訊ねる科学者
放課後……私はある人物に呼ばれて空き教室へと来た。
……本当ならムシすればいいんだろうけど、アイツ一人じゃ何を仕出かすか分かったものじゃない。誰か歯止め役が必要なのだ。
指定された教室へと入るとソイツは本を読んでいた。長い黒髪、反して白い肌、その白黒に唯一髪どめの緑色がある人物。
「来たわよ、蛍奈」
その名前を呼ぶ。
「あら、思ったより早かったわね」
目線は本、多分小説に落としたまま水野葉蛍奈は返事をした。
「ちょっと待ちなさい、もうすぐでキリが良いの」
「はいはい」
その間に私は蛍奈の真正面に位置する席に座り、鞄をその横に置いた。
少しして、蛍奈は本に栞を挟んだ。
「珍しいわね、アンタが本を読んでるなんて」
「おかしい?」
「別に、ただ珍しいと思っただけよ」
普段の蛍奈は何かしらノートに書き込んでいる。一度見せられたが、それは文字だったり記号だったり図形だったり、外国の言葉だったり、一切理解出来なかった。
「面白いわよ、『常敗ピンチヒッター』」
……は?
「なんて?」
「面白いわよ」
「いやその後」
「『常敗ピンチヒッター』」
常敗ピンチヒッター……
「常に敗けると書いて常敗よ」
「……」
ピンチヒッターで敗ける……何か悲しみでいっぱいになりそうね……
「マイナーにも程があるんじゃない?」
「何を言ってるの取説? 既刊数は十七巻よ」
「はぁ!?」
そんなのが十七冊も出てるの!?
「そこそこの強さを持つ野球チームに新しい監督としてやって来た男は、部のお荷物とされる部員に隠された力があると信じて毎回良い勝負になると代打としてその部員を投入し、敗ける。でも監督は次こそはとめげずにその部員を使う、そして敗ける。その繰り返しよ」
蛍奈があらすじ風に説明してきた。あの蛍奈にここまで語らせる程の小説。侮れないわね……
「取説もいかが? 一、二巻なら貸せるわ」
「結構よ」
ただ、蛍奈みたいな人が読む小説なのだろう。それに手を出すのはさすがに嫌だ。
「そんなことより、今日はなんで呼び出したの」
さっさとここに来た目的を果たしてしまおう。
「依頼が来たの」
その言葉に私は肩をすくめた。
「それをなんで私に言うのよ?」
「ワタシ一人では難しい依頼だからよ」
本を鞄にしまい、変わりに鞄から一枚の紙を取り出し机の上に置いた。
そこに書かれているのは、「元気が欲しい?」
紙の中に赤色で書かれた文字。そこには確かにそう書かれていた。
「依頼主は野球部の部長、新しい部員達と馴染めず、簡単に話しかけられる元気と勇気が欲しい。と言っていたわ」
「……」
それ、必要なのは話せる話題の方が良いんじゃ……
「このままではまとまった練習どころか、部長の威厳まて無くなる。どうにかしてほしいと頼まれたの」
「……それと私に何の関係が?」
「ワタシを見て、元気を与えられるように見える?」いいや全く。
「だからよ、ワタシより元気に見える人に解決策を聞こうと思ったの」
蛍奈より元気に見える人……学年のほとんどが当てはまると思うんだけど……
「という訳で、どうしたら良いかしら?」
「私にそんなの分かるわけ無いでしょ?」
元気を与えるなんて、それこそ魔法でも聞いたこと無い。蛍奈の発明でも無理だろう。
「何でもいいのよ、何か案をくれれば」
「……」
ここまで訊いてくるなんて、本当に分からないのね。とは言っても、私にもよく分からないし、そもそも手伝う気も更々無い。
適当言って、さっさと帰るとしよう。
「そうね、元気な人からエネルギーを貰って、それを野球部部長に打ち込めば良いんじゃない?」
「……なるほどね」
蛍奈が頷いている。今ので納得したらしい。
「それじゃ、もう良いわね?」
「えぇ、ありがとう取説、貴女に聞いて良かったわ」「それはそれは、お役に立てたようで何よりだわ」
納得しているみたいだし、今の内に私は教室を出て、帰路についた。