9.サークルを作ろう!
アキラは研究室の扉を軽くノックして足を踏み入れた。
「失礼します」
分厚い書物、書類やレポートが雑多に並ぶ研究室の奥、窓に向かって座っていた中年の男が顔を上げた。
「おや、アキラ君か。まぁ座って。コーヒーでいいかな?」
「ありがとうございます」
慣れた手つきで用意するサエキ教授の言葉に、素直に従うアキラ。
「最近はどうかね? 記憶の方は……」
「残念ながら、さっぱり」
「そうか。まぁいいさ。時がくれば思い出すこともあるだろう。ブラックで良かったかな?」
「はい」
サエキ教授も来客用のソファに座り、長細い机にコーヒーのカップを置いた。
「この前カフェで見かけたよ。シンヤ君以外にも友達ができたようだね」
「はい。実は相談があって来たんです」
「おや? 早くもトラブルかな?」
「いえ、サークルを作りたいんです」
「サークル?」
「はい。新しいのを」
「ほう。活動は?」
「『旅行』を考えてるんですけど」
ふむとサエキ教授は少し考え込んだ。
「部活だが、すでに『チッパー部』というのがあって、安い旅行を主活動としている。他に安い店なんかも紹介しているから違うと言えば違うが……。活動紙を見るかい?」
薄い冊子には細かく丁寧に、安い路線からホテルの紹介、近くの店や名物の説明なども載っていた。
「すごいですね!」
「だろう? 私も出張に活用させてもらってる。まぁサークルだし、活動内容が重なってもいいんだが、もうひとつひねりがあったほうが人数も増えるだろう」
「確かに」
「そうそう、最低サークル設立人数は5人だ。5人集まって内容がはっきり決まったら、喜んで顧問になろう」
「ありがとうございます」
「なになに。あんな事件の後だしアサヒ君からも頼まれているからね。私にできることなら力になるよ。私自身、君の症状に興味があるしね」
サエキ教授は音をたててコーヒーをすすった。
「目の前で見ていてもまだ信じられない。まったく別人のようになってしまった君のことがね」
「……」
粘着質な視線をアキラは無表情な目で受け止めた。
「シンヤとアサヒさんは昔からの友達だったの?」
アイ、フミヒコ、シンヤの3人は、学内のカフェでアキラを待っていた。
「幼なじみなんだ。当時のアキラは接触読心の能力があったことで、すごくおどおどした子供だった」
今のやんちゃなアキラしか知らないアイとフミヒコはおとなしいアキラなど想像もできない。
「……ほんとに?」
「嘘ついてどうする。引きこもりがちだったアキラを心配して、アサヒ兄さんがオレに友達になってくれって頼んできたんだ」
「へぇ」
「親同士が仲良くてね。どっちも警察なんだけど、アキラんとこは現場、オレんとこは科学捜査」
「だからシンヤは機械に強いの?」
「いや、機械を触るきっかけにはなったかもしれないけど、どちらかというと現場に弱いんだと思う。小さい頃から現場の壮絶な話を聞いて育ったせいか人間不信気味になっちゃって。それが大人びて見えるらしくて、大人ウケは良かった」
「それでアキラの友達にと頼まれたのね」
「そう」
シンヤはもうぬるくなったお茶を一口飲んだ。
「去年の終わり、妙な事件があったのを知ってる? 廃工場で起こったグループ抗争」
「ああ、暴力団関係の銃撃戦だっけ?」
「大火事になって、死傷者がたくさん出た事件よね?」
「うん。それにアキラが、アキラの家族が巻き込まれたんだよ」
「な~に人のいない間に噂してんだ?」
「アキラ」
「おかえり~」
「……おまえの噂じゃないだろ」
「そこからは俺の話だろ? 俺が話す」
シンヤの隣に座ると、アキラはシンヤのお茶を飲み干した。
「俺はいつものように廃工場でこぼれた油のふりをしてた。もう夜遅くて、明日は何しようかな~とかとりとめのないことを考えてた。そしたらいきなり派手な銃声、怒声、静かな廃工場はあっと言う間に喧噪とした場になった。サイレンの音が聞こえ出して、場がだんだんと静まってきた時、俺の目の前に『アキラ』が歩いてきた」
アキラの口から『アキラ』と聞くのは変な感じがする。
「『アキラ』はなにかを探していた」
「両親だよ」
「……『アキラ』は両親を探してうろうろしていると、どこからか火が上がった。それでもあきらめずにいた『アキラ』は後ろから撃たれた。ゆっくりと倒れる体、驚いたように見開かれた目……その目を見た瞬間、俺は『アキラ』の体に吸い込まれた。吸い込まれる瞬間をアサヒは見ていたけど、アサヒは俺を受け入れた」
「そりゃそうだろ。両親と弟の家族全員を同時に亡くすのはつらすぎる」
その時のことを思い出したのか、シンヤは吐き捨てるように言った。
「シンヤ……怒ってる?」
「別に。ただ、そんなアサヒ兄さんを捨ててしまおうとしたのかと思っただけだ」
アキラを睨むシンヤとの間にフミヒコは入った。
「あのさ、サークルのことどうだって?」
しらじらしいとは思いつつ、アイも合わせる。
「教授に顧問を頼んでみたんでしょ?」
「……おなかすいたな」
シンヤもつぶやいた。時計を見るともうすぐ18時だ。
「あー……じゃ、夕食でも食べながら話す? 俺ん家で」
「アキラの家で?」
「いいの?」
「家ってもマンションだけど。今日はアサヒが宿直とかで1人なんだよ」
「今日の食事当番はアキラだったよな」
シンヤはにやりと笑った。
麺を買い足して作ったアキラの焼きそばは美味しかった。
食後のお茶を入れながら、アキラは教授との会話の内容をかいつまんで話してくれた。
「とりあえずもう1人いないと話にならないってことだな」
「もう1人ね~」
「入れるだけなら簡単だけど、宇宙人ってことを知られてもいい地球人って、あんまりいないんじゃないかな」
設立だけを考えるなら、それこそ誰でもいい。でも、この居心地の良さは無くなるだろう。
じゃあ宇宙人だということを隠さなかったらいいかというと、へたな人間だと困ったことになるのは目に見えている。
だからと言って簡単に、また宇宙人を見つけられるかというと……。
不思議な着信音がなり、アキラは家の電話をとった。
「はい……あ、アサヒ? え!? うん……うん。わかった。じゃあ、すぐ行く!」
アキラは投げるように受話器を置いた。
「アキラ?」
「悪いシンヤ! 一緒にすぐ来てくれって」
「OK! なんかあったんだな?」
「どうやらあの事件に関わりがあるみたいだ。今度は生きた証人と無傷の証拠物件がある!」
「それは楽しみだ」
2人はもう出かける用意を始めている。
「ちょ、ちょっと。私たちはどうしたらいいの?」
「あ、フミヒコ!送ってくれ」
「え?」
「私は?」
「学校でくわしく話すから、また明日!」
「って、ちょっとお!」
3人は慌ただしくかき消えた。