第1話 ゼスト志願者 <1st 地中海の街>
正暦1260年。秋の初め。
エーゲ王国。この国は欧州の玄関口で、ギリシャとトラキア地方を領域としている。
欧州やアジアの商人が往来し、その通行税で潤っている。
しかし、軍事力は弱く、海軍は機能停止状態で海は海賊に荒されていた。
エーゲには精鋭部隊が無く、現在それを組織しつつあった。
交易の街サロニカ。エーゲ王国の中心にあり陸海の交易の要所として知られる。
街は白いレンガの建物が多く、道幅は広くて快適だ。
海に面しているため、時おり潮風が吹き涼しさを運んできてくれる。
そんな街に1人の男が辿り着く。
男は20代前半の年齢で、赤い瞳に黒の短髪。
服は中に黒い着物を、外に黒の刺繍が入った白い羽織を着ている。
下は忍者が使っている黒の下衣と足袋を履いている。
左肩には白虎の絵が入った黒い肩掛けカバンを掛け
左脇に黒い鞘の刀を携えている。
男の名は、ハヤト・スサノメ。ヤマトの侍である。
ヤマト王国は、東洋の島国。銀の国・侍の国として、広く知られている。
しかし、ここは西洋。東洋の武人がいるのは、あまりにも不自然である。
「今日はここで落ち着くか」
昼。ハヤトは街に着くなり、宿屋を探し始める。
街には色んな格好をした人達が往来している。彼等はハヤトと同じ外国人。
そのため、ハヤトが異風な格好をしていても誰も彼を気にしない。
ハヤトが宿屋を探していると、向こうから女性が声を掛けてきた。
「あっ、そこのお兄さーん」
「なんだ?」
女性はハヤトに近付くと、手に持っていた地図を広げた。
彼女は地図の中の、ある場所を指差す。
「ここに行きたいんだけど、案内してもらえる?」
女性は地図を持ちながら、ハヤトに身体を寄せてくる。
――近いな。
ハヤトは一瞬女性に目をやった後、地図に目を向けた。
「俺も今街に着いた所なんだ。現在地わかるか?」
「全然わからない。私地図ダメなの」
ハヤトは現在地を確認するため周囲を見渡す。
彼は自分が街に入った所を地図で確認し、現在地を把握した。
「現在地が解かった。付いてこいよ」
「えっ? 何で解かったの? 凄い!」
地図を返すと、ハヤトは女性と共に歩き始めた。
ハヤトは『情けは人の為ならず』というヤマト人気質の持ち主。
そのため、女性の道案内を潔く引き受けた。
彼は地図が読めるので、現在地の確認などは朝飯前。
しかし、女性にとっては逆立ちするくらい難しい事なのだ。
女性は20前後の年齢で、青い瞳に金の長髪。
上に白い刺繍の入った青いコートを羽織り、中に赤い洋服を着ている。
首から肩にシルクのケープが掛け、下は黒いタイツと赤いブーツを履いている。
右手には、青い装飾がされた白い棒を握っている。
棒は杖のように地面を蹴っている。
――ジロジロ、見てる……
女性はハヤトが自分を見ている事に気付き声を掛ける。
「街に入ったって、貴方も外人さん?」
ハヤトが「あぁ」と愛想の無い返事をすると、女性は話を続けた。
「出身は?」
「ヤマトだ。アンタは?」
「スーリエだよ。ヤマトって東洋の島国だよね?」
「そそっ…… スーリエってどこなんだ?」
「えっ? 知らないの? 結構大きい国だと思うんだけどなぁ……」
この事実を聞いて女性は落胆する。
それもそのはず、スーリエは欧州三大国家の1つなのだ。
「すまん。地図が読めても国とかあまり知らないんだ。特に西洋は」
ハヤトは、これまで西洋の国を学んだ事がない。
彼は地図を読む事は人生に役立つと考えているが
西洋の国を覚える事は必要ないと考えているのだ。
女性はコホンと咳を付き、スーリエの説明を始めた。
「スーリエ連邦はね、北欧4カ国による連合国家で
北欧を統べる大国なんだよ。ちなみに私は、その1つであるフィン共和国の出身」
女性は、エヘンという態度で説明を終えた。
『フィン』と聞いてハヤトはピンと来た。
何故なら、以前彼は友人からフィンの事を聞かされたばかりなのである。
「フィンなら聞いた事あるぞ。トナカイがいるんだろ?」
「そうそう! ステーキが美味いんだなぁコレが」
「へぇ、美味そうだなぁ。他には何が有名なんだ?」
「そうだねぇ~~サウナとか、オーロラがメジャーかなぁ」
「オーロラが見れんのか!」
ハヤトは驚いた。彼はオーロラがどこで見れるか、よく知らない。
オーロラについては、精々写真で見た程度の知識しかないのだ。
「うん。カーテンみたいな形をしてて、様々な色に変化していくんだよー。
幻想的でとても綺麗だね、うん」
女性は嬉しそうに語っている。その様子から彼女が故郷を愛している事が伺える。
「そうか、それは見てみたいな」
「ホント? じゃあ今度、フィンに遊びに来てね」
「考えておく」
ちょうど話が終わる頃、ハヤトと女性は目的地に着いた。
目的地の建物は大きく、3階以上の階数が見られる。
壁は赤レンガで作られ窓は少し小さい。
敷地は横長く、入口にはフェンスが敷かれ軍人らしき者が立っていた。
ハヤトは建物の表札に目をやる。
「陸軍第3師団本部…… ここでいいんだよな?」
「うん、合ってる。いやぁ助かったぁ! ホントにありがとう!
えーと…… 貴方名前なんだっけ?」
女性は話に夢中で、名前を聞く事をすっかり忘れていた。彼女は少し天然らしい。
女性が目を細めて固まっていると、ハヤトは冷静に答えた。
「まだ名乗ってない」
「わぁ! ごめん! 私大事な事聞いてなかった」
女性は左手を頭に当て、やってしまったという顔をする。
ハヤトは女性のボケに動じず、自分の名を名乗る。
「俺はハヤトだ。アンタは?」
「私はセーラ。セーラ・リントロースよ」
自己紹介を済ませると、セーラはハヤトと別れ、建物の敷地に入っていく。
彼女は突然足を止め、ハヤトに身体を向けた。
「ハヤト、ありがとうね!」
セーラは手を振ると建物の中に入っていった。
ハヤトは右手を顔の横に上げ、さよならのポーズを取った。
――陸軍に用って、あの女何者なんだ?
セーラを見送ると、ハヤトは右手を下ろし再び宿屋を探し始めた。
夕刻。ハヤトは食事が取れる宿屋に泊った。それは外食をするのが面倒だからだ。
少し早いが、ハヤトは食堂で夕食を取る事にした。
食堂といっても酒場のような雰囲気で、とても子供が食事をするような所ではない。
ハヤトは店の雰囲気などお構いなしに、皿の上のご馳走に集中している。
すると、突然ハヤトに声が掛る。
「兄ちゃん強そうだね。旅人かい?」
声の主は、隣のテーブルの男からだ。
男は30代後半の年齢で、灰色の瞳に茶色の短髪。
揉み上げが大きく、軍服のような服をを着ている。
ハヤトはナイフを置いて男を見た。
「あぁ。アンタは?」
男は胸についている勲章を外し、ハヤトに見せつける。
「軍人だよ。つい最近入ったばかりだけどね」
男はエーゲ王国の軍人。
彼が着ている軍服は、第3師団の『ある部隊』に
支給される制服で、通常の制服とは異なる。
男は勲章を胸に戻すと、ハヤトの所まで手を伸ばし握手を求めた。
「俺はヤニスだ」
「ハヤトだ」
ヤニスはハヤトと握手を交わすと自分のテーブルに戻った。
彼はハヤトの方を見直すと得意気に話を続ける。
「兄ちゃんは、ゴルシャートって知っているかい?」
「いや」
「あちゃ…… 兄ちゃんヨーロッパに来たばかりかい?」
「そうだ」
「なら知らないだろうな。ゴルシャートってのは
地中海を荒らしている5つの『海賊』の1つなんだ」
「海賊ねぇ」
ハヤトは海賊という言葉が気になった。
何故なら、彼は海賊のせいでエーゲに来るハメになったからである。
「ゴルシャートはエーゲ海を拠点としている。
そのせいで港に物資が中々入らない。出航する船は少ないと来たもんだ」
「そりゃ迷惑だな」
「だろう? そこで軍部がようやく重い腰を上げた。
明日、ゴルシャートの討伐が行われる。
内容は『奴の根城である岬砦を襲撃して、海賊共を一掃する』というモノだ」
「アンタも行くのか?」
「勿論さ…… けど正直不安でねぇ」
ヤニスはコップに入った酒を飲み干す。
彼は酔っている様子はなく、むしろ冷静だった。
「軍って言っても、この街を拠点にしている第3師団は
元傭兵や外人ばかりで構成されている。
要は統率が取れていないんだ。喧嘩も絶えないしな」
ヤニスはコップに酒を注ぎ溜め息を吐く。彼は心配が抜けきれないようだ。
ヤニスの気持ちなど気にせず、ハヤトは不意に問い掛ける。
「そのゴルなんたらって、強いのか?」
「強いよぉ。奴は元海軍少将で、強さだけで地位を上げてきた人物だ」
「そうか……」
「どうだい。兄ちゃんも参加してみないかい? ウチは義勇兵お構いなしだからさ」
ハヤトは何かと『海賊』に縁があるらしい。
彼が旅をしている理由は、バルディア軍に入る為だ。
バルディア帝国は、イタリア半島を中心としている大国で
欧州三大国家の1つ。これまで何度も欧州統一を試み、領土を拡大してきた。
現在はかつての勢いを失い、経済的に最盛期となっている。
帝国には世界中から様々な戦士が集まり、その多くが軍に身を置いている。
本来なら、ハヤトは船でバルディアに向かう予定だった。
しかし、海賊が地中海に横行している為、陸路を余儀なくされたのである。
この世界の文明レベルは低く、車や飛行機と呼ばれるモノは存在しない。
一部の先進国で飛行船や電気が普及しているというレベルである。
そのため船は重要な交通手段として使われている。
今まさに、その交通手段を絶った元凶を討つチャンスがきたのだ。
――名売り出来るかな。
ハヤトは海賊の討伐を、バルディア軍に入る宣伝材料に使おうと企む。
「ぜひ、参加したい」
ハヤトの参加を聞いて、ヤニスは顔に喜びを取り戻す。
「本当かい! そりゃ嬉しい! 兄ちゃんとは馬が合いそうだ」
ヤニスはハヤトのテーブルに椅子を運び、ハヤトのコップにウイスキーを注ぐ。
「俺下戸だぞ?」
「大丈夫! ちょっと飲んでくれるだけでいいから」
ハヤトは酒が飲めないのに、出された物を無下にしないという
よく分からない心情を持っている。そのため、いつも酒を飲んでしまうのだ。
彼は躊躇する事なくウイスキーを口に含んだ。
そして、数秒せずにソレを床に噴射する。
「……すまん」
「いや、いいさ」
ヤニスはハヤトが酒を吹き出した事を気にせず、楽しそうに酒を飲んでいる。
「海賊かぁ…… 船上で戦うのは久しぶりだな」
ハヤトはというと、次の戦の事を考えていた。
彼は落ち着いて飯を食べたり、楽しそうに酒を飲むという事が出来ないらしい。
――どーせ攻めるんだし、先に下見でもしておくかな。
ハヤトは、ふとそんな事を思いついた。
「なぁヤニス。海賊の根城は、どこにあるんだ?」
ヤニスはご満悦の表情で答える。
「あぁ、岬砦ならカサンドラ半島の東端だよ。ここから近い」
急に酒が入ったのか、ヤニスは完全に酔っていた。
彼は顔を真っ赤にし、テーブルに上半身を寝かせている。
ハヤトはヤニスに別れを告げ、食堂を後にした。
――カサンドラ半島か。店主に聞いてみるか。
酒飲めないのに飲むなよ。