士官に迎えたいと思っている」


 あまりにも唐突な話だった。ハヤトは両手を組み顔を下に向ける。


 ――まさか、この軍に勧誘されるとは……


 本来、ハヤトはバルディア軍に入る予定だ。

 しかし、ここで違う軍から勧誘を受けてしまったのである。

 この第3師団の事については、既にヤニスから説明を受けている。

 この軍は他の軍と違い実力が重視される。

 そんな所に勧誘されたらとなれば、誰でも悪い気はしない。


 ――良い話だが、断わるしかないな。


 ハヤトは、ある目的を持っている。

 そのためには、どうしてもバルディア軍に入る必要があるのだ。


「申し訳ないが、お断わりします。俺はバルディア軍に入る予定なので」


 ――バルディアか。


 スラングスは一度顔を下に向けた後、再びハヤトに顔を向けた。


「何でまたバルディア軍に?」


「……」


 ハヤトは顔を横に反らし口を閉じた。

 彼は自分の目的を明かすのが嫌なのだ。


 ――なるほどね、大体理解した。


 ハヤトの話を聞いて、スラングスはハヤトの目的を把握した。


「ゼストか」


 その言葉を聞いて、ハヤトは目を見開きスラングスに顔を合わせた。

 ゼストとは、最高の戦士に与えられる称号であり勲章である。

 ゼストになれば地位も名誉も獲得でき、一流の武人として認められるのだ。

 そう、ハヤトの目的とはゼストになること。

 ハヤトは低い声で「あぁ」と答えた。

 ハヤトの心中を察してか、スラングスは先程と違い真剣な表情となる。


「君はゼスト志願者だね?」


 本来ゼストは、認定者が擁立した候補に

 他の認定者が推薦を出す事によって生まれる。

 そのため、自分から望んでゼストになる者は少ない。

 ゼスト志願者とは、自からゼストになる事を望む者で

 認定者から推薦を得ていない者を指す。

 つまり「俺を英雄にしろ」と言っているようなモノなのだ。

 多くの人は『ゼスト志願者』と聞くと笑いの種と思い、皆志願者を馬鹿にする。

 だから、ハヤトはゼスト志願者である事を言わなかったのである。


「何でまた、バルディアの軍人に?」


 ハヤトは口元を軽く噛むと重い口を開いた。


「バルディアは世界で2番目にゼストが多い。ゼストの大半は軍人だ。

 だから、バルディアの軍人になれば早くゼストになれると思ったんだ」


 ハヤトの言う通りゼストの多くは軍人である。

 ゼストが多いバルディアで軍人を目指すという

 ハヤトの計画は決して間違いではない。

 しかし、スラングスはコレを否定する。


「君の言い分は分かった。けど、バルディアはやめておけ」


「何故だ?」


「あそこは欧州の中心地で、世界中から色んな戦士が集まってくる。

 そのため、ゼスト志願の競争率が高い。

 あそこのゼストが多いのはそういう猛者が多いからなんだ」


 スラングスは組んでいた手を解き、右手を軽く上げた。


「つまり。早くゼストになる為にバルディアに行くという

 君の考えは間違っている」


 ハヤトは少しイラッとした。

 これまで自分が信じてきた道を踏みにじられた気分だ。


「そうか? 俺は間違っているとは思わないぞ」


「君はどうやってゼストが選ばれるか知っているかい?」


 ハヤトは再び唇を噛み先程の怒りを抑えた。

 彼は少し冷静さを取り戻し、スラングスの問いに答える。


「戦で手柄をあげ、名を上げる」


 それを聞いて、スラングスは呆気に取られた顔を取る。


 ――こりゃ分かってないな。


 スラングスは溜め息をこぼし、一度背を伸ばした。


「こりゃ始めから説明しないとダメだなぁ」


「知った風な言い方だな」


 ハヤトは苛立ちながらも、黙ってスラングスの話を聞く事にした。


「ゼストはね、戦で功績を上げなくても

 武人として人々に認知されれば良いんだよ。

 例えば、六星の1人テオ・マーティル。

 彼は国に暗躍する犯罪組織を倒し、国王や貴族の窮地を救った人物だ

 それらが評価され、彼はゼストになる事が出来たんだよ」


 ――そんな方法があるなんて……

    アイツそんな事一言も言ってなかったぞ!


 ハヤトは昔の相棒の言葉を鵜呑みにしていたせいで

 ゼストになる方法を勘違いしていたのである。

 確かに、戦で手柄を上げればゼストになる事は容易だ。

 しかし、それは1つの手段に過ぎないのだ。

 ハヤトはこれまで戦をする事ばかりを考えていた。

 しかし今、それをしないで済む方法が見つかったのである。


「つまり、人助けをすれば戦をしなくてもゼストになれるって事か?」


「その通り!」


 スラングスはハヤトが理解してくれた事を嬉しく思い説明を続ける。


「それでね。ゼストになるには5人の認定者から推薦を貰わないといけないんだ。

 エーゲにいる認定者は国王1人だ。一見するとコレは不利に見える。

 しかし、我が国は欧州の玄関口という事で様々な人々が集まってくる。

 当然ゼストも」


「ゼストと会うと、何か良い事があるのか?」


「勿論。ゼストも認定者の1人なんだよ。

 もし彼等から推薦を貰う事ができれば、早くゼストになれるという訳だ」


 ――俺は何て無知だったんだ。


 これまで、ハヤトは早くゼストなるという事しか考えていなかった。

 そのため、どういう手段でどういう仕組みでゼストになれるのか

 よく把握しないまま欧州に来てしまったのだ。

 ハヤトは深く考えた。

 このまま競争率の高いバルディアに行くか、スラングスの話を信じるか。


「どうだい? ここでゼストを目指してみないかい?」


 ――この男。少なくとも俺よりはゼストに詳しい…… 賭けてみるか。

 

「分かった。エーゲ軍に入る事にするよ」


「いいね! 君ならそう言ってくれると思っていたよ」


 スラングスは再びハヤトの手を取り握手を交わす。

 ハヤトは嫌そうな顔をしている。


「そうと分かれば、さっそく任務だ」


「えっ?」 


 スラングスは立ち上がるとドアの方に向かう。

 彼はドアの前でハヤトに顔を向けた。


「ちょうど君にやってほしい事があるんだよ。付いて来てくれ」


 スラングスはヤニスを部屋に置いて、さっさと退室した。


 ――入って間もないのにさっそく任務か。人使い荒いな。


 ハヤトは「よいしょ」と声を出すと、立ち上がりドアの方に向かった。


「どうだい? ウチのボスは?」


「苦労しそうだよ」


 ハヤトはやつれた顔でヤニスに答えた。

 部屋を出た後、ハヤトはスラングスの後に続いていた。


 ――一体、何を頼まれるのやら。


 ハヤトは呆れながら窓に顔を向けていた。

 すると、スラングスが突然声をかけてくる。


「そういえば、君は何故ゼストを目指しているんだい?」


 痛烈な質問だった。

 ハヤトはゼストを目指している理由を誰にも明かした事がない。

 いや、明かす訳にはいかないのだ。


「……」


 ハヤトが沈黙している事に気付き、スラングスは話を中断する。


「いや、聞かなかった事にしてくれ」


 ――あれこれ聞くのは無粋か。


 スラングスは気を取り直して話を続ける。


「実は君に会ってほしい人物がいるんだ」


「少佐のボスですか?」


「まぁ半分あっているかな。あーそれと、私の事はスラングスでいいよ」


 スラングスが話を終える頃、2人は貴賓室に辿り着いた。

 貴賓室の前には見覚えるのある女性が立っている。


「うん? ハヤトじゃない!」


「あれ、セーラ」


 そこにいたのはセーラだった。

 彼女はハヤトを見て驚いた様子を見せる。


「ここで何しているの?」


「この人に勧誘されて、さっき軍人になった所だよ」


 セーラは「なるほど」と言い、手をポンッと叩いた。


「セーラも軍人なのか?」


「いや、私はただの用心棒だよ」


 ハヤトはセーラの全身を見回した。

 軍人のような不動な立ち方、決して壁に寄りかかろうとせず

 垂直に立っている。足腰が鍛えられている証拠だ。

 右手に持っている棒は真っ直ぐと立っている。


 ――なるほど。こりゃ本物だな。 

 

 セーラの状態を見て、ハヤトは彼女が本物の用心棒だと納得する。


「殿下は中にいるかな?」


「はい」


 普通の人なら「何? 君達知り合いなの?」と聞く場面なのだが

 スラングスという男はそそっかしい性格な為、無駄な話は省いた。

 彼はドアをノックして先に部屋に入った。

 ハヤトもスラングスに続き部屋に入る。

 その際、セーラはハヤトに軽く手を振っていた。

 部屋の中はそれ程大きくなく絵画や壺などの骨董品が見られ

 床に高価な真紅のカーペットが敷かれていた。


 ――雰囲気からして客室かな。


 ハヤトが部屋の中を気にしていると、窓際に男性がいるのが目に入った。

 男性は老人で青い瞳に白髪。揉み上げが口髭と繋がっている。

 服は緑のローブを着ており、お腹が張っている。

 老人からはどこか風格のあるモノを感じられる。

 老人は2人の存在に気付き、窓から離れる。


「これはスラングス少佐…… そちらは?」


「彼はハヤト君。つい先程、軍に入隊しました」


 ハヤトは「どうも」と素気ない返事をして頭を軽く下げた。

 老人は顔を前に出し、ジーとハヤトを見ている。


 ――なんだこの爺さん。


 老人に凝視されハヤトは少し不機嫌になった。


「ハヤト君。この方はマティアス・ファルガー様。

 エーゲ王国の先々代国王で『大王』と呼ばれている方だ」


 ――王族って訳か。


 老人が王族だと解かると、ハヤトはすぐさま礼儀作法に徹した。

 彼は大王の前に(ひざまず)いて胸に当てる。


「私はハヤト・スサノメと申します。お会い出来て光栄です」


 ――へぇ、それなりに礼儀は心得ているのねぇ。


 スラングスは首を縦に振り、ハヤトの対応を賞賛した。


「貴殿は東洋の戦士かな?」


「はい」


 ――今度は東洋か。ホント、彼は引きが良いな。


 大王はスラングスの方を見て鼻で笑った。

 自己紹介が終わり、スラングスは本題を話し始める。


「それでですね殿下。例の外交の件、私はハヤト君に任せようと思っています」


 ――外交?


 ハヤトは聞いていないという様子で、スラングスを睨む。

 大王はハヤトに片手を向け、スラングスに問いかける。


「彼に?」


「ええ。ハヤト君はゼスト志願者です。だから適任かと思いまして」


 ――ゼスト志願者か。うーん……


 大王は考え込んでいる。すると、この状況に付いてこれない男が口を開いた。


「あの…… 俺にも説明してもらえますか?」


 スラングスは一瞬『あっ』という顔をする。彼はすぐに冷静さを取り戻した。


「すまない、まだ言ってなかったね。

 私達はドラクロと国交を結ぼうと思っている。

 そのために、交渉役となる人物を探していた所なんだよ」


 ドラクロはエーゲの北にある王国。

 エーゲとドラクロは過去の因縁が原因で、ずっと中立関係を保っている。

 そのため長年国交が結ばれていないのだ。


 ――外交の大使を俺にやれって事か。冗談じゃない。


 ハヤトはスラングスに身体を寄せ小さな声で問いかける。


「この外交はゼストに関係があるのか?」


「勿論。大丈夫、今それを説明するから」


 スラングスは仕切り直して、ハヤトに真意を打ち明ける。


「もしこの外交が成功し、両国の国交が結ばれたとする。

 すると国王陛下は、君をゼストと認め推薦状を出してくれるだろう」


 ハヤトは目を細めスラングスを疑う。


「外交を成功させただけで推薦状を出してくれると?」


 すると、スラングスに代わり大王が話の説明を行う。


「左様。もしコレが成功すれば孫は貴殿を認め、かならず推薦状を書くだろう」


 大王のお墨付きがあるので推薦状が貰えるという話は嘘ではない。

 しかし、ハヤトはそれよりも気にしている事があった。


 ――推薦って、たった1人かよ。


 ハヤトはこの結果に不満を抱いている。

 彼はゼストに関して無知であるため、このような不満が出てしまったのだ。

 有ろう事か、彼はそれを口に出してしまう。


「でも国王様の推薦だけじゃ足りないんだよなぁ……」


 スラングスはハヤトの目的を案じて、この話を提案した。

 しかし、ハヤトはそんな彼の気持ちを無下にしたのである。

 スラングスは残念そうな顔を見せず話を続ける。


「大丈夫。ゼストなんてそこら辺にいるから。

 それに、外交で国家のお偉いさん方と知り合いになっておけば

 後々助けるになるからぁ」


「……分かった」


 スラングスの補足を聞いて、ハヤトはこの任務を引き受ける事にした。

 ハヤトは気持ちを切り替えて外交の詳細を尋ねる。


「それで、そのドラクロってどんな国なんですか?」


 ハヤトの質問に対し大王が答える。


「ドラクロは、ドラクロ人の納める王国。

 数千年の歴史を持ち、他国から1度も侵略をされた事がない」


「一度も?」


 ハヤトは顔を前に出し疑うような顔をしている。

 スラングスは大王の話を繋ぐ。


「ドラクロ人は生まれながら異能を使えるからね。強いのは当たり前だ」


 ――生まれながら異能? 欧州にはそんな凄い民族がいるのか!


 ハヤトは顔を下に向けている。

 彼は動揺した顔を見られないようにしているのだ。

 大王は口元をニヤリとさせ、こんな言葉を放った。


「それと、ドラクロ人は『吸血鬼』と呼ばれている」


「えっ? 吸血鬼? それはどういう事ですか?」


「フフッ、まぁ行けば分かるよ」


 ハヤトは頭がおかしくなりそうになった。


 ――何で空想の生き物の名前が出てくるんだ!


 ハヤトは目をつぶり一呼吸置いた。

 ハヤトが落ち着いた所を見て、スラングスが尋ねる。


「どうだいハヤト君。引き受けて貰えそうかい?」


「まっ…… やってみます」


 ハヤトの承諾を聞いて大王は喜びを表す。

 しかし、ハヤトは全然喜べないでいた。


 ――吸血鬼がいる国に外交に行けだなんて。

    そりゃ今まで誰も引き受け無い訳だ。

    まっ、何はともあれ成功すれば推薦状が貰えるんだ。

    吸血鬼なんて気にしてられない。


 ハヤトの心境などお構いなしに、あの男がさっさと話を始める。


「それでだ! 君を1人で行かせるのは危険なので助っ人を付ける事にした」


「助っ人?」


 スラングスはドアを開けると、外にいるセーラを部屋の中に呼び寄せた。


「何ですか?」


 スラングスはセーラに何か呟いている。しかし、ハヤトは何も聞き取れない。


「私が? ハヤトの? 分かりました、お任せください」


 話しがまとまり、スラングスはハヤトに身体を向けた。


「と言う訳で、彼女がドラクロまで君をエスコートする」


「よろしくね!」


「えっ? セーラが?」


「うん。彼女の腕は折り紙付きだ。心配はいらない」


「はぁ…… 分かりました」


 ハヤトは「よろしく」とセーラに挨拶し、軽く頭を下げた。

 それを見たセーラは、親指を立てる。


「話がまとまった所で次の場所に案内しよう。

 殿下、また後でお伺いします。2人共、私に付いおいで」


 用件を済ませると、スラングスはすぐに貴賓室から出て行った。

 ハヤトは呆れている様子を隠しきれなかった。


「はぁ、あの人そそっかしいな」


「フフッ、貴殿も大変だな」


 大王に別れの挨拶をすると、ハヤトはセーラと共に部屋を退出した。

 ハヤト達はさっきの部屋に戻った。

 セーラは当たり前のようにドアの外に立っている。


「お前は入らないのか?」


「うん。これも仕事ですから」


 セーラを置いて、ハヤトとスラングスは部屋に入った。

 部屋にはヤニスの姿がなく、トゥーネがソファの上で寝ている。

 入口には大きな袋が置かれていた。

 デスクの上には赤い布が寝かせてある。布の上には勲章が2つ置かれていた。


「おっ、届いていたようだね」


 スラングスは勲章を手に取ると

 両手をハヤトの両肩に当て行儀を良くさせる。

 ハヤトの行儀を良くすると、スラングスは勲章をハヤトの胸に付け始めた。


「これは外交官の記章。そしてコレが大尉の階級章だ」


「大尉?」


 ハヤトはこの時まで自分の階級を知らなかった。

 士官という話は聞いていたが、まさかここまで高ランクの階級が

 与えられるとは思ってもみなかったのである。


「いきなり大尉って、この師団は大丈夫なのか?」


「問題ない。それは君の実力に見合った階級だ」


 勲章を付け終えると、スラングスは入口の袋をハヤトの前に置いた。


「それと、コレが海賊討伐の報酬だ」


 ハヤトが袋を開けると中には数えきれない金貨が入っていた。


 ――凄いな。でもちょっと多い……


「こんなに貰っていいの?」


「君は1人で海賊を討伐したからね。十分だよ」


 ハヤトは試しに袋を持ってみた。


 ――重い!


 ハヤトは両手に力を込め、ようやくそれを持つ事ができた。

 しかし、すぐに袋を床に落とす。


「はぁ…… よく少佐はコレを持てますね」


「ぜーん然。私は金属を軽く持つ事が出来るからねー」


 ――なるほど。異能者って訳か……


 ハヤトはスラングスの正体を気にしつつ、袋を持って部屋を後にした。



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