ふたつの希望 その8
街の中心部を走っているというのに、賑やかさは全くない。
交通機関は麻痺状態で、政府や軍関係の車両が時折行き交う程度しか見られない。ここが、かつて隆盛を誇った大都市だったという欠片も見られない。
「軍に復帰する話ならお断りします。最早、何もかも手遅れになりました。後は、先生も私も死を待つしかありません。先生ならお分かりでしょうに……」
ユナは、先手を打ってグレイナーに言った。外を流れ去る灰色の街から目を逸らさない。
グレイナーは、表情を崩さずに黙っている。
「それよりも……」ユナは、自分の服装を見下ろした。「臭くは無いですか? 両方の意味でですが。満足に洗濯出来て無いので、多少香水を振りかけて来ただけで……。体の臭いか香水の匂いかどちらかで困らせていなければいいのですが」
「ふふ……。今となっては軍も同じじゃよ。資金不足で首が回らんわ」
グレイナーは、ユナに笑顔を見せた。
「それに、大丈夫じゃよ。私は気にならんが」
「そうですか。良かったです」
言いながらも、まだ袖を臭うユナ。
「でも、先生のお歳だと鼻が利いているかどうか……」
「こらこら、私をいじるでない」
「ふふ……」
ふたりは、思わず顔を見合わせて笑った。
砂嵐は、街の中心部を突っ切っている。
「オサミ君と話をするのも久し振りだな。元気でいたか?」
「わざわざ、そんな話をしに来たのでは無いでしょう? 時間が無いのなら、早く本題に入って下さい」
「こらこら、話の腰を折ったのは、そっちだろうが」
本題は、既に分かり切っているし、もう答えは伝えている。後は、グレイナーがいつ諦めるか。
「いやいや、時間はたっぷりあるんだ。我々は、どれだけ掛かっても君を説得しなければならないのだよ」
ユナの答えを完無視しているグレイナー。
「さっきと言ってる事が逆ですが」
「今や、人類の全ての時間は君の為にあると言っていい」
ユナは、そう言われて軽く溜め息をついた。大袈裟な。
「私に選択肢は無いのですか? 自由主義のこの世の中で」
「その自由主義が生き延びるかどうかの瀬戸際に立たされているのだからな。なり振り構っていられなくなっているのだ」
「あら……」
ユナは、ワザとらしく言った。
「じゃあ、ひと言物申しますが……。それにしても、自由過ぎじゃないですか? どうして、艦隊が負けた事実をストレートに報道するんですか? 社会が混乱になるのは分かり切っているのに。今の報道部は、情報統制という言葉を知らないのですか?」
「敗北を隠しおおせる事が出来たのは、古き良き地球時代までだ。この開け放たれた連邦宇宙では、鉄のカーテンは不可能だ」
「に、しても……、あまりにも無防備ではないですか?」
≪ジェンツー≫での敗北は、本当に人類にとって全ての望みが絶たれたに等しい出来事だった。その衝撃は、政府として甘んじて受け入れなければならない。しかし、それをそのまま報道させる無責任さにユナは腹立たしく思えていた。誰が考えても、連邦内の混乱は避けられない。現に大混乱に陥っているではないか。
ユナの咎めるような表情を見て、グレイナーは申し訳無さそうな顔になった。
「……で? 話とは何でしょうか?」
起こってしまった事を蒸し返しても仕方無い。その罪は政府が償うとして……。
「取り敢えず聞きます。でないと、帰れなさそうですね」
「うむ」
グレイナーは、助かったというように軽く咳をして座り直した。
「実は、私は今回の出撃でな、防衛長官兼任として、ジャパン第三艦隊司令官を拝命したんだ」
「はい。それは伺っています。遅れて申し訳ありませんでした。おめでとうございます」
ユナが手を揃えて大袈裟に頭を下げた。
「こらこら、茶化すな」
第三艦隊と言えば聞こえはいいが、言ってみれば、長期の戦闘航行が難しい古い艦艇や小型艦ばかりで、≪アカツキ≫の周辺警備くらいは出来るであろう艦の寄せ集めである。
つまり、使い道にならない艦を集めて、後方待機をさせられただけだった。
「嬉しくも何とも無いぞ。負け戦の手伝いに駆り出されただけだからな」
その言葉にユナの目が光った。
「負けると分かっていたのですか?」
「連邦軍本部は、本気で勝ちに行ったのだろうがな。何しろ、アメリカ、ロシア、チャイナ、ヨーロッパの基幹艦隊を総動員したんだからな。誰も負けると思わんよ」
「私は、負けると思っていましたが……」
それを聞いて、グレイナーは腹を揺すりながら大笑いした。
「君は、そうだろうな。だから、君であるのだが」
ユナは、ふと目を逸らした。
「そうですね……」
熱く燃えたぎっていたあの日々が思い出される。
「あの時、私も君と同じように全てを投げ打ってでも意見していれば、こんな事にならなかったのかもな……」
「……あの時の状況では、無理だったのです。まだ、みんな何とかなると思っていましたから。どうしようもありませんでした。逆に、先生を道連れにしたようで、申し訳ありませんでした」
ユナが退官した後、抗議の意味としてグレイナーも一度軍を去っている。すぐに人手不足で呼び戻されたが。
「元々、退職年齢が迫っていたからな。私はどうって事無かったんだが……。君を守れなかった事が悔やまれてな」
「そのお気持ちだけで十分です」
「だがな。いつか、君を世に出そうと思っていたんだ。この世界を守る事が出来るのは、オサミ君しかいないと信じていたんだよ」
ユナは、頬を緩めた。
「今頃ですか? 何も無くなってから呼ばれても迷惑ですが」
「だからこそだ。他に手段が無くなった今がチャンスなのだ」
「諦めが悪いですね」
「はっは。諦めが悪いのは、君に学んだんだよ」
車は、中心街を外れて郊外に向かっている。
「手持ちの駒が無くなった時だからこそ、参謀本部も我々の提案に耳を傾けてくれるのだよ」
「それ程、私の作戦は拒否られていたんですね」
「まあ、仕方無い。率直に言って、まともな内容では無いからな」
「……でも、何も無くなっているんですよ。幾ら耳を貸してくれるとは言っても、今私に何をしろと言うのですか」
「全てが無くなった訳では無いからな」
「え?」
「あ~……。それは、まだ早いな」
ユナが眉をひそめて聞き直すと、グレイナーは慌てて話題を変えた。
「助手席に座っているこいつも愉快だぞ。こいつは、軍の建艦費用を横流しして懲戒処分を受けたんだ。痛快だろ?」
グレイナーは、笑いながら助手席を指差した。
「は?」
助手席に黙って座っていた男は、ユナに向かって振り向いた。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。第三艦隊参謀スティーブ=オカシロです」
ユナは、身を乗り出して改めて助手席の男の顔を見た。どこかで見た事あると思ったら。
「オカシロさんって、あの鉄仮面参謀ですか?」
スティーブは恥ずかし気に表情を緩めた。
「まあ、そうとも言われてたね」
ユナは、驚いた。
確か、自分より十歳年上で有望な若手参謀と嘱望されていた人物である。
真面目で堅物で厳しかった為、陰で『鉄仮面』と言われていた。
「どうして、懲戒処分になったんですか? それに、どうして、またそんな犯罪人を参謀に引き入れたんですか」
ユナは、グレイナーとスティーブの顔を見比べた。
ユナは、相手の気持ちを推し量るなんて技量を持ち合わせていない。疑問があれば素直にぶつける性格だ。
「はっはっは」グレイナーは、実に愉快そうに笑った。「それはな、今日の話に通じる事なんだ」
「?」
「そう。君は、きっとこの犯罪者に礼を言う事になるだろう」
グレイナーは、再びスティーブの後頭部を指差した。
「犯罪者を許す? 私は、そんな心の広い人間ではありませんが……」
「はっはっはっ」
今度は、グレイナーとスティーブふたり共笑っていた。




