4.OL陽菜子
アイも我に返り、フミヒコとシンヤをつれて地球に戻る。
「私は地球のお店にはくわしくないんだけど」
「じゃあ僕のバイト先に行こう」
フミヒコの案内で学校の近く、オフィス街にある喫茶店へ向かうことになった。お昼も終わり、スーツ姿の人たちが大きな荷物を持って歩いている。もれ聞こえてくる携帯電話の話し声は日本語だ。慣れ親しんだ光景にシンヤの顔が少しなごむ。
「ここ?」
かわいらしい内装の喫茶店は本来ケーキがメインで、ランチタイムのピークを過ぎたので空いているが、手頃な価格でデザート付き、とOLに評判の人気の店らしい。入ってすぐの窓際席、入り口に背を向けてアイとフミヒコ、向かってシンヤが座る。
肉を焼く香ばしい匂いが漂う中ホットコーヒーを一口味わうと、シンヤもだいぶ落ち着いたようだ。
「ごめん……なんだか取り乱してしまった。オレ、アサヒ兄さんにアキラのこと聞いた時も、ついさっきまでも、アキラが宇宙人だっていうのずっと嘘だと思ってたんだ。てっきり記憶喪失か二重人格だとばかり」
「『接触読心』ができるのに?」
意外そうにフミヒコ。
「アキラは小さい頃からそういう力があったんだ。それでよく悩んではいたけどね」
シンヤは懐かしそうに笑った。
「じゃあ私たちのことは? さっき別の星に飛んだのに」
「最近のアキラは変だったから……辞典を片っ端から読んだり、テレビを延々と見たり。だからまた変な遊びを思いついたのかって思ってた。今度はこってるなぁ、どういうトリックなのかなぁと考えてた。ああ、でもそれなら、アイが受付で話していた内容をオレだけ聞き取れなかったのにも納得できる。言葉でもなかったんだな。『別の星』か……本当にあるんだ…………」
遅れて、アイの頼んだチョコパフェが運ばれてきた。さっそく長いスプーンを入れる。ウェイトレスが去るのを見届けてシンヤが小声でつぶやく。
「でもさ、常識で考えたらおかしいだろ? こんな人間みたいでパフェも食べる宇宙人……やっぱり信じられない」
「常識って敵よね~」
うむうむとスプーンをくわえながらアイはうなづく。
「信じたくない気持ちもわかるけどね」
二人の様子に苦笑しながらフミヒコが核心に触れた。
「現実にアキラは眠ってしまった。あれはシンヤも悪かったと思うよ」
「…………」
シンヤがフミヒコから目をそらせた時、心地よいドアの鐘の音が来客を告げた。入ってきたのは水色の制服を着たOL二人連れだ。
「あーーもぅ。昼休み全部潰して仕事したのよ? なのにご飯の時間は二十分だけなんてひどい!」
「絶対今日は定時で帰りましょ!」
「そうよね! でもこんな時に限って急ぎの仕事が入ったりするのはなんだろうね?」
会話を再開しようにも通り過ぎない人の影に、フミヒコが顔を向けるとOLの一人と目が合った。
「あ……!」
「!」
「なに?」
「知り合い?」
アイとアキラも顔を上げる。先に店の奥に行きかけたOLの一人も振り返って戻ってきた。
「ヒナコ、どうしたの?」
固まった空気を破ったのはヒナコの明るい声だった。
「ひっさしぶり~! この辺りに住んでるの? この時間に私服ってことは学生? 近くの学校?」
にやにやしながらOLがヒナコをつつく。
「ヒ・ナ・コ~誰なのよぅ?」
「高校のクラスメイトだったのよ。卒業直前に交通事故にあってからは、あんまり学校に来ないまま卒業しちゃったから気になってたんだけど」
ヒナコの視線に言葉をつなげるフミヒコ。
「大学には受かっていたから一年間休学してリハビリしてたんだ。今年から晴れて大学生だよ」
「そう……大変だったのね」
「そうでもないよ」
OLが遠慮がちに口を挟んだ。
「ヒナコ~。つもる話があるかもしれないけど、今は急がないと」
「あ、そうだった。フミヒコ、また会える?」
「うん。僕、夜ここでバイトしてる」
「そうなんだ。ここ職場近くてお昼もしょっちゅう来てるのに気づかなかったわ。じゃ、ま、いつでも会えるわよね? 悪いけど今は本当に急いでるから」
ばたばたと二人は奥の席に着くとすぐ注文し、待っている間ひたすら上司の文句を言っていたが、運ばれてくるとすごい早さで食べ始めた。
「働くおねーさんね。カッコイイ~」
のんびりとスプーンを動かしながらアイ。
「フミヒコ、交通事故って……って、おい! どっか痛いのか?」
荒い息をしているフミヒコに気がついて、シンヤは慌てた。
「ううん。違うんだ。なんだか緊張して」
「緊張?」
フミヒコは奥のOLには聞こえないように小声で言った。
「うん。だって僕は『フミヒコ』じゃないからね。僕もね……吸い込まれたんだよ。偽物なんだ」
目を見開くシンヤ。
「嘘だろ?」
フミヒコは静かな声で話し出した。
「本当。僕はね、交通事故にあった『フミヒコ』に吸い込まれたんだ。あの瞬間の意外そうな目、今でも思い出せる……あの目と合ったとき、僕はこの身体の中に入ってしまった。だからアキラが言っていた分離できないって状況が良くわかるよ。『死にたくない』っていう強い力で吸い込まれたんだ。たぶん無理やり離れたら、この身体は死んでしまうと思う」
「そんな……」
シンヤは信じたくないというように首を横に振った。
「僕が気がついた時は病院のベッドの上だった。そばには『フミヒコ』の親がいて、やっと気がついたって泣いていたよ。良かったよかったって……とても本人じゃないとは言えなかった。それで記憶喪失ってことにして、一年間休学してリハビリを受けたんだ。それでもフミヒコの意識は戻らなかった。でもこれ以上伸ばしても仕方ないと思って学校に行き始めたんだ。だけど……」
「だけど?」
シンヤは真剣な表情で先をうながした。
「しんどいのなんのって。まだ日本語も全部覚えてないのにもうすぐ試験だし。もー嫌でいやで……。なまじ『フミヒコ』の入試の点数が良かったみたいだから、ヘタな点数とれないし……。ほんと試験ってすっごいプレッシャーだよね。みんなよく耐えてると思うよ」
予想外の答えにシンヤは言葉を失った。
「~~~~」
「シンヤ?」
「宇宙人ってヤツはみんなこんなのか?」
低い声でつぶやいたかと思うと、シンヤは立ち上がった。
「肝心な所でおちゃらけて! こっちはそんな気持ちでいられたら迷惑なんだよ! もっと真剣に『フミヒコ』の意識を取り戻そうと努力しろよ! 『フミヒコ』の親だってそんなヤツにいてほしくないだろうよ!」
「うん。だから今は一人暮らししてる」
え? と思わず黙ったシンヤの頭を、いつの間に来たのかヒナコが後ろから叩いた。
「何す……」
「こんな喫茶店でケンカしないでよ、子供じゃないんだから」
ぐっと言葉に詰まるシンヤの両肩をヒナコは押して席に座らせると、そのままシンヤの後ろからささやいた。
「あなたに言われなくてもフミヒコは努力してたわよ。私も入院中しか知らないけれど、そりゃあ頑張ってたわ。一年間リハビリもしてたみたいだし、昔からの知り合いでもないあなたに文句言われたくない!」
「……」
「おっといけない、あと五分~。メインのデザートを食べなくっちゃ。今日はチーズケーキだったはず~」
肩から手を離しておどけるように言うと、ヒナコは席に戻っていった。シンヤは小声で聞いた。
「……フミヒコ、聞いてもいいかな?」
「なんでも」
「今のコとはどういう関係だったんだ?」
「さぁ」
「さぁって」
「入院中に何度もお見舞いに来てくれたよ。その時チョコレートをもらった。『僕とは』ただそれだけだよ」
口を閉じるシンヤにかわって、アイはたずねた。
「もしかして、それからチョコレートなの?」
「そうなんだ。どうしてかは僕にもわからないんだけどね……」
困ったようにフミヒコはアイに微笑む。シンヤは黙ってコーヒーをすすった。
食べ終わったヒナコたちがフミヒコの席に寄った。
「それじゃあまたね。今度は夜、友達も連れてくるから覚悟してなさいよ~」
「え……」
目を丸くするフミヒコ。その様子にヒナコは笑う。
「もー。勝手に雲隠れして、みんな怒ってるんだからね! 前みたいにまた一緒に遊びに行こうよ。みんなで海行ったり、遊園地行ったり……ね?」
うかがうような視線のヒナコに、フミヒコは精一杯の笑顔でうなずいた。
「元気そうで安心した……。じゃあフミヒコをよろしくね、お友達の人?」
「はーい」
手をあげて答えるアイ。無反応なシンヤにヒナコは迫った。
「よ・ろ・し・く・ね?」
「わかったって。ほら、時間ヤバイんじゃないのか?」
やばい! とヒナコたちはばたばたと喫茶店を出ていった。やれやれと息をつくシンヤにフミヒコが微笑む。
「シンヤはヒナコ苦手?」
「別に……」
眼鏡を触るシンヤ。
「僕は苦手だったよ。あんな風に飾らない気持ちは、僕にとっては熱い炎にさらされてるような感じだ。今までこんな姿を持ったことないし、直接向けられる感情って初めてだったから、会話するだけでもすごく疲れたよ。それで一人暮らしを始めたのに、それもつらくて。いっそ『フミヒコ』を知っている人から逃げ出そうかと思った……。そんな時、大学で宇宙人を見かけたんだ」
「それって」
そう、とフミヒコはアイにうなずく。
「大学でのアイは知り合いも友達もいっぱいで、知らない人にでも関係なく親しげに話しかけていた。宇宙人なのにって不思議に思ってしばらく観察していたんだ。みんなと解け合う宇宙人、どんなに完璧な地球人ぶりなんだろうって……。そしたら、思っていたほど特別じゃなかった。地球人と一緒に文句言ったり失敗したり……ただ、僕と全然違っていたのは、アイは自分の気持ちに正直だった。自然に話しているアイを見て、それでいいのかって、なんだかすぅっと気持ちがラクになった」
「それで昨日」
「うん。僕が耐えられないと思っていたのは、飾らない感情じゃなくて、自分がどう反応するべきか考えることだったんだ。『フミヒコ』として完璧な対応を考えるのに疲れてたんだよ。僕自身が『フミヒコ』じゃないって誰よりわかっているのに『フミヒコ』になろうとしていたなんてね……。さっきのヒナコの言葉にだって、以前ならとても応えられなかったよ。きっと会った瞬間、しまったと思って逃げ出していた。心配している気持ちの重さがわかるから、受け止める自信がなかった。でも今は『フミヒコ』ではないけれど、相手の気持ちに対して誠実に、僕の言葉を伝えてみようと思ってる……それもまだすごくコワイけどね」
「……それって結局、開き直りっぽく聞こえるけど?」
シンヤの指摘にフミヒコは苦笑する。
「そうだね。でも、入ってしまった、出られない、もうどうしようもない、じゃあ進まないじゃない? 一つの考えがダメでも別の方法があるはずだよ。出られないんなら、どうして入ってしまったのか調べてみるとか。僕がこの身体に入ってしまった理由がわかれば、出る方法もわかるかもしれない。僕が分離する方法を思いつかないなら、誰か他の人に相談してみるのもいいかもしれない……。そんな風にちょっと角度を変えて考えてもいいかなって、アイを見て思ったんだ。だから……その、ごめん。なんだかなにが言いたかったのかわからなくなっちゃったよ」
照れながらコーヒーを飲むフミヒコ。カップを持つ手は少し震えている。シンヤはしばらく考えて口を開いた。
「……今のアキラに、オレの声は聞こえないのか?」
「形のない自閉モードになっているから……地球人が使う声も、僕やアイが話すのも聞こえない。『接触読心』もアキラの意志がないと使えないだろうし。せめて『人型』じゃないと」
同じ『無形宇宙人』のフミヒコが言うのだからそうなのだろう。
「あの星にもう一度行くことはできるか?」
「できるわ」
「じゃあ悪いけど、今すぐオレを連れていってくれ」




