始動 その8
「あの女なら、やるぜ」
クラウスは、ジェフの顔を覗き込むようにしながら囁いた。
この男は、単純にユナを切れ者としてしか感じてない。
ジェフは、クラウスの能力に信頼を寄せている。それだけに、自分が持つユナへの不安をクラウスが感じていないのが不思議だった。
(俺とこいつの性格の差なのか?)
楽天的なクラウスがユナの思い切りに好感を持つのは理解出来る。それと同じように、慎重な自分がユナの危うさに危機を覚えるという感じか。
だが、今の状況を知っているだろうに、それでも≪A計画≫に期待するクラウスにも腹が立つ。
(どうやら、こいつにも教えておいた方が良さそうだ。これ以上変な気を回されても困る)
ジェフはクラウスを見詰めると、声に力を込めた。
「いいか。これはまだ限られた者しか知らない。総司令部でも長官と俺しか知らない事だ。お前だから言うんだぞ。一切他言無用だ」
クラウスは、それを聞くと首を左右に振って近くに誰もいない事を確かめた。
「極秘計画か?」
ジェフは神妙に頷いた。
クラウスは口を閉ざしたまま、ジェフの言葉を待っている。
「いいか。我々が最終的に目指すのは、人類の生存だ。教育や文化、科学の継続もその前には必要では無い」
「まあ……、極端に言えばな」
「人類さえ生き残れば、各惑星に埋もれた記憶データを掘り起こして再び人類文明を復興してくれるだろう」
「それは、つまり人類復興に時間がかかって、文化の継続が困難になってしまうというシナリオか?」
クラウスの質問も構わずジェフは続ける。
「人類文明の再興さえ出来れば、我々の目的は果たされるんだ」
「厄介な機械野郎共を駆逐する苦労が先に来るがな。とにかく、どんなに後の時代であろうと、≪ネオ≫を倒さないと意味無いぜ」
クラウスは人差し指を立てて言った。もう一方の手で、その人差し指を折る仕草をする。
「機械だって形あるものだ。その内耐用年数が来て動かなくなる」
さらに声を落とすジェフ。
「そりゃ、機械だ。錆びついたりするだろう。……って、お前、何百年後の事を言ってるんだ」
クラウスは、ジェフの言わんとする事が分からず眉をひそめた。
ジェフは、無表情で見詰め返す。その表情には、固い決意が見て取れた。
「何を考えてるんだ? お前達は……」
クラウスもジェフの狙いが徐々に分かって来た。
「人が生きるには衣食住が必要となる。しかし、今の連邦には脱出船団にその全てを提供できる力が無い」
「……で?」
この時、クラウスは険しい表情になっていた。
「ならば、衣食住を必要としない状態になればいいだけではないか」
「何が言いたい?」
「受精前の精子と卵子、それに人工授精機、人工子宮、子育てロボット。これらがあれば、人の手を煩わさずに子供を育てる事が出来る」
「脱出させるのは、避難民じゃないというのか……」
「勿論、人間も乗せるさ。一応脱出計画が成功した時の為にな。しかし、もし、この計画が失敗に終わって、人類が全滅したとしても、人類の種は残る事になる。一度人類が滅亡すれば、AIも攻撃を停止するだろう。そして、機械の耐用年数を超えた何百年か後にタイマーをセットして人工授精が行われるようにすれば、人類は第二の出発を始める事が出来る」
「だが、それにも問題があるぞ。移住先の星が見付からない状態が続いていたら、その子供らをどうやって食わせるつもりだ?」
「生まれ故郷しか無いだろう?」
「生まれ故郷?」
「地球さ」
「ほ~」
クラウスは、乗り気で無い表情で頭を上下に動かした。
「子供達が生まれたら、船を地球に向かわせるんだ。もう、その頃にはAIは動いていない。地球に帰るのを妨げる存在はいないんだ」
「はあ~。開いた口が塞がらねえな。全く」
クラウスは両手を頭に乗せて呆れ顔を見せた。
「こっちの機械の耐用年数は考えに入れてないのか?」
「勿論、それ専用の機械を使うさ。それに、向こうは常時動いているから、こっちより疲労蓄積が大きくなる」
クラウスは、ひとつ息をついた。
「それは、政府に了承されているのか?」
「いや、さすがに簡単には認めてくれないだろう。だから、一部の有志が協力して、専用の船団を手配する手筈になっている」
「極秘船団か」
「脱出が上手くいけば良し。上手く行かなくても人類は復活出来る。これが今考え得る最良の手さ」
クラウスは、視線を逸らして口を真一文字に結んだ。
「胸糞悪い……」
「……そう言うと思った」
クラウスは、落ち着いた表情を見せるジェフを睨み付けた。
「なあ、俺達が守るものってそんなもんだったのか? ただ、生き物としての人間を生かし続ける為だけに、みんな死んで行っているのか? そうじゃないだろう? ある者は親を、ある者は恋人を、ある者は子供を、ある者は知り合いを、自分の大切な誰かを生かす為に命を捨てているんだぞ。それは、まだ生まれていない赤ん坊の為じゃないんだ。今生きている誰かの為に戦っているんだ。そうじゃなくても、後に残す人類の何かを守っているんだ。それは、故郷でもあり、財産でもあり、文化でもあるんだ。なあ? 分かるだろ? そんなちっぽけな精子と卵子の為じゃないんだよ」
クラウスは、固い表情を崩さないジェフに力説した。
「人類の全滅を前提にした計画に意味は有るのか?」
しかし、ジェフは冷静さを保ちながらクラウスを見返した。
「いいか。現状、それだけ厳しい状況にある。それは分かってくれるな?」
「嫌と言う程ね」
「どっちにしろ、人類の全滅はカウントダウンに入っているんだ。今、命ある者は、全て等しく殺される運命にある。俺達は、お前の言うちっぽけなタンパク質に賭けるしかないのさ」
「聞きたくない。聞きたくない」
クラウスは、手を振って渋い顔をした。
「お前は、子供か」




