第二章16 ーーどうして?
「約束を守ってくれてありがとうございます。」
男はそう言って、ベードスの目の前に現れた。
そして目の前に現れた男は迫りくる水の刃に向けて、その手に持つ漆黒の両手剣を振り下ろしていた。
水の刃と漆黒の両手剣のぶつかり合いは先ほどのベードスの騎士剣とのぶつかり合いよりもさらにぎりぎりのぶつかり合いであると言えるものだった。
だが、ベードスにさえ危機感を少しは感じさせるような刃を、男は炎はまとわせた漆黒の両手剣で、魔法破壊に成功したのだった。
「なぜ貴様に…魔法破壊ができるのだ…?」
「いやまあ、自分はその魔法破壊とかいうものが何のこと言っているのか知りませんし、そもそもそれを起こそうとしてやったわけじゃないんですけどね」
ベードスの目の前立っている男は「まあ字面からある程度想像できるんですけど」と付け加えて。
「もう、自分の剣は見つかったのでこれからは自分もこの戦いに参加できそうです。」
そう言って、ベードスを星華の放った水の刃から守った男ーーーー幾星 透はこの戦いへの復帰を宣言するのであった。
◇◇◇◇◇
「それにしても」
「なんだ?」
「余裕とか言っていた割には結構危なそうな状況に見えましたけど大丈夫そうですか?」
そう、ベードスは透が武器を探しに行く前に、これくらい問題でもないから早く探しに行ってこい的なことを真顔で言っていたのである。
その割には透が駆けつけた時のベードスの表情は少しピンチというか諦めているような、もはやそうなることを受け入れるかのような表情をしていたのである。
実際、透が自分の剣を見つけるまでの時間がもう少し長かった場合、ベードスは死にはしなくても相当なダメージを受けることになってしまっていたのだが。
「まあ実際ピンチだったことは認める。透がいなければ俺は危なかっただろうからな。礼を言う。ありがとう、透。助けられてしまったな。」
「案外素直に認めるんですね。もう少し反論してきたりするものだと思っていたんですけど。」
「助けられたというのは事実なのだから、そこで意地を張ったところで意味などないからな。俺はそのようなところで言い訳をしたりするつもりはないぞ。」
少しからからかってみるつもりであった透だったのだが、ことのほかまじめな回答をされてしまって少し動揺してしまっている。
そういうところが変にまじめだからすこしペースを崩されてしまっている透だった。
そしてそんなことはまったく知らないし、気づきもしないベードスなのであった。
「ベードスさんの感謝はとりあえず受け取っておきます。」
「とりあえずではなくしっかりと受け取ってほしいものなのだが。」
「あー!わかりましたよ!素直に受け取っておきますよ!」
こういうことを少しふざけながら言ってくるのならある程度笑えるものなのだが、それを心底まじめそうな顔をして言うのだから困るのである。
そして透はもとから話したかったことに話の軸を戻すために一度深く息を吸い込んだ後。
「そもそもの話ですけど。ベードスさんが自分に感謝をするような理由なんて一つもないんですよ。」
「なぜだ?透は確かに俺をあの魔法から助けてくれたではないか?ならば、礼を言うのが当然なのではないか?」
「最初からベードスさんにはかなり無理を頼んでいたんですよ?そして見事俺が帰ってくるまでの間星華さんの魔法をよけるなりなんなりして耐えきってくれたじゃないですか!そもそもそれだけですごいことなんですよ?なんなら、こっちのほうがさっきのベードスさんの何倍も深く、多く感謝しないといけないくらいなんですからね!?」
そう、本人が心の底から余裕だと思っていようがいまいがどちらにせよ、あの魔法の雨をたった一人で、それも狙い撃ちされているのに耐えきっていることは、素直にすごいことといえるものなのである。
そんなことを任せてしまっているのだから、こちらが感謝することはあれどもあちらーーーベードスが謝る必要なんてこれっぽっちもないというのが透の考えである。
たとえ、最後の最後で危ない状況になっていたとしても、である。
そんな意図を込めた透の言葉を受けたベードスはというと。
「そもそもその分の礼、借りのようなものは先ほど俺のことを助けてくれた時にすべて返されていると俺は思っている。だから、そこを引き合いにする必要はないのではないか?だが、俺の行動に対して感謝の言葉を言ってくれたのは嬉しいな。そこはしっかりと受け取るとしよう。」
という返答を透に対して返してきたのだった。
これを聞いた透は、もうこの人にこれ以上何を言っても本当の意味で伝わることはないのだろうなという謎の確信を得たので。
こくり、と首を縦に振ることにしたのだった。
◇◇◇◇◇
「それにしても透も魔法破壊を使うことができるとはな。正直透の戦闘能力的にもいろいろな意味でも透はそのレベルに達していないと思っていたのだが。見くびってすまなかったな。まさか透もレベル15を超えているとはな。」
「え?何言ってるんですか?」
まったくもってベードスの言っている言葉の意味が分からなかった。
なぜなら透はレベル15なんて高いレベルの冒険者ではなく。
「俺は、レベル8ですよ…………?」
そうやって、戸惑いながら透がベードスに対して疑問を投げかけると。
「え?そんなわけがないだろう?そうでなければ、レベル15になると獲得できるスキル《魔法核認識》がなければ、魔法破壊はできないはずなんだが……?」
と、先の透と同じくらい動揺して、戸惑いを隠せていないベードスだった。
戸惑って動揺している間にももちろん攻撃はされるので、定期的に来る水の刃を切っているベードスと透なのだが、お互いの発言に目を白黒させてしまっているので、両方その場から動けずにいた。
そもそも、《魔法核認識》とは何のことなのか。
まあ何となくスキルの名前的にも何かを認識する系のスキル、それも視界に影響を及ぼすようなスキルなんだろうなということはわかる。
なぜそう思ったのかといえば、俺にも同じくヴィジョンという単語がつくスキル《魔力感知》があるからである。
そこまではわかるのだが。
「ベードスさん。俺レベル8ですし、そもそもそんなスキル見たことも聞いたこともありませんよ?まず、さっきの魔法をどうにかできたのも魔法破壊を狙ってやったことじゃないんですよ?」
「それでもだ。魔法核を認識できないものには魔法を破壊することなど到底できるはずがないのだぞ?なら、そういうたぐいのスキルを持っているんじゃないのか?いや、でもレベル8でそんなスキルを持っているとも考えにくいが。」
「そもそも、その魔法核ってなんのことなんですか?」
そう、そこが分からなければ話にもならないのである。
ずっと透がベードスの発言を聞いている中でも最も意味が分からない単語、それが分からなければそういうたぐいのスキルと言われてもその、そういうたぐいのスキルが何なのかわからないままなのである。
「え?透。貴様魔法核を知らないのか?そんなことも知らずに冒険者に?ていうかそもそも貴様学院に通っていたのか?」
どうやら俺が知らないだけでほかの冒険者、少なくともベードスさんにとっては一般常識だったようである。
異世界から転生してきた俺に、異世界での一般常識を言われたところでそんなこと知りませんよという以外ないのだが。
そもそも、俺は異世界に急にポンと出てきたやつなんだから、学院とかにもいけなそうだしな。
俺の年齢的にも、今から学院ーーすなわち学校に行ったところで何一つこの世界の勉強について理解のない俺が入れるような場所ではないだろう、そういう点でも俺が学院に行くなんてことはまずないだろう。
それにわざわざ学校なんて行かなくてもその辺にある本でも買って読んでいればわかるだろうし。
「学院のことについてはいったんそこら辺のほうに置いておくことにして。あいにく自分はベードスさんにとっての一般常識をどうやら知らなそうなのでそこら辺のことについて教えてもらってもいいですかね?」
「透の言葉に従ってとりあえず学院のことについて掘り下げてみるのはやめにしておこう。それで透は魔法核というものが何なのかを知らないというわけだな。魔法核というのは、その文字があらわしている通り魔法の核のことだ。この世に存在している魔法は……。」
そうしてベードスによる解説は始まった。
「この世に存在してる魔法はほぼすべて核を持っている。それが魔法、それが及ぼすさまざまなことにおいて必要な存在だ。裏を返してしまえば、その魔法の核さえ破壊してしまえば大半の魔法を無力化することができるようになる。」
となると、この世界においての魔法ってもしかしてそこまでの戦術的価値というものはないのではないだろうか。
ベードスのいうことが本当だとしたら、この世に存在する魔法にはすべて核があり、それさえ破壊することが可能であればどのような魔法も無力化することができるというものである。
それならば、魔法なんかより結局物理のほうがいいというのだろうか、この異世界では。
異世界ファンタジー要素よりも結局はそのような物理攻撃こそが最高なのではないか?
「だとしたら、それこそベードスさんの言ったように《魔法核認識》を持っていない、レベル15未満の冒険者にしか魔法は通用しないっていうことですか?」
まず俺もレベル15に到達していない、レベル8の駆け出し冒険者でしかないのだが。
本当になぜ俺が星華さんの魔法を破壊することができたのかは本当に疑問である。
「いいや特にそういうわけでもないのだ。そも、いくらレベル15を超えている冒険者、正確には冒険者だけではないのだが。そこまで到達し、超えた実力者たち全員が俺のように魔法破壊を使用できるというわけでもないんだぞ。」
「え?でも、レベル15になれば全員が《魔法核認識》を獲得することができるんですよね?だとしたらそのスキルがあればできるようになるんじゃないんですか?」
今までのベードスさんの言いぶりからしてスキルを持っているものは全員魔法破壊を使用できるようになるという風に思っていたのだがどうやら違ったようである。
「そもそも先ほどから俺たちが言っている魔法破壊というものは何もスキルというわけでもないし、レベル15になれば獲得できるようになるスキルの効果によるものではなく。シンプルな使い手の技術に左右されるものなんだ。」
「そしてそれは、ある程度まじめに研鑽を積むことで体得できるものなのだ。まあ、いくらか抜け道というものも存在しないこともないのだがな。だからこそなぜ貴様がいま魔法破壊をできたのかがわからないのだがな。」
確かに話を聞けば聞くほどなぜ俺が星華さんの魔法を破壊できたのかというのが謎になってくる。
レベルもそんなに高いというわけでもなく、必要なスキルもなく、おまけに何の研鑽も積んでいないのだから。
それはベードスさんも心底不思議そうな顔をするだろうな、冷静にそう思ってしまった。
「それになにもすべての魔法の魔法核が同じものというわけではないのだ。その魔法の使用者の力量、わかりやすいもので言えばレベルのことだな。それ次第では魔法核の大きさ、そして何より硬さが変化していく。」
そういうことか、今の俺は自分の持つスキルをすべて使用している状況にある。
それゆえに本来のレベルよりはある程度高い能力を使うことができている。
そして今の星華さんはかなり不安定な状況にあるから、本来の魔法破壊の難易度がかなり下がっている状態にあるのだろう。
それなら今の俺でもある程度対抗できている理由にも少し納得がいった。
「そもそもの魔法の格が違えば、その限りではないのだがな。」
自分がなぜ星華の魔法を破壊することができたのか、それに脳のリソースをかなりの割合で消費していた透にその声が届くことはなかった。
◇◇◇◇◇
完全に自分の魔法がその存在をとらえたとそう確信していたのに。
やっと、目のまえからその存在が消えてくれたのではないかと期待していたというのにその期待を軽々とその存在は裏切ってきた。
それどころか、数が減ったどころか数が増えていたことに私は驚きと、そして怒りを抱いていた。
何でそうまでして私のことを邪魔するのか、なんでこんなにも言葉を使っているのに何で消えてくれないのか。
もういいからさ、早く消えてよ!
それだけで……それだけでいいのに。
◇◇◇◇◇
「そろそろ、俺の言っていることの意味がわかったか?透。」
「そうですね。なんとなくですがその魔法破壊というものについてはわかりました。ーー俺はたぶんそれができると思うので心配しないでください。」
「そうか、ではそろそろこの戦いを終わりに向かわせようじゃないか。俺が最大限魔法を受けよう。だから、透。貴様はその星華という少女を倒しにーーいや、救いに行くといい。」
「はい、そうします。」
これまでのベードスさんの説明を受けて俺は、案外その技術を普通に使えるのかもしれないということだった。
この技術を使う上で必要になるスキル、レベル15到達時に獲得できるスキルという話だったが、《魔法核認識》。
これは俺の持つスキル《魔力感知》とよく似た効果を持つものなんだと、ベードスさんの説明を聞いた俺はそう結論づけた。
そして、俺からしたら新情報となる魔法核という存在、それを俺はこのスキルで視ることができていたことに気づいた。
俺の《魔力感知》に映っている揺れる炎、そこの中心は白く光っている。
それをベードスさんの説明を踏まえて考えてみるとそれが魔法核なんだろうと俺は考えた。
そしてその考えは正しかったようでそれを意識して星華さんによって放たれる魔法を斬ってみると、見事に魔法破壊が成功したのである。
もちろん俺の剣の技量でそれが成立していないことなんてわかりきっている。
《コネクトスラッシュ》《ディフェンスレートアップ》これらがあるからこそ成り立っている。
だけど、それでいい。
この場では、どんな手を使ってでも星華さんを止める言葉出来れば、ハッピーエンドだ。
だから、何としてでもそのハッピーエンドにもっていかなければならない。
だから、始めよう。
星華さんを救う、そのための戦いを。
「行きます。」
「わかった。」
他の言葉はいらなかったと思う。
今はそれだけで十分だった。
今も俺は視界を使い続けているから、星華さんがどのタイミングで魔法を打ってくるかのおおよその予想をすることができている。
だからその情報をもとに星華さんへとたどり着く、その道を模索していく。
俺とベードスさんは横に並んで並走している状態にある。
「ベードスさん!魔法が来ます!たぶん刃のほうです!」
「なぜわかるのかは知らないが信じよう。」
直後、何もなかったはずの空間に水の刃が出現しこちらに向かってきた。
透はその水の刃の進行方向に自分の体が入らないようにその軌道上から離れるように走っていく。
そんな透とは逆にベードスはその水の刃の進行方向上にその体を入れてベードスの視界に映る、その小さな球状のものめがけて剣を振り下ろす。
だが、つい数分前にベードスがそうされたようにもちろん水の刃の放出がそれだけで終わるわけもなく再度水の刃が放たれようとしていた。
それを見落とすこともなかった透は。
「もう一回来ます!今度はどっちに来るかまではわかりません!」
「貴様のほうのようだな、透。」
再度この世界に出現してきたその水の刃は明らかにこちらに向かってきていた。
そして透はその視界に映っているその炎の中心、その白い光に向かって剣をふるう。
そして魔法を破壊することに成功した。
その行動が何度か繰り返された後だった。
ついに俺は星華さんの近く、本当に近くまでたどり着くことに成功していた。
近くまで来たことでその表情を間近で見ることができた俺はその表情を見て。
「……どうして。どうしてそこまで。」
そうつぶやくことしかできなかった。
なぜなら目の前にいる少女の表情、そこからは。
ありとあらゆる悲しい感情を表すような悲痛な顔、そしてとめどなくあふれていく涙があった。
そして何より。
「どうしてそんなに寂しそうなんですか。」
その問いかけにも少女は一切の反応を見せることもなくその場にうずくまっているだけだった。
否ーーーその問いかけすらも聞こえていないのかもしれない。
だから、俺は。
もう自分ではどうすることもできなくなってしまった少女を。
「気絶、してくれたみたいです。」
俺は、なんでそんな知識を手に入れたのかももう覚えていないが、相手を気絶させる技術を知っていた。
その技術を使って、少女ーー星華さんを気絶させ、無力化することに成功した。
そして後ろからその様子を見ていたベードスさんがこちらに寄ってきて。
「終わったのか。」
「はい、終わりました。」
「………」
「いろいろと面倒ごとに巻き込んでしまって申し訳ありません。」
「なぜ、貴様が謝るのだ?」
ああ、そうだ。
この、今まさに問いかけられた問いを。
たったこれだけの問いを、この腕の中にいる星華さんに向けて発してしまった。
それが今回のことの始まりだったんだと。
そんなことをただ、漠然と考え続けて。
「ただ、少し申し訳なくなっただけです。」
そんな答えにもなっていないようなそんな答えを返すことしか透はできなかった。
普通の人がそんな受け答えをしてしまえば、文句の一つや二つ出てきてしかるべき返答であった。
だが、そんな返答をもらったベードスは。
「そうか。」
と、ただそれだけを返していた。
「なぜそのような顔をする?」
それは、星華に向けられた問いなのだとそう思っていた透は。
「それは、星華さんにとって。何か悲しいことでも思い出し「そうではない。」」
ベードスはそうやって声をかぶせるようにして透の言葉をさえぎっていた。
そんなことは予想外であった透は。
「え?」
とそんな腑抜けた声をこぼすことしかできなかった。
「そこにいる少女の話ではない。貴様だ。」
キサマ?それは何のことだ?ベードスさんは誰に向かって話しているんだ?
「自分の顔のことすら気づいていないのか。透、貴様は気づいていないのか。」
「なにを、ですか。」
なぜだろう、少し自分が発した声が濁っている気がした。
「自分が泣いていることに、だ。」
そういわれた俺は、自分の頬に手を当ててみた。
すると俺の手は、少し暖かい涙がついていた。
なぜか、涙が止まらない。
「本当に、なんでなんでしょうね。」
そのあとも、こんな淡々とした会話が続いていった。
だが、どうしても。
どうしても。
そうおもわずにはいられない。
どれだけのことがあれば、なにが、あなたをそうさせてしまったんだろう、と。




