プロローグ
五メートル四方の真っ黒な天球レーダーシステムに土砂降りの白線が無数に交差する。超遠距離スレイザー砲は、熱エネルギー効率では抜群に優れているが、分離バリアを張られるとその威力が半減する弱点がある。だからと言って、代わりの遠距離攻撃システムは無い。お互いに同じ武器を持っていると数が多い方が有利になるのは決まっている。
地球連邦軍がこの会戦に臨んだのは、その遠距離攻撃に新型システムを開発した為だった。
スレイザー砲から身を守る分離バリアは、艦の正面五十メートルの正円分しか防御出来無い。左右後方はどうしても無防備になる。大体のバリアはそういう作りになっている。
そこで、開発部門は、スレイザー砲の発熱面を細分化し、砲火断面のエネルギー密量に変化を付ける事によって、直線エネルギーを自在に曲げる事が出来るようにしたのである。
これなら、正面しか守れない敵は、無防備な左右から攻撃を受けて、一方的に被害を受ける筈であった。
地球連邦軍は、この武器を手に戦いに挑んだ。
数の不利を確実に跳ね返す事が出来る。今度こそ、広大な銀河を自分達の手に取り戻す事が出来る。
これは、人類最後の戦いでは無い。復活の狼煙なのだと。
改良型スレイザー砲を装備した改造戦艦を十六隻参加させたアメリカ艦隊の第一艦隊第一特化打撃部隊は、最精鋭の高速攻撃部隊である。
連邦軍直轄艦隊は、戦争中期には壊滅的状況に陥り、今では各国政府軍が連邦軍を支えている。
改良型スレイザー砲搭載のラシュモア級改造戦艦四隻、メイジャン級高速巡洋艦三隻、ラルフ級大型駆逐艦五隻を擁する突撃部隊で、他ふたつの特化打撃部隊と共に、敵に突撃して楔を打ち込み壊乱させる重要な任務を託されていた。
全地球連邦軍でも改造戦艦は、三十隻しか用意出来無かった為、この三部隊の活躍は作戦の成否を大きく左右する。
第一特化打撃部隊の若手参謀であるフレッド=ブロアー中尉は、入隊四年目にして自分がこの部隊に配属された事を光栄に感じていた。
前任部隊は、アメリカ艦隊の後方輸送を担っていた為、希望の前線勤務とは程遠く、ストレスの溜まる三年を無駄に過ごしてしまったと思っていた。
確かに、エリート部隊に配属されるとは思っていなかった。士官学校ではトップ十番以内に入っていたものの、特に優れた科目があった訳でなく、可も無く不可も無くといった内容だった。
それでも、十番を落ちた事は無かった。自分の希望である前線勤務は確実だと信じていた。それが、後方に配属された時の落胆は今思い出しても酷いものだった。何せ、後方勤務に追いやられるというのは、左遷と同じ意味を持っていたのだ。
フレッドの配属先を聞いた仲間達は、腫れ物に触るようにフレッドを慰めるしか出来無かった。
あの時の屈辱を晴らす。今回の出撃で自分の能力を本部の人事に見せ付けてやるんだと、気合が入っていた。
「入りますっ」
フレッドが作戦室に入ると、そこには薄暗い部屋に部隊首脳と参謀部の面々が揃っていた。
「遅くなりまして申し訳ありません」
「気にするな。配属の手続きを無視して時間を繰り上げたんだ」
教育係の先輩参謀が緊張気味のフレッドの肩を叩きながら言ってくれた。
「よし、これで揃ったな」
フレッドの挨拶もそこそこにミーティングが始まった。
「AI艦隊の数は確定したか?」
「まだですが、スパイ衛星や偵察艦からの情報を見てみると、全体で三百隻程になるかと思われます」
「三百……。こっちの倍はあるな」
「我が軍の艦艇合わせて百五十隻だな」
「現状稼働可能な艦を集めてもそれだけでした」
「最盛期にはこの数倍の戦力を誇っていたというのに……」
「手持ちの駒不足を嘆いても始まらんぞ。元々の正面二艦隊に後方からの合流が間に合ったんだろう。予想されていた事だ」
「一艦隊に百隻か……」
「ですが、改造戦艦で中央突破を図るとしても、三百の厚みは容易に分断出来ません」
「三百が集中している訳じゃないんだ。まず、一個艦隊を撃破出来れば、戦力差は大きく縮まるんじゃないか?」
「それでは、こちらが不利になると思います。一個艦隊が負けた原因はすぐ相手に把握されるでしょう。残りの二個艦隊と一戦終えて疲弊している我々とでは相手にならないと思いますが……」
「おい。何の為の新型砲だ。あれがあれば、軽く相手を撃破出来るのだ。お前、勉強したのか?」
ベテランの声に臆する若手参謀。
「例え、AI艦隊が対抗策を打ち出そうにも、会戦の間は間に合わん。敵としては、スレイザー砲の前では尻尾巻いて逃げるしかない」
更に声を大にするベテラン参謀。
「いいか。その為に開発されたのだ。我々の役割を勘違いするな。そういう悲観的な見方は軍本部ですればいい事だ。我々は、与えられた装備を使って、いかに戦うかを考えるしかないんだ」
参謀長は、黙って聞いていた。いつもそうだった。自分の息のかかったベテランに言いたい事を喋らせておいて、自分は首脳部の空気を見て立ち回る。
特に意見が出ないと見た参謀長は、作戦計画の説明に入った。
鈍器で殴られたような鈍い痛みが脳を包み込む。頭が揺れ、体が浮遊する。
空気が足りず、息苦しい。喉にぬるい塊がへばりつき、咳き込みそうになる。
目を開けると、激しい火花が飛び散り、暗闇を照らしていた。人工重力が不安定で音が遠い。鋼鉄の船体をひねる重々しい高音が全身を叩く。
フレッドが残り少ない体力を使い、四肢を動かして立ち上がろうとすると、幾つかの手が差し伸ばされ、力強く、それで荒々しく体を起こしてくれた。
「ブロアー参謀っ。大丈夫か?」
ひとつ年上の気の合う士官が耳の側でがなり立てた。その士官は、簡易宇宙服を身にまとい、生存者の確認を行っていたのだ。
脱出艇に運ばれるまでの間、フレッドは変わり果てた駆逐艦の内部を遠景で眺めるだけだった。
敵の砲で破壊された船体。薄い空気を舐め尽くす炎。あちこちに浮遊する死、死、死……。
何故か改良型スレイザー砲は、AI艦隊に通じなかった。
自信を持って放たれた主砲は、易々と跳ね返され、物量に勝る敵の攻撃にフレッド達の特化部隊は成す術が無かった。
最前線の壊乱は、すぐ後方に伝わった。
勢いに任せて進んで来る敵艦隊を押し留めるには数が不足していた。巨大戦艦は真っ先に集中砲火を浴び、懸命にそれを守る巡洋艦は確実に仕留められて行った。
火力不足の駆逐艦は、敵の優先度も低く、大きな被害を受ける事は無かったが、勇敢な艦長率いる艦は、玩具の如く軽くあしらわれてしまった。
アメリカ艦隊の壊滅と時を同じくして、他艦隊の混乱も始まり、司令長官の素早い撤退命令も空しく、無事に逃げ延びる事が出来た艦は僅かだった。
人類が最後の戦いと定めた会戦は、こうして一日と持たず、無残に幕を閉じたのである。